野木亜紀子の脚本をアニメにするために──『LONA』の舞台挨拶で見えた、専門家たちの敬意と挑戦

ドラマで培った脚本の力を、アニメーションの世界でどう生かすか。そこには、異なる分野の才能が力を発揮できるよう、制作の工程や関わり方を組み立てる工夫があった。2026年10月31日、東京・池袋HUMAXシネマズで開催されたTVアニメ『LONA(ロナ)』第1話先行上映会&トークショー。これは、日本のアニメの魅力を国内外に発信し、2027年の本格開催を目指す新たなイベント「TOKYO ANIME NEXT」の一環として行われたものだ。
監督の片桐崇、企画を担うWIT STUDIO代表取締役社長の和田丈嗣、同アニメの珊瑚役の永瀬アンナ、無限役の和泉風花が語った舞台裏には、互いの専門性への敬意を、具体的な仕事へと変えていく現場の姿があった。
2020年の一通の手紙から始まった挑戦
死者の脳から謎を解く、野木亜紀子の新たな挑戦
舞台は、少し未来の壊れた世界。死んだはずの人間が人々を襲うという異常事態が発生し、政府は脳神経光解析研究室、通称「LONA」に調査を依頼する。研究員の青と見習いの珊瑚が、死者の脳を解析しながら、その謎に迫っていく。
そんな脳科学を題材にしたオリジナルTVアニメ『LONA』が、2027年春に放送される。
原案・脚本を手がけるのは、『アンナチュラル』『MIU404』など、数々の話題作を生み出してきた野木亜紀子だ。劇場アニメ『犬王』の脚本経験はあるものの、テレビアニメの原案・脚本を担うのは今回が初めてとなる。
では、なぜ野木だったのか。
2020年8月19日、野木亜紀子への一通の手紙
その出発点を、WIT STUDIO代表取締役社長の和田丈嗣は、日付までさかのぼって振り返った。2020年8月19日。オリジナルアニメを作りたいと考えていた和田が、野木に思いを伝える手紙を送った日である。
数々の作品を見ながら、この人の才能がアニメーションになったらどうなるのかと考え、直接働きかけたという。
日本のアニメーションへの思いを込めた熱い手紙に、野木から返ってきたのは『進撃の巨人』を高く評価する感想だった。
和田はそのやり取りをユーモラスに紹介したが、そこには、すでにアニメを楽しみ、その表現に関心を寄せる野木の姿がある。面会にも前向きな返答を得て、翌9月には打ち合わせが始まり、企画が動き出した。
まだ若手だった片桐崇監督との出会い
片桐が加わるきっかけも印象的だ。会社のロビーで居合わせた和田から、野木とアニメを作ることになったと、興奮気味にメールを見せられたという。当時は入社3、4年目ほどだったと振り返る。後に『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』の監督を務める片桐だが、この企画との出会いは、それより前にあった。
実写ドラマで人間や社会を描いてきた脚本家と、アニメーションの現場で経験を積んできた作り手。その組み合わせへの期待から、長い制作が始まった。和田が見ようとしたのは、野木の持つ力が、新しい表現の場でどのように開くかという可能性だったのである。そこから、この組み合わせを支える制作の進め方も考えられていく。
脚本と絵コンテの間に設けたイメージをつなぐ工程
脚本を映像にするための、もう一つの工程
異なる才能が集まったとき、その持ち味をどう作品に生かすか。片桐の説明には、その問いに対する具体的な工夫があった。『LONA』では、脚本から絵コンテへ進む間に、イメージボードやラフスケッチにあたる資料を作る工程を設けている。
絵コンテとは、脚本に書かれた内容を、画面の構図や人物の動きなどに落とし込んでいく設計図のようなものだ。片桐によれば、本作では、その前段階で監督やスタッフが各話の映像のイメージをまとめる。細かな場面の指示だけでなく、その話数全体をどのような雰囲気で描くのかを共有するための資料であり、すべての話数に用意しているという。
野木亜紀子の頭の中を、現場に届ける
片桐は、キャラクターについても、前段階から野木と何度も話し合ってきたと説明している。野木が思い描くものを片桐がくみ取り、一度、絵として見える形にする。それを現場に渡し、スタッフが正式なデザインや映像へと育てていく。脚本の言葉と、完成したアニメーションの間には、複数の人が解釈し、表現を加える過程がある。その受け渡しを丁寧にする仕組みが、この作品のために組み立てられていた。
