D2Cの本質とは? “温泉”の視点で紐解く、クラシコム 青木耕平さんのエンゲージメント戦略

D2Cは温泉である。なんとも面白い解釈だなと思って聞いていた。クラシコム「北欧、暮らしの道具店」代表・青木耕平氏の発言だ。とかく、D2C(Direct to Consumer)に関して言えば、成功している企業は限られている。それで、多くの企業は「ブランド直販だから成功する」と考えがちで、案外、D2Cの本質が語られることがない。しかし、その答えを、クラシコム「北欧、暮らしの道具店」代表・青木耕平氏が、解き明かしたのである。そこで出てきた、ユニークな比喩が「温泉」。なぜD2Cに温泉の話が関係するのか? そのヒントは、渋谷パルコのポケモンセンターにあった──。
1. コロナ禍が映し出した一つの真実
しかも、渋谷パルコ?ポケモン?もっと、わけがわからない。でも、人の心を動かすことなしに、人々は自ら率先して、行動へと駆り立てられることはない。この本質を突いている。実は、D2C然り、ECの現場は売ろうとするあまり、心を動かす所以がどこにあるのかを考えずにいる。
実は、人の心理が顕著に現れた場所が、渋谷パルコのポケモンセンターであった。遡ること、コロナ禍において、リアルのお店は大ダメージを受けていた。
閑散とする売り場が多く見られる。その中で、唯一、どこ吹く風、渋谷パルコのポケモンセンターには行列ができて、熱狂で溢れていた。
そんなのは、ポケモンだからでしょ?
そう言われれば、そうかもしれない。でも、なぜ、ポケモンはそれができているのか。ここに真実がある。当然、その行列は、商品を購入したくて生まれているわけだけど、青木さんは、これが自分たちの商品にはない熱狂だと受け止めたわけだ。
世の中の技術を結集して唯一無二の商品を作っているのか。そうではない。大切なのは商品そのものではなく、「ポケモンが描かれている」という事実が購買意欲を生んでいることだ。
なぜ人はそのような心理になるのか。突き詰めて考えた。それはシンプルに、ゲームを通じて夢を与えているからだ。
2. 渋谷パルコのポケモンセンターから学ぶ、温泉の法則
だから、仮に、商品を買う人で殺到したからといって、ポケモンのゲームに対しての注力は変わらないだろう。もしも、ゲームの手を抜き、商品力を上げたとしても、決して、商品の売り上げにつながらないからだ。とことん面白いゲームを作ること。それを再現する売り場。
これこそが、熱狂を生み、自然と商品を買いに走らせる理由となるのである。
青木さんはハッとした。まだ自分は商品の方に意識が向いていることに気づいたのである。
つまり、「ポケモンの商品を買いたい」という心理に近いものを、自分の事業でどう生み出せるか。それを考えたとき、一つの比喩として“温泉”にたどり着く。
繰り返しになるが、ポケモンというコンテンツは、ゲームやアニメを通じて人々に体験を提供し、その世界観に没入させている。だとすれば、ポケモンセンターはまるで“温泉”のように、人々がその体験を味わいに訪れる場所である。
そして、そこで得た感動を“お土産”として持ち帰るためにグッズが売れる。
3.名ばかりでは成功しない理由
これはファッションブランドすら、最近は追えていない。その証拠に、当時、多くのアパレルショップは閑散としていた。「売ること」だけに特化してしまう。売るための手段として、それらのブランディングをしているにほかならない。
重要なのは、「人が来ないから仕方がない」と諦めるのではなく、それでも人々が期待する場所を作ること。まさに“温泉”のように、訪れた人がとことん楽しめる場を提供できれば、“お土産”として商品が売れていくのだ。
ところが、多くの企業がD2Cを「ブランド直販」として捉えがちで、その本質を見失い。SNSや広告で商品を売ることに集中してしまっているのだ。結果、コロナ禍に関係なく、その後も、売上は伸びず、ブランドとしての価値も築けないケースが後を絶たない。
だから、「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムの青木耕平さんは、その常識から離れた。そして、D2Cの本質を「エンゲージメントファースト」と表現するようになった。そして、それを生み出す方法について、“温泉”という比喩で説明したのである。
SNSの捉え方然りだが、何気ない視点の違いだが、結果は大きく異なる。
つまり、売り込むためにSNSを使うのではない。大元の“温泉”をより確固たるものにしていくために、SNSを活用するのである。ここに青木さんの嗅覚がある。そして、それを柔軟に受け止め、自分の事業で置き換えて考える本質がある。
4 「お土産」ではなく「温泉」を掘る──ファッションとの違い
それは、こういう言い方もできるだろう。多くのファッションブランドは、「お土産」だけを売ろうとしている。しかし、「温泉」がなければ人々は訪れず、当然お土産も売れない。
クラシコムは、これら視点に立ってD2Cに応用し、商品販売よりも先に「温泉」を掘ることに注力したのである。結果、顧客が「北欧、暮らしの道具店」の世界観に共感し、自然と商品が売れる仕組みを作り上げたのだ。それを支えるのが、まさに「エンゲージメントファースト」という考え方の核心だ。
