日本のお菓子を世界へ。そして、世界を日本へ──ICHIGOが越境ECの先に「リアルな体験」を求めた理由

「越境EC」という言葉が、まだ一般的ではなかった2015年。株式会社ICHIGOは、日本のお菓子を海外へ届ける事業を始めた。現在、その配送先は187の国と地域。累計出荷数は400万個に達し、延べ560万人の顧客に商品を届けてきた。中心となるのは、日本のお菓子を詰め合わせ、毎月海外へ届けるサブスクリプションサービスである。
しかし、ICHIGOが歩いてきた道は、単に「日本の商品を海外で売る」というものではない。
アメリカで起きていたサブスク市場の変化を捉え、ECに必要な機能を内製化し、外国人メンバーを組織に迎え、コロナ禍では物流危機を逆に顧客体験の改善へと変えた。そして今度は、海外へ届けるだけではなく、日本を訪れた外国人に食や工芸を「体験」してもらう事業へ踏み出している。
市場が変われば、自分たちも変わる。ただし、積み上げてきた強みまで捨てるわけではない。ICHIGO代表の近本あゆみ氏の話から見えてきたのは、越境ECのノウハウ以上に、変化を捉えながら事業を進化させていく企業の姿だった。
1.銀座に増えていく外国人を見て、「海外へ売る」を選んだ
ICHIGOの始まりは、近本氏がリクルートに在籍していた時代に遡る。大学卒業後にリクルートへ入社した近本氏は、国内向けECの新規事業立ち上げに携わり、そこでECの基本を学んだ。当時は2010年代前半。日本ではインバウンドや「爆買い」という言葉がニュースに登場し始め、海外から日本を訪れる旅行者が急増していた。
職場があった銀座でも、その変化は目に見えたという。街を歩く外国人が日に日に増えていく。その光景を見ながら、近本氏は「日本国内ではなく、海外に日本のものを販売することにチャンスがあるのではないか」と考えた。
2014年頃から準備を始め、翌2015年にICHIGOの前身となる会社を設立する。最初から狙ったのは海外だった。
ただ、近本氏自身は日本生まれ、日本育ち。当時、豊富な海外経験があったわけでもない。それでも事業を伸ばせた理由として、近本氏が最初に挙げたのが「成長マーケットの波に乗ったこと」だった。
起業前、海外でどんなECビジネスが伸びているのかを調べていくと、アメリカでは「サブスクリプションボックス」が広がり始めていた。靴下やカミソリなど、商品を定期的に届けるサービスである。日本では、まだ「サブスク」という言葉さえ一般的ではなかった時代だ。
その中には、お菓子を毎月届けるサービスもあった。しかし、商品品質や配送などには改善の余地があった。
ならば、日本からもっと良いものを届けられるのではないか。こうしてICHIGOは、日本のお菓子を詰め合わせて毎月海外へ届けるモデルに参入した。現在、配送先は187の国と地域。顧客の約7割を米国が占め、残る多くも英国、フランス、オーストラリア、カナダなど欧米圏だ。
ICHIGOの成長は、日本で流行したものを海外へ持っていったところから始まったわけではない。海外で起きていた変化を先に見つけ、そこへ日本の商品を組み合わせたところから始まっている。
2.儲けるための内製化ではなく、「商品を良くする」ための内製化
ICHIGOの成長を支えた二つ目の要素が、徹底した内製化である。ECサイトのプロダクト開発には自社のエンジニアやデザイナーを置く。Webマーケティングやインフルエンサーマーケティングも自社で行う。さらに商品企画、メーカーとの商品開発、仕入れ、そして商品の梱包から海外へ送り出す準備まで、自分たちで担ってきた。
一般的なEC企業であれば、いくつかの工程を外部の専門会社へ委託する選択肢もある。しかしICHIGOは、創業時から可能な限り自社で持つ道を選んだ。
理由は、単純なコスト削減ではない。
外部へ支払うコストを抑え、その分を「商品の原価」に戻すためだった。
