大志を抱け!世界を一つに捉える Lingble原田真帆人が示す 日本企業の避けては通れぬ海外戦略
僕は改めて考えさせられてしまった。今、日本企業が、成長する上で要となるのは、海外戦略である。だが、その本質は、日本の企業が「海外に打って出る」だけではダメだということだ。LingbleのCEO原田真帆人さんと話して、「世界を一つに捉える」視点がどれほど重要かを痛感した。一つにすべきは、自らのブランドの価値。それを果たすには、確固たるブランド設計とそれを全世界均一に価値を届けるためのローカライズ戦略が欠かせない。
一つに捉えるとは何か
「一つに捉える」という意味を皆さんはどう受け止めるだろうか。
僕らはどうしても、「日本」対「海外」という視点で物事を見てしまう。例えば、越境ECという言葉はまさにそうで、日本の国境を超えて取引するという意味合いに相当する。でも、今回、取材に応じてくれた原田さんの話を聞くと、まるでそれがない。日本も海外も一つだ。
原田さんは現在、Lingbleという会社を経営しているが、2013年に「デニミオ(DENIMIO)」というデニムブランドを立ち上げた経験が、大きな転機となった。そのきっかけは、商社に勤務していた頃、ドイツ人の仲間に言われた一言だった。「日本のデニムが欲しいけど、買えないんだよ。」
それが、原田さんの脳裏で引っかかった。デニムを欲しがっている人がいるのに、手に入らないという現実。これを打破しようと思ったのだ。しかし、彼自身がデニムに特別な思い入れがあったわけではない。むしろ、普段はデニムを履くことさえないという。
しかも、デニムに関わる老舗企業は存在していて、後発のブランドだ。商品を作ると共に小売店としてもブランディングをすることの必要性を感じたのである。ここが「みそ」なのだ。
デニムから始まった挑戦
ここで少し余談になるけど、その点、彼を支えたのが、以前勤めていたクックパッドでの経験だった。クックパッドの創業者の佐野さんは、白米と味噌汁さえあれば十分というタイプ。どちらかと言えば、料理とは遠いところにあった。そこで、彼は「無知の知を知る」ことの大事さを悟る。
つまり、いかに自分がわかっていないかを認識して、自分で判断せず、わからないことはわかる人から学ぶのである。それで、クックパッドは、主婦に徹底的に話を聞いて、あれだけのコンテンツを作り上げた。
ゆえに、彼もまた、まずはデニムを好む人のことを観察し尽くしたわけだ。それこそ、DENIMIOもクックパッド同様に、ファンが従業員になっていて、入社10人目くらいまでにはデニム好きがいるという。
そして、この文脈でいえば、海外のデニム好きと対話を繰り返して、そうした人たちのツボを刺激するべく、それら向けのストーリー性を持ち込むことで、購入したい心理を触発したのである。
だから、老舗企業が日本で売っているのとは全く違うアプローチでデニムが売れていく仕組みが構築されていったというわけなのだ。
観察と対話が生むマーケット
かくしてデニムが好きではなくても確実に売れる仕組みができた。ということは、逆にその知見は、どのジャンルでも応用できることになるわけで、こうした経験をもとに立ち上げたのが、Lingbleなのだ。
現在、Lingbleは34カ国で事業を展開し、日本企業が世界で成功するための支援を行っている。その中には誰もが知る有名企業も数多く存在する。その中にあって、同社の目指すものは、単なる越境ECのプラットフォーム提供ではない。むしろ、日本企業が世界市場で確固たる存在感を示せるようにするための包括的な支援だ。
さて、話を戻せば、彼の海外戦略の話は極めて本質的で、大きく二つの要素がある。
一つは「ブランドプラットフォーム」である。つまり、ブランドを言語化して共通化させ、等しい価値で、各国で販売するということ。等しい価値という部分の理解が難しいかもしれない。
たとえば、日本国内で100億円単位の売上を誇るダウンジャケットがあるとしよう。その品質は確かで、国内市場では信頼を得ている。だが、いざ海外市場に出たとき、世界中の名だたるブランドと肩を並べると、「なにそれ?」と軽視されることが少なくない。
