想像し得ない未来は覚悟を持った今の挑戦にある 伝食「越前かに 甲羅組」の躍進に想う
勿論、事業において、リスクを考慮することは大事。ただ、一方で、予定調和では偉業はなし得ないのかも。僕は、気心の知れた店舗さん達から誘われ、敦賀へやってきて、それを痛感したのである。向かった先は、伝食という会社の物流兼、水産加工の生産拠点であった。
伝食ロジスティクスに唖然
1.敷地面積1万7415.63平米に圧倒される
「おーい、こっちこっち」駅前で呼ばれた先には、メルカード・ポルトガル代表取締役の毛利健さんが手を振っていた。ちょうどお昼ご飯を食べる時だと言うから、僕も同席させてもらった。すずやさんといって「海鮮丼」と「そば」の組み合わせが絶妙、、、って観光に来たのではなかった。笑。
そして所定の時間に、駅前に向かうと、気心知れた店舗さんが揃っていて「じゃ、向かいましょうか」、そう言って皆に声をかけたのは、田辺晃司さん。ネットショップで「越前かに甲羅組」を運営する、伝食の代表取締役だ。彼は、軽快に皆を車に乗せて走らせたのである。
それから10分ほど、しただろうか。車内にいた皆の目つきが、一斉に変わって、車内にはどよめきに近い声が上がる。今、目の当たりにした「伝食ロジスティクス」が僕らの想像をはるかに超えた大きなスケールだったからである。
、、、すごい。皆、その言葉しか出てこない。皆からの「すごいやん!」の声に、照れ笑いの田辺さん。
その敷地面積は1万7415.63平米。2階建の大きな建物で、入口の「denshoku」の看板を見て、呆気に取られた。
外からもトラックを横付けできる大きな扉がいくつもあって、物流会社のよう。それだけの量を彼らの会社だけで対応する。その姿を思い浮かべるだけで、胸が高鳴るようである。
2.20年先を見据えた拠点の設置
その驚きは、全ての箇所を回りきるまで、ずっと続いたのである。
冒頭、会議室で、説明をしてくれた田辺さんは、「ここ最近のコロナ禍の巣篭もり需要で大きく状況は一変した」と説明する。2020年には、当初用意していた物流のキャパシティを大きく超えてしまい、お客様に出荷できない事態に陥った。
そこで、彼は考えたのである。「自ら、それに応えうる物流倉庫を手掛けよう」と。
この背景には、地方ならではの事情も垣間見られ、近隣の物流倉庫を見たけど、それがなかったという。つまり、この近隣の事業者だけで、それらの冷凍倉庫を完備したところで、採算に見合わないというので、腰が重かったわけだ。
普通なら、そこで諦めてしまう。ところが、田辺さんは、他の環境云々ではなく、それは、自分達の問題だという。つまり、20年先の成長を見据えて、それに相応しい拠点を今から投資して作り上げ、最終的には、完全に稼働するようにしていけばいいと。
3.これを機に水産加工も強化
しかも、彼らの根本的な考え方の転換も必要だった。
というのも、カニなどの海鮮系の商材は、彼らの場合、多くが加工品である。今まで、北海道や鳥取の加工場を活用して、それを生産していた。しかし、最近の物流費の高騰で、そこにかかるコストも膨れ上がっていて、それも彼らを悩ませていたのだ。
だから、自ら出荷をする物流拠点に加えて、自ら商品を製造する生産拠点を併せ持った施設の必要性を感じるに至る。その延床面積は8354平米で、投資の費用は30億円である。
12年で年商98億円に達した「伝食」
1.通販事業を軸に、多角展開
さて、そもそもこの伝食という会社は、どのような会社なのだろう。一言で言うなら、通販事業がその土台を支えている。「楽天市場」を筆頭に「Yahoo!ショッピング」などの大手ネットショッピングモールでの戦略が奏功している。
同時にリアル店舗も運営し、物販事業、飲食事業にも進出。物販で「日本海さかな街」に4店舗、「焼津さかなセンター」など。飲食で「日本海さかな街」に2店舗、「敦賀赤レンガ倉庫」1店舗など。彼らの事業が、水産加工事業とも親和性が高く、そこに伸び代を見ている。その売上は年商98億円にまで及んでいて、その凄さはわずか12年で実現した田辺さんの手腕にある。
2.伝食ロジスティクスに潜入
ではこのほど、開設したそれらの物流拠点は如何なるものなのか。
