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「写真つづけて下さいね」──カメラと、自分自身を見つめ直す旅。Sakura Sling Project代表・杉山さくらの物語

 カメラは、シャッターを押すための機械ではない。レンズ越しに“いま”を見つめ、自分の心と出会うための、ひとつの手段なのだ。そんな当たり前のようで見落としがちな気づきを、私は杉山さくらさんという女性から教えてもらった。彼女が発明した「サクラスリング」は、単なるストラップではない。カメラを抱きしめるように持てる優しい形の“スカーフ型スリング”だ。

 でも、その布には、もっと奥深い意味がある。だから、今、「KeepPhotographing​.jp」の動きへと至る。すべては自然な流れである。それは、彼女自身が人生の迷いの中で再び自分を見つけ、やがて他者の希望になるまでの「写真とともにある人生」の証なのだ。

自分とは無縁だと思っていた“カメラ”が、なぜか心に引っかかった

 杉山さんの家には、いつもカメラがあった。父は写真へのこだわりが強く、カメラは“専門的な道具”として存在していた。だからこそ、彼女はどこかで「自分には向いていない」と決めつけていた。

 例えば、杉山さんが「この写真、いいね」と褒めても、父は首を横に振る。「いや、ピントが甘い。まだ納得してないんだ」──そんな姿を何度も見てきた。

 その父の出す答えが、きっと正しいのだと思っていたのかもしれない。だからこそ、自分は“それと比べて”才能がないと、どこかで思い込んでしまったのかもしれない。

 そして、しばらく彼女はカメラから遠ざかる。若くして結婚し、20代の大半を育児に費やした杉山さん。気づけば“社会”には適合していた。けれど、ふとした瞬間、胸にぽっかりと空いた穴の存在に気づく。

 不思議なことにここで、またカメラの存在が出現する。

 不自由なく、幸せに暮らしているけど、社会に適合するのとは違う、本当の自分がいるのではないかと思い始めるのである。子供たちは手を離れ、パパ友に写真家の安達ロベルトさんがいたこともあって、再び、カメラとの接点が生まれた。

 そして、その心のざわめきに応えるように、ある日、蔦屋書店で一冊の写真集と出会う──長島有里枝さんの作品だった。

「ああ、私が撮りたいのはこれだ」と、確信した瞬間

  何気なく手にしたその写真集の中に、杉山さんは“自分の声”を見つけた。技術や構図よりも、その瞬間の「心」が写っていた。

 写っていたのは、家族との日常だったり、自分にもどこか重なるような風景だった。もしかすると、幼い頃から抱えていた“カメラへの曖昧な距離感”や、答えの見えないモヤモヤに、そっと答えを示してくれるような感覚だったのかもしれない。

 かっこつけなくていい。正解じゃなくていい。ただ、ちゃんと、感じたことを写したい──。

 そう思えたのが、長島さんの写真だった。

 彼女は父からおすすめのカメラを指南してもらい、安達ロベルトさんから譲ってもらったフィルムを握りしめるようにして、初めて“自分の目”で世界を切り取り始めた。

トイレで泣いた日、写真も泣いていた

 その“正解じゃなくていい”という感覚に、やがて確かな“答え”がともなった。杉山さんは、ある日ふと、自分が撮った写真を見返していた。

「なんだかこの写真、暗いな、ピントも合っていないし、、、」──そう感じたとき、ある出来事を思い出した。

 その日、自分はトイレで人知れず泣いていたのだ。理由はもう思い出せない。けれど、確かに、心が沈んでいたことだけは覚えている。なのに、写真はそれを、しっかりと覚えていた。

 「人は心を隠せても、写真の中でそれはごまかせない」

──それが、写真の持つ“魔法”なのだと、彼女は知った。

このとき彼女の中で、何かが決定的に変わった。カメラは、特別な才能を持つ人だけの道具ではない。気持ちを持ったすべての人が、表現するために手にしていいものなのだと。

──そう、写真は“誰かに見せるため”だけじゃない。“自分自身の心に触れるため”のものでもあるのだ。僕が思うに、これが彼女の発明、サクラスリングに繋がる大事な一場面だと思った。

発明は、必要から生まれた──首を守るスカーフが生まれるまで

 多くの人は知らないかもしれないが、カメラは重い。首にかけると、ずっしりと負担がかかる。とくに、頭痛持ちの人の身体には、辛い重さだ。

 それでも──「カメラは続けたい」。

 そう願った杉山さんは、体調の悪い日も、ふらつく日も、それでもなおカメラを持ち歩いた。なぜなら、それは彼女にとって“ただの道具”ではなく、心の動きを記録する“身体の一部”になっていたからだ。

