「このサービスをなくさない」──撤退を告げられたMew contactを、篠池さんがゼロから組み直すまで

「3月20日までに、事業を畳んでほしい」。2024年11月、フリューでカラーコンタクトレンズ通販「Mew contact」を立ち上げ、11年にわたって育ててきた篠池 真由香さんに、会社から突然、撤退が告げられた。すでに愛用する顧客がいる。自社ブランドも育っている。それを、わずか4カ月ほどで終わらせるという。ところが篠池さんは、畳まなかった。翌週にはメンバーへ「私はこのサービスを世の中からなくさないつもりなので、売りに行きます」と宣言。12月第1週には自らPLを作り、事業を引き受けてくれそうな企業を訪ねていた。
結果、Mew contactはコンタクトレンズメーカーのシンシアへ譲渡され、事業は存続した。だが、この話の面白さは、その逆転劇だけではない。会社が変わり、組織が変わったことで、篠池さんは11年続いた事業を、もう一度ゼロから見直すことになる。
何を残し、何を捨てるのか。誰がやるべきで、何を外に任せるのか。Mew contactが誕生し、成長し、失速し、消滅の危機を越えて再び動き出すまで。その紆余曲折を追うと、事業を強くする「仕組み」の正体が見えてくる。
1.「このサービスをなくさない」──撤退通告から2週間で、事業を売りに行った
「畳め」──残された時間は4カ月
2024年11月。篠池さんは会社(当時、フリュー)から、Mew contactの事業を終了する方針を告げられた。「カラコン事業のリソースは他に使いたいです。3月21日に部門を解散します。3月20日までに清算してください」11月下旬に告げられて、期限は翌年3月。残された時間は4カ月ほどしかない。
Mew contactには、すでに愛用する顧客がいる。しかも、オリジナルブランド「LuMia」も育っていた。これは、瞳本来の美しさを引き出すナチュラルさを追求したもので、2016年から続けていた。それらを突然なくしてしまうことに、篠池さんは納得できなかった。そこで彼女が選んだのは、撤退の準備ではなかった。
「閉じろ」と言われたにもかかわらず、12月第1週には、事業のPLを持ってシンシアを訪れていたのである。さらに、メンバーにも早い段階で会社の方針を伝えた。その上で、自らの意思も明確にしている。
「みんなは別の仕事になるけれど、私はこのサービスを世の中からなくすつもりはないので、売りに行きます」
なぜ、「畳む」より「売る」だったのか
普通の会社員であれば、「畳め」と言われれば畳む。それは篠池さん自身も認めている。それでも動いたのは、単に自分が育てた事業への思い入れだけではない。事業が他社へ渡れば、Mew contactやLuMiaを使い続けたい顧客は困らない。
フリューにとっても、事業を清算するだけではなく、売却できれば対価が入る。そして買い手には、すでに顧客と売上を持つ事業が残る。
「どう考えても、私が売りに行って事業が残れば、ユーザーさんはハッピー、会社にもお金が入ってハッピー。畳むより絶対にいいじゃないですか」
篠池さんはそう振り返る。会社から与えられた「畳む」という仕事だけを見れば、やるべきことは明確だった。
だが、その一段上から見れば、「畳む」以外の別の答えがある。
この視点は、後にMew contactそのものを組み直していくときにも、何度も顔を出すことになる。ゼロから事業を立ち上げてきたからこそ、気づける視点ではないか。目の前の仕事ではなく全体を捉え、どうすれば持続可能な構造にできるのかを考える。それが、篠池さんの仕事の仕方なのだ。
2.始まりもまたゼロだった。「女の子は何を買っている?」から生まれたMew contact
始まりは、「何を売るか」ではなかった
そもそも、篠池さんは最初からカラコン事業をやろうとしていたわけではない。出発点は、フリューが持っていたプリントシール機の膨大な会員だった。実は、その当時、プリクラのマーケットシェアを9割占めていたのが、フリューだった。