店舗さんと一緒に潜入をしてみた。先ほど、外から見えたトラックの横付けの内側では、冷凍倉庫が広がっている。トラックは、ここから荷受けをするのである。
その反対側に見える大きな扉は、それらの原材料となる海鮮系の冷凍倉庫である。
「行ってみましょう」そう田辺さんに言われて、一同、駆け出すが、中に入るなり「さむいいぃぃぃ」と悲鳴が上がる。
そりゃそうだ、夏服で“冷凍”倉庫に入るのだから。何気ないことだけど、この一つ一つの棚も、可動式になっている。あらゆる対応に融通が効く備えがある。それを物流会社ではなく、お店がやっている現実がすごい。しかも、創業から12年の会社が、である。
3.物流だけではなく水産加工も
駆け抜けた先には、外と中とを繋ぐ部屋のような場所があった。要は、ここでカニなどを搬入し、隣の水産加工の現場に持っていかれて、処理がなされる。
いざ、水産加工の現場に向かうと、窓の向こうで、すでに何人かのスタッフがその作業をしていた。まだ、教育段階にあって、白帽子を被った人が、青帽子を被ったスタッフにそのやり方を教えているのだ。要領を得てきたのか、すでに手際よくその中身を取り出していた。
「サイドカッターがついているので、それを使えば、切り目は簡単にできます」と話していて、スタッフの負担が軽減される内部環境であることが窺える。
ふと、窓の向こうを見ると、常務である田辺さんのお兄さん。蟹を加工したその物を見せてくれて、すぐさま、冷却機に入れてみせた。「この冷却機は約30分ほどで、おいしさが守られる程度に冷凍されています」と。
物流拠点に始まり、水産加工まで全てがスムーズに連動するように、この施設が設計されており、生産力が高く、また内省できる分だけ、コストも軽減できるのである。いまはまだ、スペースに余裕があるけど、田辺さんがイメージする成長が具現化するほど、それは売上に反映される。彼らの躍進はこの拠点をフルに使ってこそ、なしえられる。
4.え?これ、休憩室なの?驚く一同
これは余談であるけど、通販事業部、物流事業部、水産加工部のそれぞれに、スタッフ用の休憩室が存在して、都心のおしゃれカフェを思わせる内装なのだ。
それぞれ扱う情報には機密事項もあるから、それらがむやみに行き来して情報漏洩などをしないように、という意味合いもあり、わけているようでもある。ただ、「この内装、必要なの?」と皆が口々にいいたくなるのは、わかる。
でも、この箇所然り、この拠点の巨大さ然り、通常の人からは想定できないお金の掛け方は、田辺さんらしいなとも思う。どういうことか。
常に攻めの姿勢で12年ここまでやってきた
1.べっちの考えてることは、ようわからん
その現場で店舗の皆さんから、本当によく聞かれた言葉がある。
「べっち(田辺さんのニックネーム)の考えていることはようわからん」。
それは今に始まったことではなく、店舗の方々の話を聞いていると、それは彼の起業当初から変わらないのである。そもそも、田辺さんは以前勤めていた会社とは、その方向性の不一致で辞めた。それこそ、突発的にやめたから、大きな財産もなかった。わずか数人、彼と思いを共にする仲間と、この「伝食」という会社を立ち上げた。
その時、皆を驚かせたのはその会社のお金の使い方である。
2.倒産の危機も自ら乗り切った
通常なら一年目、不安もあるし、リスクヘッジをして、健全に経営をする。ところが、カニの仕入れや、広告費などに全てを費やした。語弊を恐れずいうなら、有り金全てを注ぎ込んだ。残すことよりも、持っているお金をいかに膨らませるかの視点に、当初から重きを置いていたのかもしれない。
ただ、現実は甘くなかった。立ち上げたばかりのお店の屋号など、皆、知る由もない。商品は売れず、赤字続きとなった。当時を知る、仲間の店舗は皆、「本当に第一期で、その会社は倒産してしまうのではないか」と振り返るほどであった。
苦しむ彼は、近所にある「ココス」という喫茶店で、アルバイトをしながら日銭を稼いだのだ。ただ、運というのは覚悟をして取り組む努力家のもとに、味方するのだろうか。そのバイト先で知り合った仲間のツテで、近所の魚市場で、カニの売り場を間借りできたのである。
