AIを使い倒せ、と三木谷浩史は言った—楽天はどこまでいっても“商店街”である 新春カンファレンス2026

毎年恒例の楽天新春カンファレンスで、楽天グループ代表取締役社長兼会長 三木谷浩史さんの講演を聞いていると、年々、使われる言葉は先鋭化している。AI、モバイル、データ、経済圏。多くの店舗を前に、彼らの主戦場として語るべきネット通販の戦略説明としては、少し違っていて、巨大ITテック企業の話を聞いているようだ。
だが、不思議なことに、講演を聞き終えたあとに残る感覚は、真逆だった。楽天は、どこまでいっても“商店街”なのではないか。しかもそれは、懐古的な比喩ではない。30年かけて、意図的に設計され続けてきた“構造”としての商店街である。
楽天は30年かけて「商店街」をデジタルに移植してきた
楽天市場は1997年、小さなショッピングモールとして始まった。今や流通総額は6兆円規模に達し、来年で30年を迎える。だが三木谷さんの語り口に、成功の誇示はほとんどない。
強調されていたのは、「店舗が独立して存在する」という楽天市場の前提条件だ。この構造は、効率だけを追えば決して合理的ではない。統一ブランドで直販すれば、管理も最適化も簡単だ。それでも楽天は、あえて“店が主役の場”を捨てなかった。
思うに、商店街とは、単なる集合体ではない。
個々の店が工夫し、競い、時に失敗しながら、結果として全体の熱量が上がっていく場所だ。楽天は、この構造をデジタル上で成立させ続けることを選んできた。
なぜ最近、モバイルの話ばかりに聞こえるのか
近年の講演では、楽天モバイルの話が大きな比重を占める。そのため、出店者の中には「楽天市場よりモバイルを優先しているのではないか」と感じた人もいるはずだ。
その違和感は、決して的外れではない。
だが、講演全体を通して見えてくるのは、楽天市場を軽視しているのではなく、市場を成立させる前提条件を拡張しようとしているという姿勢だった。
“商店街”も同じだ。
モノを売るだけでは、人は集まらない。人が暮らし、行き交い、日常があるから商いが成り立つ。モバイルは、その「日常」に手を伸ばすための装置なのだ。
モバイルは“通信事業”ではなく「生活理解の装置」である
象徴的なのが、楽天市場の出店者でもある「澤井珈琲」の話だ。
楽天モバイルを契約したユーザーは、澤井珈琲の楽天市場店での購入額が23%向上している。重要なのは、金額そのものではない。講演で強調されていたのは、「特に購買頻度が上がっている」という点だ。
売上が伸びたのではない。それによって“通う店”になったのである。つまり、彼らが見ているのは楽天市場と一体で見た時のモバイルの価値だ。
モバイルを通じて得られるのは、購買の瞬間だけではない。日々の行動、接触、関心の変化。それらが重なって、顧客理解の解像度が一段上がる。商店街の店主が、常連の顔や癖を覚えていく行為を、スケールさせたものと言える。
「私たちは何をすればいいのか?」という問いの重さ
個人的に、質疑応答で、ある店舗から投げかけられた問いが印象的だった。
「私たちは、何をすれば良いのでしょうか?」。そこまでは言わなかったが、それに近い問いかけをした店舗がいた。この問いに対して、三木谷さんは「AIを使い倒してください」と熱を帯びて語った。これは、AIに丸投げしろという意味ではない。
むしろ逆だ。考え続ける主体を、店舗に返した言葉だった。
正直なところ、AIにはまだ「ハルシネーション」という言葉が示す通り、危うさも残っている。万能でもなければ、完全でもない。その前提を、三木谷さんは隠さない。
講演の中で彼は、イーロン・マスクとの会話を引き合いに出した。
自動運転の話だ。仮に交通事故が一件起き、ひとりの被害者が出たとしても、それは何十万人という全体の中の一例に過ぎない。もちろん、命をおろそかにしてよいという文脈ではない。そうではなく、恐れだけを理由に挑戦を止めてしまうことの方が、社会にとっては大きな損失になる──その本質を語ったのだ。