お菓子や雑貨のサブスクリプションは、決して利益率が極端に高いビジネスではない。近本氏によれば、同時期に競い合っていた類似サービスの中には、マーケティングや梱包などを外注した結果、採算が合わなくなり、姿を消していった企業もあったという。
ICHIGOは逆だった。自分たちでできることを増やし、浮いたコストを顧客が受け取る商品の価値へ戻す。そして毎月、競合だけでなく「良いサービスをしている会社」を調べ、自分たちの商品がそれより良いものになっているかを検証する。
内製化という言葉だけを聞けば、効率や利益率の話に聞こえる。
しかし、ICHIGOの場合は少し違う。
自分たちで担える領域を増やすことで、限られた価格の中で顧客へ渡せる価値を最大化する。そのための内製化なのである。だから、コストを下げることと商品の品質を上げることが、ICHIGOでは同じ方向を向いている。
3.物流が止まった。ところが危機が「より良い体験」を見つけるきっかけになった
順調に成長してきたように見えるICHIGOにも、大きな危機があった。コロナ禍である。世界的な巣ごもり需要によってECの注文は増えた。ICHIGOにも大量の注文が入る。一方で、国際線が止まり、日本から海外へ商品を送れなくなった。
「注文は来るのに、届けられない」。
越境ECにとって、これほど深刻な問題はない。ICHIGOは配送手段を探し続け、コロナ禍でも自社で航空機を飛ばせる物流会社を見つけた。配送会社を切り替え、顧客には約2週間待ってもらいながら、なんとか商品の発送を再開する。
ところが、この変更から思わぬことが起きた。
新しい配送会社を利用することで物流費が上がり、ICHIGOは商品の値上げを余儀なくされた。当然、近本氏たちは注文が減ると考えた。結果は逆だった。
新しい物流網によって、商品が届くまでの時間が大幅に短縮されたのである。コロナ禍では旅行にも行けず、飲食店にも自由に行けない。そんな状況にいた海外の顧客にとって、多少価格が高くても、日本から届く商品を早く楽しめることの価値は大きかった。
顧客満足度は上がり、評判も良くなり、結果として受注数まで伸びた。
ここに、興味深い示唆がある。企業側から見れば物流費は「コスト」である。しかし顧客から見れば、配送速度もまた商品の一部なのである。ICHIGOは危機に追い込まれたことで、価格を抑えることだけが顧客価値ではないと知った。
問題を乗り越えるために変えた物流が、結果としてそれまで気づいていなかった顧客の価値を浮かび上がらせたのである。
4.日本人だけでは、海外の「欲しい」は分からなかった
もう一つ、ICHIGOが成長する過程でぶつかった壁がある。海外の顧客に売るのに、日本人だけで考えていたことだった。創業から約1年間は日本人中心のチームで事業を進めていた。しかし、商品の選び方、デザイン、広告クリエイティブなど、どうにも海外の顧客の心を掴めていない感覚があった。
そこでICHIGOは、外国人メンバーの採用を始める。現在、同社では10カ国のバックグラウンドを持つ人々が働いている。従業員数もアルバイトなどを含め500人を超えた。
ただし、多国籍になれば、それだけで海外の顧客を理解できるわけではない。むしろ最初に起きたのは、価値観の衝突だった。
仕事を始める時間ひとつをとっても、「9時30分」の感覚が国によって違う。終業時間についても同様だ。それぞれが自国の常識を持ち込めば、組織としてまとまらなくなる。
近本氏はこれを「価値観の押し付け合い」と表現した。そこでICHIGOは、会社として守るルールを明確にした。入社前から会社の運営方法やルールを説明し、納得した上で入社してもらう。仕事では共通のルールに合わせる。一方で、それ以外の部分ではそれぞれの文化や価値観を尊重する。
違いをなくすのではない。違う人たちが一緒に働くために、合わせる部分だけを決める。