 そして、面白いのはここからである。

 実は、彼女はカメラに、革紐と布の2本をつけていた。というのは、革紐が肌に食い込んでどうしても辛く、そのままでは使い続けられなかったからだ。そこで、やわらげようとスカーフを巻いて使っていたのである。

 ──ただ、正直、邪魔でもあった。でも、振り返れば、その「邪魔さ」こそが、気づきの入り口だったのかもしれない。

 そして、ある日──。

 いつものようにカメラを手にし、先ほど書いた通り、「ちょっと辛いな」という瞬間が訪れたのだ。少しでも負担を軽くしたくて、ストラップの“布”を外した。

 そのとき、ふと頭をよぎった。

「あれ? 子どもたちだって、布で抱っこしてたじゃん」

──その瞬間、カラダに電流が走った。

 もしかして、外すべきは“布”じゃない。重くて硬い、“革紐”の方なんじゃないか?

 その“重さ”という問題の答えを、彼女は過去の自分の中──つまり育児の経験から見出すことになる。ヒントは「抱っこ紐」だった。あの、赤ちゃんを優しく包み、身体全体で支える布の構造。あれを、カメラに応用できないだろうか。

 首に巻くスカーフのように、やわらかく、でもしっかりと支えるもの。そして誕生したのが、「サクラスリング」だった。

 それは、見た目にもやさしく、使う人の身体にもやさしい“布のカメラ抱っこ紐”。まるで赤ちゃんを包むように、大切なカメラをそっと抱きしめてくれる存在だ。

自分を救ってくれた写真──だから誰かの力になりたい

 そして──またしても、思いがけないかたちで、カメラが彼女に“次の扉”を開いてくれる。ある日、ふらりと立ち寄った代官山の蔦屋書店。

 その隣に、とある小さなお店があることに気づく。その店の名前は、「代官山 北村写真機店」。代官山T-SITEという、静けさと感性が同居する街の風景に溶け込むように、カメラ好きの人たちをそっと受け入れていた。カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が直営し、キタムラの1号店の名にあやかって開かれたこの店は、代官山という街にふさわしい“写真文化の小さな受け皿”だった。

 カメラに関心を抱いていた時だから、自然と足を向けた。そして、その瞬間、杉山さんの中で何かが動いた。

「ここで、働かせてください」

 それはまるで導かれるような自然な流れだった。この出会いが、まさか人生を変えるチャンスになるとは──そのときはまだ知らなかった。

 実は代官山 北村写真機店こそが、彼女が発明したサクラスリングを、初めて世に送り出してくれる場所となるのだ。杉山さんが手作りしたスリングを目にした店長と、写真集のアートディレクターは口をそろえて言った。

「これはすごい。大発明だよ」

 その言葉に背中を押されて、2014年12月8日、サクラスリングは正式に販売をスタート。販売本数はわずか10本──けれど、それは確かに「はじまり」の日だった。

「写真つづけてくださいね」──長島さんの言葉が背中を押した

 そして──今へとつながる物語の中で、欠かすことのできない出来事がここで起こる。杉山さんが代官山で働き始めて、ある日、迎えたイベント。

 そこにゲストとしてやってきたのは、あの写真家・長島有里枝さんだった。そう、彼女がかつて「写真ってこういうものなんだ」と、自分の心にすとんと落とした、最初のきっかけとなった人。

 イベント終了後、杉山さんは長島さんに手紙を渡した。その作品集に添えられたサインとともに、ひとこと──

「写真つづけて下さいね」

 その言葉は、杉山さんにとって“おまじない”のようなものになった。迷ったとき、不安になったとき、何度も心の中でその言葉を唱えた。

「写真つづけて下さいね」

 いま彼女は、静かにこう言う。

「あの言葉があったから、私は続けてこられたんです」

「撮る人」と「支える人」をつなぐ、唯一無二の存在に

 ここで、ひとつ思うわけである。

 杉山さんは“写真家”ではない。けれど、だからこそ──彼女にしか持ち得ない、かけがえのない視点と役割を手にしたのだ。

 たとえば、量販店で開催されたカメラ体験会の話。そこでは、プロのカメラマンとカメラ愛好家が集まり、実際のカメラをレンタルし、撮影を体験できる場が設けられていた。

 その現場で、杉山さんは「サクラスリング」を貸し出した。プロにも、愛好家にも。どちらにも自然に馴染むように、そっと手渡されたスリング。

それが、いつの間にか両者を繋ぐ“接点”になっていった。

「写真の世界」に、場所をつくるということ

 ──つまり、彼女の作ったスリングが、写真を愛する人たちを結ぶ“中継地点”になったのである。

 そう、彼女は思いがけず、“写真を撮る人”と“写真を楽しむ人”を繋ぐプラットフォームを生み出していた。カメラを楽しむ人が、心地よく自分らしくいられる空間。それは、彼女自身が、かつて“自分の場所”を探し続けていた日々と、静かに呼応している。