それは、究極、売上やKPIよりも、まずは顧客との関係性を深めることを優先する。
例えば、クラシコムはYouTubeで830本以上の動画を配信し、登録者数は72.2万人に達している。その視聴者の多くは、そこで、商品を買う前に“温泉”に浸かっているのだ。そして、その体験が満足度の高いものであれば、“お土産(商品)”も自然と売れる。
この戦略によって、クラシコムのアプリダウンロード後30日間の購入額は186%も向上。以後、安定した成長を続けている。
5. KPIに縛られない経営が生む、本質的な顧客体験
彼らは人の心の心理を動かす、感受性を大事にしている。数字は大事。けれど、そこに縛られない姿勢が、常識を超えた行動となって、競合に左右されない、戦える強さを持つ。そのセンスが秀逸だ。
だから、クラシコムは一般的なEC事業とは異なり、今も、厳格なKPI管理をしていない。多くのEC企業はコンバージョン率や売上ノルマを重視する。だが、クラシコムは「温泉の質を高めること」にフォーカスしている。
一貫している。
そうすることで、変わってくるのは、データに対しての向き合い方だ。データはあくまでモニタリングするためのもの。その変化を瞬時に察知する上で、データは重要なのである。ここで、もしノルマを設定すると短期的な施策に走ってしまい、長期的なエンゲージメントが損なわれるのである。
KPIを細かく管理するのではなく、顧客との関係性を深めることを優先。その理由がわかっただろうし、結果として売上がついてくる。こういう戦略だからこそ、先ほどの実績を叩き出したのだ。
6. D2Cのスケール問題──成長を続けるために必要なこと
その一方で課題もある。それは、こういう“温泉”的なアプローチをしていくと、規模が限定的になるということ。相手を特定し、そこの心を動かす。だから、大きくしようとするほど、濃度が薄くなっていくのである。
それゆえ、彼らに限らず、多くのD2Cブランドが直面するのが、スケールの問題。特定のカテゴリーで成功した後、どのように成長を続けるか。その課題への対処として、やっぱりクラシコムはその感性を蔑ろにしない。
この点に対し、「供給の拡張」と「需要の創造」という2つの柱を掲げている。
供給の拡張
- クラシコムは元々「北欧食器の専門店」としてスタートした。だが、現在はコスメやファッションまで取り扱いを広げている。
- 世界観を維持しながら、カテゴリーを増やし、より多くの顧客のニーズに応えている。
つまり、大元の価値観はそのまま大事にしていくものの、商品を限定しないのである。その価値観のまま、それを他のジャンルに浸透させていく。そうすることで、裾野を広げていくのである。他のジャンルを好む人の中に、世界観を浸透させていく工夫をしているという言い方が良いだろうか。
需要の創造
- D2CはSNSと密接に結びついており、アルゴリズムの変化に影響を受けやすい。
- クラシコムはSNS以外にも、YouTubeやアプリなど、顧客との接点を多角的に広げることで、需要を継続的に生み出している。
それらがSNSなどを通して伝わっていく。しかし、そこに依存すれば、そのアルゴリズムに左右されてしまう。これも何気ないことだけど、本質的だ。ともすれば、ノルマを作りがちだが、そうすると、その時々の特定のSNSのテクニックなどでお客様を引き寄せようとする。そうではなく、“温泉”を育て、伝えていくために、SNSを使うという視点を持つことである。
それができれば、根本の価値観は、ブレずにお客様と関係を構築できる。なので、その先にあったのが、YouTubeであり、アプリであったに過ぎない。逆にいえば、YouTubeやアプリを使えば、D2Cは伸びるということを言っているのではない。“温泉”がどうすれば、もっとお客様にとって特別で価値あるものになるかを考えること。そのための手段が何かを考えることが大事だということなのだ。
7. 「温泉」の視点が導く未来のD2Cとは?
これでおわかりいただけただろう。D2Cの成功は、単なる直販ではなく、「温泉」を掘ることにある。ブランドの世界観を作り、顧客がそこで素晴らしい体験を得られる場を提供することが、長期的な成長につながる。
クラシコムの事例から学べるのは、
- 商品を売る前に、顧客が没入できる「温泉」を作ること。
- 短期的なKPIに縛られず、エンゲージメントを重視すること。
- 供給の拡張と需要の創造をバランスよく行うこと。
D2Cは、単なるECではなく、ブランドと顧客の関係を深める手段なのだ。
そして、その関係を築く鍵は、「温泉」の視点にある。商品を売るのではなく、体験を提供する。そうすれば、顧客は自然と「お土産」を買っていくのだ。
いまや、彼らは一級の“温泉”地を作り、多くの人で賑わっている。だから、“お土産”が多く売れるようになっているのだ。はたして、みなさんは“お土産”を売ろうとばかりしていないだろうか。
そこの先のテクニックにとらわれていないだろうか。それは結果、何かに依存することになる。そうではなく、自ら温泉として磨きをかけるその深掘りが、時代に左右されない自らの強さを築くのである。
今日はこの辺で。