これは以前、僕自身も知って感銘を受けたことなのだが、彼らは単にプリクラ機を提供し続けていたわけではない。撮影した画像をメールで受け取れるようにすることで、シールを手にするだけではない価値をユーザーに提供していた。そして、その利便性と引き換えに、ユーザーとの継続的な接点を築いていたのである。
そこで、篠池さんが着目したのは、そのユーザーとの接点だった。
「プリクラの会員があんなにいるのに、全然マネタイズしていないじゃん」
そう考えた篠池さんは、新規事業として通販ができないかと会社へ提案した。だが、そこでいきなり売るものを決めたわけではない。まず、顧客に聞いた。プリクラ会員へ「スマホで何を買っている?」というアンケートを送ると、服やiPhoneケースなどと並び、2位に出てきたのがカラコンだった。
「カラコン、なんで?」
そこから、さらに調べた。すると、大手通販サイトに混じって、海外からカラコンを個人輸入するサイトが利用されていることが分かった。中には日本で承認されていない商品もあり、品質面への不安もあった。
カラコンの向こうに見えた、放っておけない問題
そこで生まれたのが、「安心・安全に可愛く」というMew contactの原点である。
「フリューは女の子を可愛く見せる会社で、バーチャルがプリクラなら、リアルはカラコンじゃん」
プリクラの会社だからカラコンを始めたのではない。自分たちが持つ顧客を見て、その人たちが何を買っているのかを調べる。さらに、どこで買い、そこにどんな問題があるのかまで掘っていく。
その上で、自分たちの持つ強みを重ねた結果として、カラコンにたどり着いたのである。もちろん、フリューの持つ資産は大きかった。当時、約600万人のメール会員に対して、ほぼ配信コストをかけずMew contactを案内できた。後発でありながら成長できた初速には、この力があった。
600万人を呼び込むだけでは、事業は続かない
ただ、送客できることと、選び続けてもらえることは違う。では、後発だったMew contactが、なぜここまで生き延びることができたのか。その理由の一つが、徹底した顧客目線にある。
当時のカラコン通販では、メーカーから提供された加工済みの商品画像を掲載するのが一般的だった。そんな中、Mew contactでは、スタッフ自身が実際に商品を装着し、その姿をレビューとして公開した。
「メーカーの画像ではこう見える。でも、実際に着けたらこうなる」
取り扱う商品をスタッフが自分で試し、ユーザーに近い目線で伝える。今では当たり前だが、当時としては先駆けであった。サイトのデザインやメルマガでも、「女子がちゃんと女子の気持ちを分かって作っている」と感じてもらえることを意識したのだ。
篠池さんは、それを「猛烈な顧客ファースト感」と表現する。
フリューの600万人という資産を使ったことは間違いない。だが、その資産に乗っただけでは、11年続く事業にはならなかっただろう。顧客を見る。違和感を見つける。自分たちにできることを考える。そして、まだなければ作る。
後に事業そのものをゼロから組み直すことになる篠池さんは、実はそのスタート地点から、同じことをやっていたのである。
3.大きく踏み込んだ直後に、コロナが来た。成長事業の歯車が狂い始める
「倍々ゲーム」で伸びた先に、商品開発があった
Mew contactは、立ち上げから順調に成長した。篠池さんの表現を借りれば、最初の5年は「倍々ゲーム」。後発でありながらカラコン通販で業界4位まで伸び、売上は最大で15億円規模に達したという。
そして、事業が大きくなるにつれて、Mew contactは他社の商品を仕入れて販売するだけではなく、自分たちで商品を作るようになる。その代表格が「LuMia」なのである。
日々、顧客がどんなカラコンを選び、何を求めているのかを見てきた。その知見を、今度は商品そのものへ反映させていく。当時は、ひと目でカラコンを着けていると分かるような、色や大きさを強調した商品も多かった。
しかし、彼女たちが着目したのは、あえて瞳の色に馴染ませながら、自然に黒目を大きく見せるという考え方だった。まさに「バレないけど盛れる」という発想。それも、そうした顧客との接点から生まれたものだった。その視点は、的中した。
