卸先ではなく、一人の消費者へ。AI時代、日本のものづくりが変わる理由

日本のものづくりは、世界でも高い品質を持つと言われている。実際、その技術は海外のラグジュアリーブランドにも採用され、高い評価を受けてきた。それなのに、日本のメーカー自身のブランドとなると、思うように世界へ届かない。この矛盾は、なぜ起きるのだろうか。Lingbleが主催したイベント「Material Matters」では、一見すると異なる二つのテーマが語られた。一つは、日本の素材メーカーがどう海外へ挑むのか。もう一つは、AIがECをどう変えていくのか。しかし、最後まで聞いていると、両者はまったく同じ本質を語っていることに気づく。
それは、「誰に価値を伝えるのか」という視点である。
これまで日本のメーカーは、卸先やバイヤーを通じて商品を届けてきた。しかし、海外へ挑むときも、AIが購買を支える時代になっても、求められるのは、その先にいる一人の消費者へ、自分たちの価値を直接伝えることだった。
二つのセッションをつなぐ一本の線をたどると、日本のものづくりがこれから進むべき方向が見えてきた。
1.品質は世界に届く。それでも商品は届かない
最初のセッションで繰り返し語られたのは、日本のものづくりの品質そのものについてであった。
岡山・児島のジャパンブルー、京都・丹後のクスカ、西陣織の細尾、そして北陸のカジグループ。4社はいずれも、それぞれの分野で海外から高く評価される技術を持っている。
例えば細尾は、西陣織をディオールやシャネル、エルメスなど海外ラグジュアリーブランドの空間へ展開し、グッチとのコラボレーションでは「HOSOO」の名前を前面に出した限定商品が短期間で完売したという。
ジャパンブルーも、高品質なデニム生地は海外ブランドから評価されている。しかし、2022年以降に改めてグローバル戦略を進める中で、「品質が高ければ売れる」という考え方だけでは世界に伝わらない現実に直面したという。展示会で品質を説明しても、その価値が十分に理解されなかったのである。
ここで興味深いのは、「品質が足りない」のではなく、「品質だけでは購入理由にならない」という点だった。
品質は入口ではなく、結果なのである。
だから4社とも、自分たちの技術だけではなく、その背景や工程、思想まで含めて価値として届けようとしていた。品質を磨くことよりも、その品質がなぜ生まれたのかを伝えることへ、経営の重心が移っていたのである。
2.「卸先を見る商売」から、「消費者を見る商売」へ
では、なぜ日本企業は、その価値を十分に語ってこなかったのか。その答えを示したのが、この日二つのセッションでモデレーターを務めたLingble代表の原田真帆人氏だった。
日本のメーカーは、長い間、卸先やバイヤーを相手に商売をしてきた。展示会へ出展し、気に入ったバイヤーが商品を仕入れ、その先で消費者へ届ける。この流れの中では、メーカーが直接消費者へ語りかける必要は、それほど大きくなかった。
だから、「どんな想いで作ったのか」「なぜこの工程にこだわるのか」「地域にどんな文化があるのか」といった背景は、あえて説明しなくても成立していた。
しかし海外へ出ると、この前提が崩れる。
クスカは、手織りで作ったネクタイをイタリアの展示会へ持ち込んだ際、「こんなにきれいなら手織りではないだろう」と言われたという。日本では高品質の象徴だった均一さが、海外では「手仕事らしさが伝わらない」という評価になったのである。そこから同社は、素材の組み合わせを工夫し、あえて手織りならではの表情が伝わるものづくりへ変えていった。
細尾もまた、西陣織の伝統的な柄を押し出すのではなく、柄を取り払い、帯幅をインテリア向けへ広げることで海外市場を切り拓いた。大切だったのは、「自分たちが伝えたいこと」ではなく、「相手にどう伝わるか」を考えることだった。
つまり海外展開とは、商品を輸出することではない。消費者の視点から、自分たちの価値をもう一度見直す営みなのである。
3.海外で問われたことが、これからすべての企業に問われる
海外へ出ることは、市場を広げるためだけではない。4社の話を聞いていて印象的だったのは、海外へ出たことで、自分たちの価値そのものを見つめ直していたことである。
ジャパンブルーは、「品質が高ければ売れる」という思い込みを捨て、自分たちは何者なのかをシンプルに伝えることへ舵を切った。クスカは、海外のバイヤーからの反応を受けて、「手織りらしさ」が伝わる表現へとものづくりを変えた。細尾は、西陣織という伝統を守るのではなく、その本質を残したまま、海外市場へ合わせて形を変えた。カジグループもまた、素材メーカーの立場にとどまらず、自社ブランドを立ち上げ、消費者の声をものづくりへ戻す循環を作っている。
つまり彼らが挑戦していたのは、「どう売るか」ではない。
「自分たちの価値とは何か」を言葉にすることだった。
世界を一つの市場として捉え、その中で自分たちにしかない価値は何なのか。そのうえで、国や文化によって伝え方を変えていく。
これはマーケティングのテクニックではない。企業の核を見つめ直す作業である。そして、この日の二つ目のセッションを聞いて、僕は思わず膝を打った。
実は、この話は海外展開だけの話ではなかったのである。
4.AIは「商品」ではなく、「言葉」を選んでいる