「あれは、かまぼこやだったかな、少しべっちにお店のスペースを分けたそうなんよ」。そう語るのは、いっぷく茶屋というお店を運営するビッグフィールドの大田清志さん。
3.安全牌でやってはここまで来れない
その日、ビールを片手に、僕は、店舗仲間の方から聞いた。「本当に、そこで商品が売れなかったら、会社は間違いなく倒産していただろう」と。リアル店舗で売れた金額で社員に給料を渡して、文字通り、首の皮一枚で、経営を続けていたというのだ。
ただ、このお店がこの会社にとっての転機となる。リアルで見かけた「越前かに甲羅組」の信用は、徐々にネットでも得られるようになり、売上が上昇に転じた。今度は、今までのマイナス要因がオセロのように、プラス要因に変わる。投資した分の価値が一気に跳ね返って、さらにリアル店舗の人員をネットに連れてきて、フル稼働である。
僕は、少し嫌かなと思ったけれど、聞いたのだ。
「以前勤めていた会社で、このやり方であれば売れるという実感が、あったのでしょう。それができずに、自分の会社でそれを実践した。成果が出たのはわかるけれど、そこから先の売上はどうやって創造していったのか」と。
田辺さんのその返答こそ、核心をついていた。
「多くの会社は、ブレーキを踏むと思うんです。必要以上の経費をかけて、勝負をすることはない。けれど、うちはそれをやってきた」。
以前勤めていた会社も伸びているというが、伝食はもっと伸びた。その差はそこにあるんだろう。その場にいたe-子供服ノン南場隆夫さんが「伝食が市場を大きくしたってことなんだね」と言って、僕はうなづいた。
4.その一瞬のチャンスに全てを賭ける
そして、田辺さんはこう続けた。「商品が良ければ、あとはメルマガを流せば、リピーターさんがくるだろうと思っているんです」と。ただ、周りの人を見ていると、メルマガ一通幾ら、かかるので、セグメントをしたり、2日に一度にしたりするわけだと。だけど、伝食では毎日、全配信だという。つまり、毎日、30万人に配信していて、またどよめく一同。
その時得られる最大公約数を、彼は常に狙って全ての舵を切る。勿論、それはリスクを伴う。
だから、やろうとする人がいない分だけ、やればそのリターンは驚くほどに大きい。彼が前の会社で、そういう勝負をして、本気で伸ばそうとした気持ちに嘘はないだろう。どっちが正しいと僕はいうつもりはない。彼は、彼なりのロジックを貫き、場所に関係なく、勝負をし続けるだけなのである。
だからこの日、カニをやりつつも、今では通販事業で、ワインディッシュの事業にも挑戦していることを明らかにした。「カニもワインも一緒かぁって思ってしまいまして」そう田辺さんはいい、皆を笑わせた。それに関する倉庫も案内してくれた。
だから、先ほどの話に戻る。ブレーキをかけずにフル稼働して、最大限の売り上げを作るから、彼にとってはこの広く大きな拠点もいずれ、今の調子を続ければ、埋まるだろうと、考えているのである。
5.堅実さも挑戦も経営者の手法
繰り返しになるが、多くが堅実に事業計画を立てて、無難にリスクヘッジをして経営をしている。それは王道だし、正解だと思う。なぜなら、0から起業するのは大変なことだし、継続するのはもっと大変。さらには業績を伸ばし続けるのは至難の業なのだから。
けれど、一方で、田辺さんのような考えもあるのだ。それ自体が発見であった。
つまり、最大の守りは、覚悟を決めた攻めによって生まれるのだと。他の人にとってはそれはやめておこうと思うところも、彼にはそこが伸び代に見えているから、勝負をするのである。
それはある意味、だれもやらないから“ブルーオーシャン”のようなもの。一気に業績となって返ってくるし、それはさすがに「よう、わからんわ」となる。この拠点について、それを抜きにやっぱり語れないのだ。この彼にしか見えないその事業計画と彼なりの確実性に見合った伸びが実際に、実現してしまった事実は、それを証明している。
そういう生き方と考え方と行動力がついてきて、この12年で年商98億円である。そして、少しもそこが頂点とは思わず、300億円を目指し、いまや上場も視野に入れて、地元の期待の星である。これからも、僕らの想像し得ない世界で、いい意味で、僕らの度肝の抜くような新しいビジネスを模索する田辺さんであってほしいと切に願う。
今日はこの辺で。