 彼女の活動は、もはや“ストラップ屋さん”ではない。それは、人生の迷いの中で再び自分を見つけ、やがて他者の希望になっていった、「写真とともにある人生」の証なのだ。

 そして──ここで冒頭で書いた言葉の核心へと至る。「カメラを抱きしめるように持てる優しい形の“スカーフ型スリング”。でも、その布には、もっと奥深い意味がある。」と僕は書いたよね。

 その“奥深い意味”こそが、次のTシャツのプロジェクトへと繋がっていくのである。

KeepPhotographing.jp─すべての“続けたい”に、そっと寄り添う

  彼女が立ち上げた新たなプロジェクトの名は、「KeepPhotographing​.jp」。著名なカメラマンの写真をTシャツにして販売するのである。

 そして、ここで要となるのが、OpenFactory・堀江賢司さんの存在だ。彼の説明を少しさせてほしい。彼は、家業である布印刷工場を継ぐ中で、印刷業界に染みついた非効率や過剰生産の構造と真っ向から向き合い、それらを一気にデジタル化した。

 そうして誕生したのが、〈Printio〉という印刷プラットフォームである。つまり、印刷工場と発注者をダイレクトにつなぎ、もっと多くの人が“印刷”という手段を武器に、あらゆるチャレンジを始められるようにしたのだ。

 最初は企業向けの仕組みだったが、今では個人でも利用可能になり、誰もが“印刷”をフックに、自分の表現や商売を形にできる時代が始まっている。

──もう、おわかりだろう。

 ここで、杉山さんの取り組みと堀江さんの思想が、ぴたりと重なるのだ。写真をプリントしたTシャツというかたちで、著名カメラマンの作品を世の中に届ける。

 それは単なる物販ではない。写真を写真として販売する以外の手段として意味がある。

 ここまで綴ってきたように、杉山さくらさんは、カメラをきっかけに“人の気持ち”をつなぐ場所をつくってきた。だからこそ、カメラマンの“表現”を、堀江さんの“技術”で現実にし、誰かの“日常”に届ける──

 そのすべてが「KeepPhotographing​.jp」という言葉に集約されているのだ。

“自分らしさ”は、思いがけない場所にある

 元を辿れば、「KeepPhotographing​.jp」という取り組みの価値を、GMOメイクショップの向畑憲良さんが話していたとき──僕の中に、小さな共感の火が灯った。それがすべてのはじまりだった。

 以前から、向畑さんは感受性豊かにECを語っていた。たとえば、いま僕らが商品を買うとき、使っているのはパソコンやスマホだ。でも、極論──壁がそのデバイスになってもいい。買い物をもっとシームレスに。もっと、気づいた瞬間に。

 それを実現できるのが、ECの本質だと彼は考えていた。そして、それが本当に実現できる未来を思い描いたとき、僕は思った。提供する側もまた、“注文を待つ”のではなく、“思いがけない接点”に手を伸ばせる存在であるべきだ。

 固定された売り場ではなく、感情のそばに寄り添う仕組み。それこそが、才能が自然と発揮される場所になる。そう考えたとき、堀江さんが構築した〈Printio〉は、まさにその思想にフィットする。ぱっと直感的に、それを商品にできる仕組み。

 印刷を起点とした、新しい“表現のインフラ”を生み出した人だから。一方で、杉山さくらさんは、カメラという極めて感情に近いツールを通して、“写真を続ける人たちの居場所”をつくってきた。

最後に──「感情のそばに、接点を置く」

 三者とも、立場も動機も違う。

 けれど──結果として交わったのは、「接点を、感情の近くに設計しようとしたこと」だった。また、カメラマン──とくに作家性の強い写真家たちは、商売が得意とは限らない。

 作品は素晴らしいのに、それを届ける場所がない。収益にもつながらない。そんな“表現の孤島”のような現実を、杉山さんは、カメラを真ん中にした“心地よい場”で、そっと包み込んでいく。

 それは、なんて言葉につながっていく?

──そうだよね。

「写真つづけてくださいね」という言葉なんだよ。

 写真を愛する誰かの、新たな一歩を照らす、静かな合言葉として。未来へと、静かに、受け継がれていく。

今日はこの辺で。

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