その結果、多様な文化的背景を持つ人たちの視点を商品選定やクリエイティブへ取り込める組織になった。越境ECとは、単に国境を越えて商品を発送することではない。その国に暮らす人が何を面白いと思い、何を欲しいと思うのか。その感覚まで理解しようとすることなのだ。
5.「日本から世界へ」だけではなく、「世界から日本へ」
そして、ICHIGOはいま大きな転換点にいる。創業から約8年間、同社はほぼ一貫して越境ECに取り組んできた。しかし、コロナを境に市場が変わった。外出できなかった時代、人々はECを通じて商品を買い、遠く離れた国の文化を疑似体験した。しかしコロナが明ければ、人は再び移動する。
そこで近本氏が感じたのが、「その場でしかできない体験」への需要だった。越境ECは今後も伸ばす。しかし5年後、10年後まで同じことだけを続けていて、今と同じ成長を維持できるのか。
そう考えたICHIGOが選んだのが、インバウンド事業だった。これまで日本から海外へ届けていた食文化を、今度は日本を訪れた外国人へ、日本で直接体験してもらう。
2024年にはM&Aによって飲食事業へ参入した。そこから約2年間で、既存店舗を含め約35店舗を展開。既存店の業態変更やブランド変更、新規開業など、ICHIGOが関わった店舗だけでも約15店舗に上り、新たに5ブランドを立ち上げたという。興味深いのは、ECとリアル店舗が別々の事業として存在しているわけではないことだ。
ICHIGOは長年、日本のお菓子を海外へ届ける中で、外国人が日本の何に興味を持つのかを見続けてきた。
その相手が今度は、日本へやって来る。ならば、オンラインで培った理解を、リアルな体験へ変えればいい。「日本から世界へ」届けてきた会社が、「世界から日本へ」やって来る人を迎える会社へ。
市場の流れが逆になったのではない。顧客との接点が増えたのである。
6.包丁を若者へ売る──変えているのは商品ではなく「伝え方」
その象徴が、2026年にICHIGOが展開を始めた日本の包丁ブランド『ZAKU』である。日本の包丁や職人文化は海外でも人気がある。しかしICHIGOは、そこに一つの課題を見つけた。
支持する顧客の年齢層が比較的高く、若い世代には十分届いていなかったのである。
そこで同社は、伝統工芸品としての価値を残しながら、若い海外旅行者でも入りやすく、手に取りやすいブランドへと再編集した。2026年に入ってから4店舗を新規出店し、実際の顧客も20〜30代が中心になっているという。
ここまでのICHIGOの歩みを振り返ると、一つの共通点が見えてくる。
海外でサブスクが伸びれば、日本のお菓子と組み合わせた。日本人だけでは海外顧客の感覚が分からないと気づけば、多国籍のチームを作った。物流が止まれば、新しい配送網を開拓した。そして人々が再び旅行するようになれば、ECで培った顧客理解をリアルな店舗へ持ち込んだ。
変化するたびに、これまでの事業を捨てたわけではない。むしろ、そこで蓄積したものを次の市場へ持っていっている。だから近本氏は、これからの戦略を「守りと攻め」と表現する。
「守り」は、創業以来の主力である越境ECをさらに磨き、顧客の期待に応え続けること。「攻め」は、インバウンド需要の変化を捉え、新しい体験を作り続けることだ。
ECから店舗へ。お菓子から食体験、そして包丁ブランドまで。一見すると、事業は広がっている。
しかし、その中心にあるものは変わっていないのかもしれない。海外の人は、日本の何に価値を感じるのか。その問いを、顧客を見ながら考え続けてきた。
ICHIGOが売ってきたのは、日本の商品だけではない。日本にある価値を、相手に届く形へと解釈し直すこと。その積み重ねが、187の国と地域へ商品を届ける会社を、今度は日本で世界の人を迎える会社へと進化させているのである。
今日はこの辺で。