品質で売り込んでも意味をなさない
なぜだろう。その理由は、海外の消費者にブランドの背景や物語が伝わっていないからだ。
この状況で多くの日本企業がとるアプローチが、「品質の良さ」をひたすらアピールすること。しかし、それがことの本質からずれていることに他ならない。
原田さん曰く、実は、海外市場で売れる要素の8割は「主観的要素」であると言い切る。つまり、品質はあって当然であり、ブランドが持つストーリーや消費者に与える感情的な価値がカギを握るのだ。
世界を相手にしている企業ほど、そのストーリーづくりを徹底している。原田さんの話を聞いて、したたかだなと思えるほどだ。
例えば、自らの商品を手掛ける際に、どこから仕入れるかを日本企業は明かさないことが多い。けれど、世界的なブランドほど、敢えてそれをオープンにしてしまう。なぜなら、その下請けの製造工場の環境をそのストーリー作りの材料にしてしまうからなのだ。
あるいは、誰かアーティストと組むとしよう。そこで、日本企業の多くは著名な人のネームバリューを借りがちである。しかし、世界的ブランドであれば、そこは敢えて無名なアーティストに声をかける。なぜなら、そのアーティストの成長過程すらも、自らの製造ストーリーの一部として、消費者を引き込むわけである。
そもそものブランド設計が異なっていて、ストーリーで魅せていき、そこへの対価として商品を購入していく流れを構築しているのだ。
ブランドプラットフォーム 価値の均一性を実現する基盤
そして、「ブランドプラットフォーム」を語る上で、忘れてはならないのは、「誰に対して」そのストーリー作りをするかなのである。相手をイメージすることの大事さ。それを彼はこう言ってのけた。「イメージ一つで、ガラリと提案する内容は異なりますよね?」。
例えば、その商品のお客様がカジュアルな人を想定しているのであれば、どうだろう。看板は手書きのフォントを使って、店員はフレンドリーにブランドの説明をするだろう。けれど、それがフォーマルであれば、畏まったフォントを使い、丁重にその相手をおもてなしするだろう。
ブランドをどう設定するかでまるで違うのである。そして、その提案の質の根拠となるのが、自らの製造過程やこだわり、文化なのだ。それが説得力となって、その価格に見合うのだと、購入者に認識させるのである。
これが価値の均一化の核心である。その相手に対して訴求するイメージは、社内外問わず、誰にとっても共通認識であること。
その意味で言えば、最先端をいくのが、ルイヴィトンである。
どの国でも変わらない価格、品質、そしてブランド体験を提供している。ラグジュアリー・ブランドだからそれをしているのではない。ブランドの設計が徹底されているから、ラグジュアリー・ブランドと言えるだけの価値を、享受したいというお客様が、世界中にいるのである。
ここまでブランドの骨子を確定させてこそ、二つ目の要素が重要になってくる。
ローカライズ 現地市場での適応と顧客理解
二つ目の要素は、ローカライズである。といっても、勘違いしてはならない。単に現地文化に迎合することではない。むしろ、ブランド価値を守りながら、現地の消費者に響く方法で届けるプロセスなのである。
だから、その国へ飛び込み、馴染む。よく、海外支社がありながら、日本食を食べ、日本人同士で会っている人も少なくないけど、論外。対話して、同じ生活をしていくのだ。それは、自分たちのブランドが提供すべき相手はどんな人なのかを学ぶためである。それこそ「無知の知を知る」である。
実は、最初、僕が原田さんから「ローカライズ」について聞いた時は『?』だった。
なぜなら、一見すると、ブランドとローカライズは相反するからだ。ブランドは揺るぎない統一感を追求する一方で、ローカライズは地域ごとの特性に合わせて調整すること。
しかし、原田さんの話を聞いて、目から鱗が落ちた。
つまり、ブランドが均一化されているというのは、単に見た目やロゴが統一されているという意味だけではない。そのブランドが提供する価値やメッセージがどの国でも一貫して伝わる状態を指す。