だからこそ、さらにフリューは、もう一段、新しい市場へ踏み込もうとする。
2020年に立ち上げた「BELLSiQUE」である。
それまで若い世代のものというイメージが強かったカラコンを、「そろそろ卒業した方がいいのか」と考え始める大人世代にも届ける。そのために、イメージモデルとして安達祐実さんを起用した。
既存市場の中で商品を増やすのではない。カラコンを楽しむ人の幅そのものを広げようとした、大きな挑戦だった。当然、そこには相応の投資も伴った。
大きく踏み込んだ、その直後にコロナが来た
ところが、大きく踏み込んだそのタイミングで、コロナ禍がやってきたのである。
人が外へ出なくなる。人に会う機会が減る。新しいブランドを立ち上げ、これから売上を作って投資を回収していこうというときに、市場環境そのものが大きく変わってしまったのだ。篠池さん自身、「投資したタイミングがこうなってしまった」と振り返る。
事業として見れば、この影響は小さくなかった。
何より、それまでMew contactは、立ち上げから右肩上がりで成長を続けてきた。社内でも、伸び続ける事業として期待を集めていたはずだ。ところが、大きな投資に踏み切った直後に、コロナ禍というマイナス要因もあって、その成長が止まったように見える。
ただ、事業そのものの価値が突然なくなったわけではない。それでも、数字の勢いが失われれば、社内から向けられる視線も変わっていく。篠池さんの感覚では、この頃からMew contactの社内での存在感にも、少しずつ陰りが見え始めた。
それでも、痛手はそこで終わらなかった。2022年には、会社の方針でShopifyへカートを移行することになる。
Shopifyが問題ということではない。当初は、セキュリティを考慮し、システムを刷新しようということだった。しかし、Mew contactにとって重要だったのは、システムだけではない。その向こうに、長年積み上げてきた会員がいた。だからこそ、篠池さんは、十分な移行期間が必要だと考えていた。
だが、リニューアルは予定より早く進められた。実は、ここが問題だったのだ。
会員は4分の1、売上は半分に
結果、移行できた会員は4分の1。売上は半分になった。最大15億円規模まで育った売上は、10億円を切った。大きな投資をした直後に、コロナ禍が来る。その後、カート移行で大切な会員の多くを引き継げず、売上が半分になる。
一つ一つには、それぞれ事情がある。だが、会社という大きな単位から事業を見れば、その積み重ねによって、かつて成長を続けていたMew contactの見え方が変わっていくのは不思議ではない。
だからこそ、ここで一つ考えたい。
Mew contactという事業そのものの力がなくなっていたのだろうか。
実際には、その後、篠池さんたちはShopify上でもサイトを作り直し、売上をV字回復させていた。それでも会社全体でリソースをどう配分するかを考えたとき、フリューはMew contactを畳むという判断をする。
事業単体で見た正解と、会社全体から見た正解は、必ずしも同じではない。
ならば、Mew contactという事業を、もっとその強みが生きる場所へ移したらどうなるのか。ここから、篠池さんの視点は「この事業を残したい」から、その先へ進んでいく。
4.「作れる会社」と「売れる会社」。事業の置き場所を変えれば、弱みは強みに変わる
10年来の取引先に、足りないものがあった
そして、冒頭の話に戻る。 「3月20日までに、事業を畳んでほしい」。
そこで浮かび上がったのが、シンシアだったのである。シンシアは、突然現れた買い手ではない。Mew contactが自社商品の幅を広げていく中で、LuMiaをはじめとする商品を製造してきたコンタクトレンズメーカーである。篠池さんにとっては、すでに10年ほど付き合ってきた相手だった。
ここで、フリューとシンシア、それぞれが持っているものを並べてみると面白い。フリューは、顧客を知っている。プリントシール機から若い女性と向き合い、Mew contactを通じて、どんな商品を求めるのかを知ってきた。商品を企画し、ECサイトを作り、コンテンツを作り、顧客へ届けるところまでできる。