二つ目のセッションでは、生成AIとECの未来が議論された。テーマはまったく違うように見えた。しかし、語られていた本質は驚くほど共通していた。
これからのECでは、人が検索して商品を探すだけではなく、AIがユーザーに代わって商品を比較し、推薦する世界が現実になろうとしている。ShopifyはGoogleと連携し、AIとの対話の中で購入まで完結する仕組みを進めている。
参考:脱・検索の時代へ──UCPとGEOが変える「購買の構造」
では、AIは何を見て商品を推薦するのか。
XA Holdingsの河野貴伸氏は、「言語化」の重要性を強調した。
これまでブランドは、デザインや写真、店舗の雰囲気など、「見れば伝わる」ことに頼る場面も少なくなかった。しかし、AIが理解するのは基本的にテキストだ。企業が何を大切にし、なぜその商品を作り、他と何が違うのか。それが一貫した言葉として存在しなければ、AIはブランドを正しく理解できない。
Shopify Japanの香山克彦氏も、日本のECでよく見られる画像中心の長い商品ページを例に挙げた。人には魅力的に映っても、画像の中だけに情報があれば、AIには十分伝わらない。だからこそ、商品の価値を「テキストとして」整理し、AIが理解できる形で届ける必要があるという。
ここで一つ目のセッションとの共通点に気づいた。海外でも求められていたのは、「品質が高いこと」そのものではない。その品質が、なぜ生まれたのかを言語化することだった。工程や素材、地域、思想、歴史──そうした背景まで含めて価値として伝える。
AIが登場したから重要になったのではない。海外で評価される企業は、すでにそのことに向き合っていたのである。
5.海外で求められていたことが、AI時代のECにもつながる
ここで重要なのは、AIによって新しい正解が生まれたわけではない、ということだ。一つ目のセッションで4社が語っていたのは、「品質をどう高めるか」ではなく、「その品質をどう伝えるか」だった。
ジャパンブルーは、品質が高ければ売れるという発想から、自分たちは何者なのかを伝えることへ舵を切った。クスカは、海外のバイヤーから「手織りに見えない」と言われたことをきっかけに、手仕事らしさまで含めて価値として伝えるものづくりへ変えた。
細尾は、西陣織という伝統を、そのまま海外へ持っていくのではなく、本質を残しながら市場に合わせて表現を変えた。カジグループも、自社ブランドを立ち上げることで、消費者の声を素材づくりへ戻す循環を作っている。
彼らが向き合っていたのは、海外だから特別な課題ではない。「自分たちの価値とは何か」を言葉にし、それが相手に伝わる形へ翻訳することだった。
そして、その力をAIもまた求めている。
6.AIが変えるのは、技術ではない。商売の原点である
AIによって、ECは大きく変わろうとしている。人が検索し、ECサイトを回遊して商品を探すのではなく、AIが一人ひとりの好みや目的に合わせて商品を選び、推薦する時代が近づいている。
しかし、本当に変わるのは購買の仕組みだけではない。企業の姿勢そのものである。
これまで日本のメーカーは、卸先やバイヤーへ価値を伝えることで商売が成り立ってきた。だから、商品の背景や思想を細かく説明しなくても、品質さえ認められればビジネスは成立した。
ところが海外へ出ると、その前提は通用しない。
そして今、AIの登場によって、その前提は国内でも通用しなくなろうとしている。AIが評価するのは、小手先のテクニックではない。企業が、自分たちは何者で、何を大切にし、なぜこの商品を作っているのかを、一貫した言葉で伝えられているかどうかである。
つまり、海外展開で求められていたことが、そのままAI時代のECでも求められるようになったのだ。
これは、AIが新しい価値観を生んだからではない。ものづくりにおいて本来大切だったことを、AIが改めて浮かび上がらせたのである。
7.「サプライヤー」から「コラボレーター」へ。その先にあるもの
この日のセッションで、最も印象に残った言葉がある。
細尾の細尾真孝氏が語った、
「サプライヤーからコラボレーターへ。」という一言だ。
サプライヤーは、求められたものを、求められた通りに作る。それはもちろん、ものづくりに欠かせない役割である。しかしコラボレーターは違う。相手と一緒に価値をつくる存在だ。
だから細尾は、自ら研究開発を続け、「HOSOOと組めば、何か新しいものが生まれる。」そう思ってもらえる会社を目指してきた。この言葉は、日本のものづくり全体に向けられたメッセージでもあるように感じた。品質が高いことは、もちろん大切だ。
しかし、その品質は、誰かに伝わって初めて価値になる。海外だから説明が必要なのではない。AIだから言語化が必要なのでもない。
価値とは、本来、伝わって初めて価値になる。海外へ挑戦する企業は、その当たり前を世界で学んできた。そしてAIは、その当たり前を、日本国内のすべての企業にも問い掛け始めている。
自分たちは何者なのか。なぜ、それを作るのか。その価値を、一人の消費者へ、自分たちの言葉で語れるのか。
僕は、この日の二つのセッションから、そんな問いを受け取った。AIが変えるのは、買い物の方法ではない。日本のものづくりが、自らの価値を、自らの言葉で語る時代が始まる。そんな未来を示したイベントだったように思う。
今日はこの辺で。