それこそが 「ブランドプラットフォーム」。どのレベルの層に商品を訴求するのか。価値を均一化する礎を作るから、その価値を現地の文化や言語に合わせて伝えられる。これこそがローカライズである。
求めるお客様のレベル感を全世界で共通にする
つまり、ローカライズはブランドの統一性を損なうのではなく、むしろ補完する役割を果たしているのだ。ここが重要だろう。
このローカライズの部分でも、ストーリーが要となる。いうまでもなく、ブランドプラットフォームの考え方からすれば、対象とする相手(消費者)は見えている。
その時に、ちゃんとそのブランドの核心へと至る「入口部分」を作るのである。
わかりやすい例を言えば、寿司を海外で売り込むのに、いきなりウニを出すわけはない。気持ち悪いと言われてしまうから、形状を変えて出す。ラーメンを出す時に、そのまま出したら、海外では汁が熱すぎると言われてしまうので、冷まして出す、ということになる。それと同じことである。
身近な成功例をあげよう。
読者の中で、マクドナルドを知らない人はいないだろう。日本全国どころか、海外でも共通して、「どういう層がそれらのメニューを口にするのか」のイメージが定着している。
ローカライズはブランドプラットフォームと相関関係にある
しかし、実はその一方で「てりやきマックバーガー」は日本オリジナルのメニューである。同様なのがスマートフォンを提供するサムスンだ。
太陽光充電スマートフォンを開発したという。その背景には、電力インフラが整っていない地域の消費者ニーズに応えるという、ローカライズの考え方があったのである。
現地向けに開発されたメニューを通して、価値を損なうことなく核心へと誘う。その工夫ができているから、ブランドが共通して、価値は均一化されて受け入れられるのである。
ここで、ハッと気付かされるのは、先ほどのデニムの話と同じだということ。無知の知を知る。自分たちが意図するレベル感の人たちにどうアプローチすれば響くのか。それがわかっていれば、提案するだけである。
だから、為替の変動によって左右されるような価格設定にしなくて良い。そう主張する原田さんの言葉の意味もわかる。「いつならお得なのか」。それはブランドイメージを安定させないから。
考えてみれば、僕が大好きなAppleもまた「イノベーション」をブランドの核として据えている。そこに僕と同じ輩は惹かれているわけだ。だから、為替に関係なく、金額を提示されても、相応しい価値として、僕らは受け入れている。
売るべきお客様を理解せず売ってしまえば、売れている数字しか見なくなる。安易に売ってしまうと、ブランドの価値は国によってバラバラになるのである。
だからブランドは守られ続けていく
では、もしブランドの価値が国によってバラバラであれば、どうなるだろう。ブランドの毀損を招くことになる。価値が等しくなければ、海外の方が安く売られる場合もある。すると、逆輸入で、本国で今より安く売られてしまう。ブランドの毀損に他ならない。
ゆえに、海外進出は、はなから世界を一つにしてどう戦略を組み立てるのか。そこに尽きる。
最後に彼はこう漏らした。企業からの相談を受ける中で、歯痒い思いを抱くことがあると。
例えば、長い歴史を持つ企業でも、人前で話す時には「無名なブランドなのですが」と言ってしまうところが当然日本には存在する。それは間違っていて「知る人ぞ知る」と言って惹きつけなければいけない。何かコラボをするにしても、コラボ自体を売り込んで、その意図や背景を語らない。それでは、人から興味を持ってもらえるストーリーへと誘えない。
海外進出はそこからなのだ。自分たちのブランドは、どの層に対してどんな魅力的なシーンをもたらすのか。部署の垣根を超えて共通して語れるほど、シンプルなイメージを構築できているだろうか。それを補完するストーリーが生まれる素地があるだろうか。
世界を意識する事は、世界で売ろうとする事でなく、世界の人から興味を持ってもらえるストーリーづくりをしていくことだ。改めて自分たちを知り、世界を魅了しよう。
さあ、大志を抱け、日本企業よ。自分たちの誇りを胸に、いざ世界へ。
今日はこの辺で。