一方で、コンタクトレンズそのものを製造する会社ではない。シンシアは、その逆だった。コンタクトレンズメーカーとして、高度管理医療機器を扱うための製造・品質管理の基盤を持っている。カラコンもクリアレンズも作れる。
しかし、篠池さんの言葉を借りれば、toCでの存在感があまりない。
「シンシアの強みは『作れます』。でもtoCのところがない。うち(フリュー)の弱みは『作れません』。でもtoCがあります」
そして、「だから、いいお見合いになる」と考えた。
「作れる」と「売れる」を組み合わせる
ここが、篠池さんの面白いところである。
「事業を買ってください」と情に訴えただけではない。Mew contactをシンシアへ移したら、事業の構造そのものがどう変わるのかを考えた。
そもそも、Mew contactは他社から仕入れた商品と、オリジナル商品の両方を展開している。ただ、売上の上位に来るのは、オリジナル商品の方だ。考えてみれば、その構造は自然である。まず豊富な品揃えに魅かれてMew contactを訪れ、さまざまな商品を購入する。その接点の中で、次第にLuMiaなど自社商品の良さを知り、購入するようになる。
しかも、オリジナル商品は仕入れ商品に比べて粗利の面でもメリットが大きい。つまり、自社商品が選ばれるほど、事業全体にもたらす価値も大きくなるのである。
ところが、フリュー自身はカラコンの製造メーカーではない。自社商品とはいっても、実際の製造はOEMとして外部のメーカーへ依頼することになる。つまり、フリューでは、製造会社に作ってもらった商品を仕入れて販売する。その分、原価には外部へ支払う部分が乗る。ところが、製造メーカーであるシンシアの中へ入れば、その構造が変わる。
篠池さんは、シンシアの原価を前提に、もう一度Mew contactのPLを引いた。
「フリューでやったら今こうです。でもシンシアでやったら、外部に支払う分がなくなるだけ、原価がこれだけ下がる。当然、利益率は高くなるので儲かり、それを元手に進めれば、この会社でこそ、飛躍ができる」
撤退を告げられてから約2週間後、篠池さんは、そのPLを持ってシンシアを訪れていた。
では、そもそも、なぜそれがわかっているなら、フリューは製造も行い、その粗利を高めようとしなかったのだろうか。ここが実は、今回の重要なところである。つまり、「だったら最初からフリューも製造までやればよかった」という話ではないのである。
「持たない」が正解だったものが、強みに変わる
実際、フリューでも製造に必要な機能を持つことは検討したという。だが、高度管理医療機器に関わる許可は、取れば終わりではない。素材によって必要な許可も異なり、取得にも維持にもコストがかかる。自社商品を作るためだけにその機能を抱えればいいのか。維持するなら、他社の商品まで請け負うのか。
そうなると今度は、そもそも自分たちは何をする会社なのか、という話になる。
フリューの強みは、プリクラなどを通じて若年層との接点を持ち、そこから彼女たちが何を求めているのかを捉え、それにふさわしい商品や売り方を考えていくことにある。実際、Mew contactも、そうした顧客との接点から生まれ、マーケティングの力で他社との差別化を図りながら成長してきた。
だとすれば、自分たちが製造設備まで持ち、「作ること」そのものへ踏み込むことが、本当にやるべきことなのか。そこには、また別の議論がある。
考えた末に、「そこは自分たちの得意分野ではない」と判断した。その判断もまた、その時点では合理的だったのである。ところが、Mew contactの置き場所をシンシアへ変えると、同じ製造機能の意味が変わる。
フリューの中では「自分たちで持つ必要のない機能」だったものが、シンシアの中では、すでに存在する会社の強みになる。逆にシンシアが持っていなかったtoCの顧客接点、商品企画、EC運営のノウハウは、Mew contactが持っている。