だからこそ、試せ、と言う。使い、学び、最後は自分で判断する力を持て、と。“商店街”で言えば、新しい陳列や呼び込みを、自分の責任でやってみる覚悟に近い。
楽天がAIを“放り投げない”理由
重要なのは、楽天がそのAIを「使え」と言うだけで終わらせていない点だ。楽天市場内には、すでにRMS AIアシスタントが実装され、約2.5万店舗が活用している。
商品説明文の作成、問い合わせ対応、レビュー分析。AIは、店舗の業務を肩代わりする存在として組み込まれている。これは、商店街で言えばインフラ整備だ。
水道や電気があるから、店主は商いに集中できる。楽天は、AIを“努力目標”ではなく、“使える前提”として場に組み込んでいる。
わかるだろうか。楽天は“商店街”としてのポテンシャルの引き上げを、こういうインフラ部分にも目を向けて、さまざまな要素を実装させている。それが、店舗の個々の個性を最大化させていくというのである。
データ×会員×AI=経済圏という商店街の拡張式
そして、それで使いこなした先も、意味があるように準備は整っているというのである。それが、Rakuten AIの強みとして数字で示される。
国内月間アクティブユーザー4,454万人、モバイル契約1,000万超、楽天グループ70超のサービス。購買・行動データは3兆超、モバイルのリアルタイムデータは2.93エクサバイトに及ぶ。
だが、これは「監視」の話ではない。常連の顔を覚える行為を、テクノロジーで再現しているに過ぎない。データ×会員×AIという式は、商店街を壊すためではなく、拡張するためのものだ。
専門性のあるAIしか、商いは支えられない
三木谷さんが繰り返し語ったのは、汎用AIと専門AIの違いだった。
ECという領域で30年積み重ねた文脈があるからこそ、楽天のAIは意味を持つ。検索、比較、迷い、決断。買い物は感情の連続だ。商売を理解していないAIでは、その迷いに寄り添えない。
楽天が目指しているのは、賢いAIではない。商売がわかっているAIだ。この専門性を持つAIにこだわっているからこそ、これもまた、“商店街”で店舗が輝く要因となるというのである。
AIは“売るため”ではなく「迷わせないため」に使われている
それは、顧客体験を向上させる。最近の例で言えば、AIコンシェルジュやセマンティック検索の成果は明確だ。購入決定までの時間は約43%短縮され、平均注文金額は約41%向上。
2025年の流通総額への貢献は+450億円に達したと説明している。
大事なのは、これが無理に背中を押した結果ではないこと。迷わせなかった結果である。商店街の名店が、客の言葉にならない要望を汲み取るように、AIが判断を補助している。ここが大事なのである。
店舗の時間を取り戻すAI──本当の効率化とは
そして、繰り返しになるが、店舗側の環境も変わっていく。再三再四、言っている通り、店舗側も実力を上げないと、店舗を通して、良質な顧客体験は実現できない。
その意味では、商品画像加工AIでは制作時間が91%削減され、問い合わせ対応AIでは対応時間が70%削減されたことが大事だ。
ここで重要なのは、削減された時間で何が起きたかだ。浮いた時間は、企画や接客、関係づくりに使われる。商店街に必要なのは、効率そのものではなく、人が向き合う余白なのだ。
だから楽天は、イベントより“構造”を磨き続ける
語弊を恐れず言えば、世の中の商店街は、どちらかというと、いつか人が来るだろうと、理由もなくイベントを打つ。それよりも、楽天は、そうではなく、デジタルを味方につけて、日常の購買、運営、迷いを、確実に底上げする構造を作る。
いわば、今の時代背景を踏まえた、“商店街”を本当に強くするやり方なのだ。
だから、モバイルやAIを三木谷さんが強調する意味が見えてくる。だから、僕は“商店街”なのではないか。そう冒頭、述べたのである。しかもそれは、懐古的な比喩ではない。30年かけて、意図的に設計され続けてきた“構造”としての商店街である。
三木谷浩史の講演を通して見えたのは、AI企業の未来ではない。進化し続ける商店街の設計図だった。
今日はこの辺で。







