失われた30年の正体は「努力不足」ではない──DG TAKANO高野雅彰が突きつけた“前提”の話

本稿は、オムニチャネルDay2026で語られた株式会社DG TAKANO 代表取締役・高野雅彰氏の講演を受けてまとめた考察である。節水ノズル「Bubble90」などの成果で知られる同社だが、当日の話は製品紹介に留まらず、より根源的な問いに踏み込んでいた。すなわち、日本が「失われた30年」を抜け出せない理由は、努力不足でも能力不足でもなく、経営の判断を支える“前提”が更新されていないことにある、という指摘である。
DG TAKANOは、最大95%の節水率を実現するノズル「Bubble90」で世界的評価を受け、水問題の解決に挑む技術開発企業である。しかし高野氏が語ったのは、製品そのものではなく、その成果を生み出した“前提の設計”であった。
前提が誤っていれば、努力は報われない。むしろ努力するほど、誤った方向へ速く進む。社員は懸命に走っているのに、なぜ結果が出ないのか――その違和感は、現場ではなく経営の出発点に潜んでいる。高野氏は「現象」「判断基準」「前提」という順番を提示し、勝てる土俵は偶然ではなく設計によって得られると語った。さらにAI時代においては、AIが前提を自動的に正してくれるわけではなく、既存の前提を“強化”し、誤りを拡大する危険すらあるという。講演は、技術の話に見えて、実は意思決定の話であった。
1.失われた30年を延長しないために
高野氏が最初に突きつけたのは、「日本は30年負け続けた」という事実である。ここで重要なのは、負けた理由を努力不足に回収しないことだ。技術がなかったのか。人材が足りなかったのか。そうではない。むしろ日本は、世界トップクラスの技術と勤勉さを長く持ってきた。それでも結果が変わらないのは、努力の量ではなく“向き”が更新されていないからだ、という問題提起である。
では向きを決めているものは何か。高野氏はそれを「判断基準」と呼び、その判断基準を支える根に「前提」があると言う。何を成功と定義し、何をリスクと定義するのか。その定義が更新されないままなら、意思決定は同じ場所を回り続ける。過去の判断と行動の積み上げが今の立ち位置をつくり、今に満足していないなら、過去の判断基準がどこかで誤っていた可能性が高い。つまり「結果が出ない」のではなく、「結果が出ない前提で走っている」のである。
ここで怖いのは、経営層が前提の誤りを見誤ると、現場は報われない仕事に全力を注ぐことになる点だ。努力しているのに、なぜ報われないのか。そこで精神論に逃げると、さらに消耗する。必要なのは、努力の追加ではなく、前提の定義である。失われた30年が40年、50年へ伸びる可能性にハッとさせられるのは、同じ前提のままアクセルを踏み続けることが最も危ういからである。
2.判断基準が古いままでは、努力は報われない
高野氏が繰り返したのは、「努力不足ではない」という断言である。日本は努力してきた。技術もある。人材も一定いる。それでも30年負け続けたのは、努力の量ではなく、判断の軸が更新されていないからだ、という見立てだった。
その軸とは、何を成功と定義し、何をリスクと定義するかである。判断基準が古いままなら、正しい努力も誤った方向へ積み上がる。象徴的なのは、英語しか出ない入試で数学を必死に勉強しているようなものだ、という比喩である。努力しているのに結果が出ない時、多くは現場の工数や施策を疑う。しかし本当に疑うべきは、その努力を正当化している前提のほうだ。
そして判断基準は、現象を見て決まっているようで、実際は「前提」によって決まる。現象→判断基準→前提。この順番を逆にしない限り、判断の軸は変わらない。多くが現象をいじる一方で、氏は前提を動かすという。前提が変われば、判断基準が変わり、打ち手が変わる。逆に前提が固定されたままでは、施策を重ねるほど同じ壁に早くぶつかる。
失われた30年が40年へ伸びる危険は、努力が足りないからではなく、判断基準が古いまま加速するからだ。
3.勝てる型はシンプルである
3-1.現象ではなく、前提から動かす
高野氏は「勝てる型はシンプルだ」と言う。
その型は、①現象、②判断基準、③前提、④土俵替え、⑤実装、という順番で整理されている。
多くの企業は、現象から入る。売上が落ちた、人材が取れない、水を使いすぎる。そこで対策を考える。だがその多くは、既存の判断基準の中での調整にとどまる。前提はそのままに、やり方だけを変える。