新しい何かを一から作ったわけではない。仕組みに着目して、視点を変えた。すでにあるものの置き場所と組み合わせを変えたことで、それぞれの強みが噛み合い、事業の構造そのものが変わったのである。
5.毎日3時間の仕事を、15分にした。「全部自分でやる」と、捨てる仕事が見えてくる
十数人の仕事を、3人で回す
こうして、Mew contactはシンシアの子会社・カラコンワークスへ移り、事業として存続することになった。会社から示されていた期限は3月20日。その決定がなされたのは、わずか12日前の3月8日のことである。
だが、篠池さんにとっては、ここからが本当の再スタートだった。
フリュー時代、Mew contactには十数人のチームがいた。それがシンシアへ移ったとき、篠池さんを含めて3人になった。取り急ぎ派遣スタッフを加えたものの、これまで何人もの手で動かしていた仕事を、少人数で回さなければならない。
当然、篠池さん自身も現場に入った。発注作業をする。受注管理システムのネクストエンジンを触り、発注伝票を計算して各メーカーへ送る。メールディーラーを開き、顧客から届いた問い合わせにも自分で返事を書く。
「私が5人分働いた」
4月、5月はヘロヘロになったという。
しかし、この時間が結果的に、Mew contactを大きく変えることになる。なぜなら、それまで部長として上から見ていた業務を、上流から下流まで、自分の手でもう一度すべて経験したからである。
全部自分でやったから、無駄が見えた
そこで見えてきたのが、長年の運営で積み重なったルーティンだった。
たとえば、メーカーの欠品情報を確認する仕事である。以前は、膨大なSKUについて各メーカーの欠品情報を集める作業に、毎日3時間ほどかかっていた。
なぜ、そこまで確認するのか。
たどっていけば、過去に何か問題が起きたからである。一度ミスが起きる。「次からは確認しよう」となる。別の問題が起きれば、また確認項目を増やす。それが引き継がれ、いつしか「なぜやっているのか」は薄れ、「毎日やる仕事」だけが残っていく。
しかも、現場からすれば簡単にはやめられない。発生頻度が低くても、実際に起こる可能性はある。やめて問題が起きれば、自分が怒られるかもしれない。だったら確認した方が安全である。
こうして、年に1回起きるかもしれないことのために、毎日確認する仕事が積み上がっていた。篠池さんは、それを見て言った。
「いらん、いらん」
毎日3時間かかっていた業務は、15分になった。
「2件起きたっていい」と言える理由
これは、単なる業務効率化ではない。篠池さんは、年に1回の問題が起きる可能性と、それを防ぐために毎日3時間を費やすことを、同じテーブルの上に置いた。
「2件起きたっていい。それはごめんなさいで全然いい。そのために3時間、という時間を自由に使える」
目の前の業務だけを担当していれば、その判断は難しい。欠品確認だけを見れば、確認した方がいいに決まっている。ミスも減る。だが、事業全体から見れば、そのわずかなリスクをなくすために毎日3時間を使うことが、本当に最善なのかという別の問いが生まれる。
だから篠池さんは言う。
「全部やるから、上流から下流まで全部理解した上で『この業務はいらないよ』と言える」
仕事を知るとは、作業方法を知ることではない。その仕事が、全体の中で何のために存在しているのかを知ることなのである。
一度ゼロに戻ってそれを確かめたから、捨てる仕事を決められた。そして、必要な仕事だけを残し、誰かが回せる形にして渡していく。十数人で動かしていたMew contactを少人数で運営できるようになった背景には、人を減らしたから仕事が減ったのではなく、まず仕事そのものを組み直したという順番があった。
それが、篠池さんのいう「リスタート」だった。
6.LINEは、たくさん送らない。広告は、みんなが狙う言葉を狙わない
LINEは、送るほどいいとは限らない
全体を見て、一つ一つの仕事の意味を決める。この視点がいかに大事かは、実は、細部に現れてくるから面白い。その考え方は、業務改善だけに表れるものではない。Mew contactのマーケティングにも、同じ発想がある。