ここで興味深いのは、脚本家を迎える制作側も、仕事の進め方に工夫を加えていることだ。文章に込められた面白さや空気を、画面の中でどう伝えるか。そのために必要な手順を考えるところまで含めて、野木の力を生かそうとしている。
職人技があるから、新しい作り方に挑戦できる
片桐は第1話の制作についても、脚本の面白さを前提に、WIT STUDIOのスタッフの力を借りて、どう画面を作るかにこだわったと語った。キャラクターや美術には難易度の高い要素もあるという。
そこで頼りになるのが、一つひとつを映像にする現場の技術である。培ってきた職人技が、新しい組み合わせを受け止め、作品にふさわしい作り方を可能にする。その関係が、この工程から見えてくる。
アニメと声優にできる表現を脚本家が託す
野木亜紀子が声優たちに伝えた言葉
制作側が野木のイメージをくみ取ろうとする一方で、野木も、アニメーションに関わる人たちの力を頼りにしていた。その姿勢を伝えたのが、永瀬アンナの言葉である。収録現場で聞いた野木の挨拶が、強く記憶に残っているという。
永瀬が振り返ったのは、アニメだからこそできる絵の表現があり、声優だからこそできる表現がある、という趣旨の言葉だった。
アニメと実写、それぞれのよさを取り入れた作品を作りたい。そのために声優たちの力を頼りにしたいと、野木は伝えていたという。
自分の脚本を、他者の才能に委ねるということ
実写のドラマを数多く手がけてきた脚本家が、別の表現に向き合う人たちに期待を寄せる。その言葉からうかがえるのは、自分の書いた物語が、相手の専門性によってさらに豊かになることへの意欲だ。
声の演技や絵の動きが加わることで、脚本に描かれた感情や人物像は具体的な姿を得る。野木の言葉は、出演者にとって、自分たちの表現が求められていることを実感できるものだったはずだ。
オーディションから伝わっていた制作陣の熱意
そうした思いは、出演者が決まる前から伝えられていた。オーディション資料には、片桐と野木から、作品への思いを記した手紙が添えられていたという。キャストからは、野木がアニメを書いたらどうなるのかという強い関心や、この作品が放送されたとき、自分が一視聴者として見ているだけだったら悔しいだろう、というほどの参加への意欲も語られた。
一人ひとりの技術に期待することは、その人が作品に関わる意味を伝えることでもある。永瀬は野木の挨拶を聞き、楽しい収録現場になるだろうと感じた。そして完成した第1話には、見終えてすぐに椅子から立ち上がれないほど圧倒されたという。脚本、絵、声が重なったとき、出演者自身の想像を超えるものが立ち上がる。その驚きもまた、この座組みへの期待を伝えていた。
人間らしさとアニメらしさが同居するキャラクター
実在しそうなのに、個性が際立つ登場人物たち
その融合は、キャラクターの魅力にも表れている。和泉風花が挙げたのは、実在する人間から大きく離れた造形ではないのに、一人ひとりの個性がしっかりと立っていることだった。身近にいそうだと感じられ、それでいてアニメの登場人物として印象に残る。年配の人物や脇を固める人物にも、そうした存在感があるという。
本作のキャラクター原案は出水ぽすか、キャラクターデザインは飯野雄大が担当する。
片桐は、出水から受け取った原案を、飯野ら現場のスタッフがブラッシュアップしていったと説明した。ここにも、一人が生み出したものを、別の専門家が受け取り、作品の中で生きる姿へと仕上げていく過程がある。
脚本だけでは見えなかった、アニメならではの面白さ
和泉は、野木の脚本によるアニメと聞いて想像していた以上に、作品がコミカルで見やすかったとも話した。台本の段階でも面白いが、絵になると、デフォルメを生かした表現が加わる。完成映像に触れて、こんなアニメだったのかという新鮮な驚きがあったという。
和田が特に重視したと語ったのは、珊瑚がかわいらしく見えるかどうかだった。そのために片桐が工夫を込めたのが、表情や走り方などの表現である。くるくると変わる表情や、少し頼りなさを感じさせるところまで含めて、見る側が親しみを持てる人物にする。
人間ドラマを描く脚本の力と、動きによって人物を魅力的に見せるアニメの力が、ここで結びつく。