3-2.水の量ではなく、水の“当たり方”
たとえば「水を使いすぎる」という現象がある。
一般的に思い浮かぶのは、節水型の蛇口を開発する、水量を制限する、といった“使い方を抑える”方向の対策だ。そこには暗黙の前提がある。水量が多いほど洗浄力は高い。水を減らせば洗浄力は落ちる。 だから節水は、どこかで性能を犠牲にするものだという考え方だ。
高野氏が疑ったのは、まさにこの因果関係である。洗浄力は本当に水量で決まるのか。
水は「量」ではなく「流れ方」や「当たり方」によって効果が決まるのではないか。もしそうなら、水を減らしても洗浄力は落ちないはずだ。
そこで行われたのは、水を大量に出す構造の改良ではなく、水の出方そのものの設計変更だった。水の流れと衝撃を再設計することで、少ない水でも同等以上の洗浄効果を生み出す。結果として実現したのが、最大95%の節水である。
ここで変わったのは技術ではない。水と洗浄の関係についての“前提”である。
3-3.強みから始めた瞬間、競争土俵に入っている
ここで重要なのは、技術力ではなく順番である。技術から出発していない。自社の強みから始めていない。現象の背後にある前提を問い直し、その前提が支えている土俵そのものを変える。
多くの企業は「我が社の強みは何か」と考える。技術力、人材、過去の成功体験。だが高野氏は、それ自体がすでに競争の土俵に入っていると指摘する。強みとは、既存の市場構造の中で定義されるものだ。性能と価格で比較され、他社と同じルールで戦う。その瞬間、戦いは消耗戦になる。
人材が取れないという現象でも同じだ。国内市場内で優秀な学生を取り合うという前提に立てば、競争は激化するだけである。条件を良くする、待遇を上げる、それも一つの手だが、前提は変わらない。
だが前提をずらせば景色は変わる。国内で戦うのではなく、世界で戦う。その選択は、インド工科大学(IIT)の採用イベントで、世界有数の企業と並ぶ“Day1”の枠を獲得するという現実に結実した。
勝てる土俵は、与えられるものではない。設計できる。現象をいじるのではなく、前提を動かす。強みを磨くのではなく、戦う場所を変える。
その順番が、成果の差になる。
4.AIは前提を強化する
AIの導入で、業務効率は確かに上がる。資料作成は速くなり、分析は精緻になり、意思決定も早まる。だが高野氏は、その“前進感”こそが危ういと指摘する。
AIは判断しない。最適化するだけだ。国内市場で勝つという前提を置けば、AIは国内戦略を徹底的に磨く。価格で戦うという前提なら、価格競争をより洗練させる。リスクを取らないという前提なら、安全策を高速で量産する。
つまりAIは、あなたの判断を拡張する装置であって、修正する装置ではない。前提が正しければ、成功は加速する。でも、前提が誤っていれば、失敗も加速する。
しかも厄介なのは、効率が上がることで「やれている感」が生まれることだ。会議は減り、資料は整い、KPIは改善する。だが戦う土俵が間違っていれば、それは壁に向かってアクセルを踏んでいるにすぎない。
AIは未来を拡張する。だが何を拡張するかは、前提次第だ。だからこそ問われるのは、ツールの使い方ではなく、出発点の設計である。
5.失われた30年を繰り返さないために
講演の冒頭で提示された問いに、あらためて戻る。日本はなぜ30年負け続けたのか。
努力が足りなかったのか。技術がなかったのか。人材が不足していたのか。そうではない。その断言から、この話は始まった。
判断基準が更新されないまま、同じ前提の上で走り続けてきた。現象をいじり、施策を重ね、効率を上げても、土俵が変わらなければ景色は変わらない。強みから始めれば、すでに他者の競争領域に入っている。AIを導入しても、前提が古いままなら、その前提を高速で強化するだけだ。
水を大量に使うのが当たり前という前提を疑い、95%の節水を実現した。国内で人材を取り合うという前提を外し、IITの“Day1”を獲得した。国内市場で消耗戦を続けるという前提をずらし、国家プロジェクトへ参画した。いずれも、努力の量ではなく、出発点の設計が変わった結果である。
前提が正しければ、実行は意味を持つ。前提が誤っていれば、努力は報われない。だからこそ問われるのは、「どこで戦うか」ではなく、「どの前提で戦うか」だ。
失われた30年を延長するか、それともここで判断基準を更新するか。選択は、いつも経営の側にある。前提を設計できるという事実こそが、この講演の核心だった。
今日はこの辺で。