たとえばLINEである。一般的に考えれば、友だちになってくれた人には、できるだけ多く情報を届けた方が売上につながりそうに見える。実際、篠池さんも「LINEって、打てば打つほどいい、みたいなイメージがあるじゃないですか」と話す。
ところが、Mew contactは逆だった。
「うちは数をあまり打っていなくて、めちゃくちゃセグメントをかけているんですよ」
ナチュラル系のカラコンばかり買っている人には、強く盛れる商品の情報を送らない。過去の購入履歴から顧客にタグを付け、その人が好みそうな情報を出し分ける。全員に送るのは、月に1回の10%オフの日など、広く届ける意味があると判断した情報に限る。
結果、LINE連携を支援するSocial PLUSから「こんなにブロック率が低いサイトはない」と評価されたという。
商材が変われば、正解も変わる
大事なのは、「セグメント配信が優れている」という話ではない。商材が変われば、正解も変わる。カラコンには、「絶対に着けない」ジャンルがある。ナチュラルに見せたい人と、大きく盛りたい人では、欲しいものが違う。だからMew contactにとっては、全員へ同じ情報を送ることが、必ずしも顧客のためにはならない。
篠池さんはLINEを、単なる販促ツールではなく「顧客接点」として捉えている。商品が欲しくなればLINEからサイトへ来る。購入後には発送の連絡が届く。クーポンも受け取れる。
誰に、何を、どう届けるのか。その一連の顧客体験の中にLINEを置いているから、「何通送ればいいか」から考えないのである。これは、全体最適を考えた上での部分最適だからこその決断だ。そして実は、ここまで篠池さんがやってきたことと、本質的には同じなのである。
広告も同じだった。フリュー時代は、全社の広告を扱うチームが運用していた。担当者は一生懸命やってくれていたものの、カラコンを専門に扱っているわけではない。
そのため、どうしてもROASなどの数字を見ながら広告を調整する運用になりやすい。もちろん、数字を見ることは大事である。だが、本当に見るべきなのは、その数字の向こうにいる顧客なのだ。
シンシアへ移ってから、篠池さん自身が広告を見るようになった。そこで狙ったのは、誰もが思いつく大きなキーワードばかりではなかった。
検索数では見えない「売れる言葉」を拾う
たとえば「15mm カラコン」。
検索数そのものは多くない。しかし、それをわざわざ検索する人は、自分が欲しい商品をかなり具体的にイメージしている。そのため、競争が激しくない一方で、コンバージョン率が高く、ROASも良い。
そうした言葉を一つずつ積み重ねた結果、広告宣伝費を半分にしても、同程度の売上を作れるようになったという。篠池さんは、これを「データを超えた商品知識があるが故のキーワード選定」と表現する。ここでも、広告だけを見ていない。
商品を知っている。顧客を知っている。その人がどんな言葉で商品を探すのかを知っている。その上で、広告という一つの手段を当てはめている。
LINEだからたくさん送る。広告だから検索数の多い言葉を狙う。そうした「施策側の常識」から出発しないのである。
誰に、何を届けたいのか。そのために、この施策には何をさせるべきなのか。
全体から逆算すれば、LINEでは「送らない」という判断に意味が生まれ、広告では「少ない検索」を狙うことに意味が生まれる。毎日3時間の確認作業を15分にした話と、一見すればまったく違う。
だが、やっていることは同じである。目の前の仕事を正しくやる前に、まず、その仕事を何のためにやるのかを考える。その積み重ねが、Mew contactという事業そのものを、少しずつ強い仕組みに変えていったのである。
7.「悪いこと言わないから、うちでやりな」──自分で全部を持たないという選択
最初に考えたのは、「売却」ではなく独立だった
驚くほど、彼女の言っていることは、同じではないかと思う。全体最適から、部分最適を導き出し、組織として、誰がやっても問題が起こらず、ポジティブに運用する最適解を導き出すということ。