脳科学や近未来という題材から、難しさや重さを想像する人もいるだろう。永瀬も、シリアスに見える設定を持ちながら、肩の力を抜いて楽しめる作品になっていると伝えていた。
登場人物への親しみは、その物語を追いかける動機にもなる。身近に感じられる人物がいて、その表情や振る舞いを追いたくなる。そうした入り口があるからこそ、脳科学を題材とした未知の世界にも、視聴者は自然に足を踏み入れられるのである。
世武裕子への依頼に見えた人をつなぐ力
永瀬アンナの心をつかんだ音楽
それぞれの持ち味を生かすための働きかけは、音楽の人選にも表れていた。永瀬が作品の好きなところとして挙げたのは、初期に公開された実写映像を使ったプロモーション映像の音楽である。映像とともに流れる音に強く心をつかまれ、胸が高鳴ったという。
音楽を担当するのは、世武裕子だ。片桐は以前から世武のファンであり、この作品の音楽をお願いしたいと考えていた。そこで接点になったのが、映画『カラオケ行こ!』で世武と仕事をしていた野木だった。
日本アカデミー賞の授賞式で会う機会があるなら声をかけてほしいと、片桐が野木に相談したのである。
連絡先も知らないところから始まった直接交渉
話を実際の出会いにつないだのは和田だ。ただ、依頼を受けた時点では、世武の連絡先を知らなかったという。そこでWIT STUDIOの公式アカウントから世武のInstagramをフォローし、反応があったことをきっかけに連絡がつながった。
パリを拠点とする世武の日本滞在中に、対面できる時間を見つけ、会うことができたと振り返った。
世武自身も公式コメントで、アニメーションの音楽をもっと手がけたいと思っていたところ、授賞式で野木から誘いを受けたと明かしている。監督の願いと、作曲家の関心が、周囲の具体的な行動によって結びついた形である。
このエピソードには、作り手の思いが現場を動かしていく様子がよく表れている。片桐が音楽に求めるものを伝え、野木が接点を作り、和田が出会いを実現する。作曲家の名前が候補に挙がるところから、実際に一緒に作り始めるところまでには、誰かが動いて埋める距離がある。それぞれの立場から、その距離を縮めていったのである。
そうして加わった音楽を、今度は出演者が作品の魅力として語る。創作への期待が、人をつなぐ仕事を通じて、見る人の感情を動かす表現へと育っていく。その過程も『LONA』の舞台裏を印象深いものにしていた。
新しい挑戦を支える画面の外の一人ひとり
片桐監督が語った、画面に映らない人たちの価値
最後に、作品の好きなところを問われた片桐は、少し視点を変えて、制作体制やスタッフの働きを挙げた。物語の魅力とともに、それを下支えする人たちの存在を、こうした場だからこそ伝えたいという。画面の外で積み重ねられる仕事に、監督自身が光を当てたのである。
3種類のティザービジュアルを用意したことや、放送前からスタッフを広く紹介してきたことにも触れ、作品を届ける仕組みを含めた制作陣の働きを語った。
冒頭では、第1話の映像が完成したのは前日だったというやり取りもあった。その完成を喜び、観客に見せられたことを誇らしく語る言葉の先には、現場で手を動かした人たちがいた。
それぞれの専門性が、一つの作品を生み出す
野木の脚本を受け止めるために、片桐らは映像への受け渡しを工夫する。野木は、アニメと声優ならではの表現を頼りにする。和田は、作り手の望む出会いを形にする。その先で、多くのスタッフが専門の技術を重ねていく。人の持つ力を、次の人の仕事につなぐ営みが続いている。舞台挨拶で語られた一つひとつの話が、ここでつながる。
和泉は、収録をしている自分も先の展開を知らず、毎週、台本を開くたびに意外な話や新しい発見に出会うと語った。和田も、少しずつ情報が明らかになり、物語の先を知らないまま放送を楽しめることを、オリジナルアニメの面白さとして挙げている。作る側にも、受け取る側にも、これから出会うものへの期待がある。
『LONA』の制作から見えてくるのは、それぞれが培ってきた技術や作法を大切にしながら、相手の持ち味を生かすために歩み寄る姿勢である。
その積み重ねが、新しい組み合わせによる挑戦を支えている。2027年春、画面に現れる表情や動き、声や音の一つひとつには、こうした仕事が息づいているはずだ。
舞台上の話は、作品の続きを待つ理由とともに、その作られ方にも目を向ける楽しみを残したのである。
今日はこの辺で。