実は、篠池さんが最初に考えていたのは、Mew contactを他社に売ることではなかった。独立である。フリューから事業を畳むよう告げられた後、篠池さんはシンシアを訪れた。しかし、そのときの第一声は「買ってください」ではない。
「出資してください」
Mew contactを自分で引き受け、会社を作る。そのための資金を出してほしいと持ちかけたのである。すでに事業はある。顧客もいる。商品もある。売上もある。自分自身が立ち上げから携わり、11年間運営してきた。
それなら、自分でやれるのではないか。ところが、シンシア側から返ってきたのは、篠池さんの想定とは違う答えだった。
「悪いこと言わないから、うちでやりな。事業ごと買うから。」
理由は、事業そのものではなかった。コンタクトレンズは、商品を売ればすぐにお金が戻ってくる商売ではない。
製造には約3カ月かかる。LuMiaでは、一度に1万箱単位で発注することもあり、そのたびにまとまった資金が先に出ていく。それが売上として現金に戻るまでには、さらに時間がかかる。
事業の外に目を向けると
つまり、篠池さんは「事業を運営する」ことを考えていた。一方、メーカーとしてその構造を知るシンシア側には、事業の外側まで見えていたのである。さらに独立すれば、資金のことだけではない。
経理もある。人事もある。管理業務もある。商品を作り、顧客を見て、ECを成長させることとは別の仕事が、一気に篠池さんのところへやってくる。
「間接部門は親会社がやってあげられるじゃん」
だから、事業に徹した方がいい。シンシアからそう言われた。興味深いのは、もう一社にも出資を持ちかけたところ、そこでもほぼ同じことを言われたことである。事業には価値がある。だから残した方がいい。
しかし、それと「自分ですべてを持つべきだ」は、同じではなかった。
それは、図らずも篠池さん自身がこれまで大事にしてきた考え方でもあったのではないか。
何を自分たちでやり、何をやらないのか。一つ一つを切り離して考えるのではなく、全体として最も力を発揮できる構造を考える。今度は、その視点を自分自身に向けられたのである。だからこそ、篠池さんもその意味を理解し、シンシアのもとで事業を続ける決断に至った。
すべてを自分で持つことが、強さではない
結果としてMew contactは、シンシアの子会社であるカラコンワークスへ移った。製造や資金、管理の基盤は親会社にある。その上で、Mew contact側は顧客と向き合い、商品やECを成長させることに力を使える。
篠池さんは、組織についても同じようなことを話している。「自社でやるべき仕事はどこからどこまでかをすごく選んで、最小限の少数精鋭チームを作った方がいい」
そして、さらに踏み込む。
「社員として抱えるのはグロース人材のみでいい」
ルーティンは、外部の力を借りても回せる。すべてを自分たちで抱えることが、強い組織なのではない。自分たちが担うべき仕事を見極め、そこに人を置く。そのためには、逆に「自分たちがやらなくていいこと」も決めなければならない。
それは、篠池さん自身にも当てはまる。
仕組みは、完成した瞬間からまた動き出す
事業を守りたいからといって、社長になり、資金繰りから管理業務まですべて背負う必要はなかった。自分は、どこにいると最も力を発揮できるのか。事業には、何が必要なのか。
それを考えた結果が、独立ではなく、シンシアの中でMew contactを続けるという選択だった。
そして今、篠池さんたちは、また次の仕組みに手を入れ始めている。物流である。Mew contactの移籍をきっかけに物流を内製化し、子会社まで作って、改めて物流のあり方を組み立てようとしているという。
11年前、プリクラを利用する女の子たちに「スマホで何を買っている?」と聞いたところから、この事業は始まった。今度は、物流である。事業が続く限り、「今のままでいいのか」という問いも終わらない。
一度作った仕組みを守るのではなく、その時々で必要なものを見極め、また組み直す。Mew contactは、そうやって今も続いている。
今日はこの辺で。







