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巨大再開発なのに、人を囲い込まない──八重洲で見えた「街を継ぐ」という新しい商業のつくり方

東京駅の八重洲口を歩いていると、随分と景色が変わったなと思う。大きなビルが建ち、新しい道ができ、商業施設が生まれる。東京駅前なのだから、街が更新されていくこと自体は不思議ではない。ただ、僕は再開発された街を歩くと、時々、少しだけ寂しさを感じることがある。きれいにはなったし、便利にもなった。でも、ここって、もともとどんな街だったんだっけ。そんな感覚になることがあるからだ。

  ところが、9月10日に開業する「TOFROM YAESU TOWER」を一足早く歩かせてもらって、少し違う印象を受けた。ここでは、新しい街を作ろうとする一方で、やけに「昔そこにあったもの」を気にしている。昔の町名が出てくる。路地が出てくる。神輿が出てくる。

 長く八重洲で商売を続けてきた店も入ってくる。一見すると、最先端の大規模再開発とは逆方向の要素ばかりである。でも、歩いているうちに思った。もしかすると、この施設がやろうとしているのは、昔の八重洲を保存することではない。八重洲という街が持っていた「人と店の関係」を、新しい時代に合わせて作り直すことなのではないか。そう考えると、いろいろなものが一本につながって見えてきた。

68店舗を集めた、その先に何を作るのか

 TOFROM YAESUは、東京駅直結の大規模複合再開発である。その中核となるTOFROM YAESU TOWERには、オフィスや商業施設だけではなく、バスターミナル、医療施設、劇場、カンファレンス施設など、様々な機能が集まる。

 商業ゾーン「TOFROM YAESU Shop & Restaurant」には、飲食店を中心に68店舗が集積する。そのコンセプトは、「個性がつながり、新しさが生まれる」だ

八重洲だから、新しい名前をつける

 その中を歩いていて、僕が少し気になった店があった。「参厘舎(さんりんしゃ)」である。六厘舎や舎鈴などを展開する松富士食品が、この場所に合わせて立ち上げた新しいブランドだ。ありがたいことに、開業前に一足早く、そのつけ麺を食べさせてもらった。

 面白いのは、すでに「六厘舎」という強いブランドを持っているのに、それをそのまま持ってこなかったことだ。しかも東京駅には、すでに六厘舎がある。では、なぜ八重洲にもう一つ店を作り、わざわざ新しい名前をつけたのだろう。

 出てきたつけ麺を見ると、チャーシューやメンマなど具材がたっぷり盛られ、なかなか贅沢である。一方で、店は朝7時から営業し、朝らーめんも用意する。つまり、特別な日にわざわざ食べに行く店というより、八重洲で働く人や東京駅を行き交う人の日常に入りながら、いつもの食事を少しだけ豊かにする。そんなところを狙っているように僕には見えた。

 八重洲に店を出すから、既存のブランドを持ってくるのではない。八重洲にいる人を入り口にして、ブランドの方を作り直す。 そう考えると、これもまた、この施設のあり方とどこか重なる。昔からある店を残す一方で、新しくやってくる店は、この街を見ながら新しい商売を作る。68店舗という数字の中には、そんな新旧の混ざり方もあるのである。

新しい施設なのに、昔の「道」をなぞっている

 地下には、約1,200平方メートルの広場空間「檜物町スクエア」が設けられている。

 「檜物町」。これも、かつてこの地域に存在した町の名前だという。新しい巨大ビルを作っているのに、ネーミングの材料を過去から持ってくる。そこには高さ約7メートルの高木を配置し、ベンチやテーブルを置き、人が立ち止まれる場所を作る。

 1階には、山王祭でこの地域を巡行する「お神輿」も常設展示される。東京建物株式会社 商業事業部の三田村篤史さんの話を聞いて、親近感を覚えた。ここで残そうとしていたのは、昔の名前やモノだけではなかったのだ。

ここは、もともと「道」だった

 三田村さんが、何気なく面白いことを言った。再開発前、この辺りには小さな建物が立ち並び、その路面に店が集積していた。そして、僕らが歩いてきた館内の通路の一部を指して、「実は、ここはもともと道だったんです」と説明したのである。

 腑に落ちた。だから、ここには妙に「外」を意識した作りが多いのだ。三田村さんによれば、もともとこの場所には路面で営業する店が多く、そうした「路面文化」を大切にしたという。そこで、多くの店舗を建物の内側だけに向けるのではなく、外へ向かって開く。広場もまた、一種の「外」と捉える。

 巨大な建物の内部へ人を吸い込んで完結させるのではなく、街との境界をできるだけ薄くしているのである。ここで、僕は三田村さんに聞いた。商業施設というのは普通、一度入ってきた人を、できるだけ館内で回遊させようとするものではないのか。

 すると、三田村さんはむしろ、建物の中と外をあまり意識させず、街全体を回遊してもらうような場所になればいいという趣旨の話をした。

「外に出さない」の逆をやる

 商業施設の論理だけで考えれば、一度来てくれた人には、なるべく長く施設内にいてもらいたいし、施設内の回遊を増やしたい。ところが、ここでは必ずしも、それだけを最適解にしていない。

 外へ出てもいいし、八重洲の街を歩いてもいい。路地へ入ってもいい。別の店へ行ってもいいのだ。三田村さんは、もともと路面で商売をしていた人たちの思いも活かさなければならなかった、と話していた。

 考えてみれば当然である。彼らにとって商売の場所は、一つの建物の中ではなかった。通りがあって、向かいに店があって、その先に別の路地がある。その街全体の人の流れの中で、商売をしてきたのである。

 だから、その店だけを新しいビルの中へ移せば、同じものが残るわけではない。店を残すなら、その店を成立させていた「街との関係」まで考えなければいけない。TOFROM YAESUの設計には、そんな考え方があるのだと思う。

建物ではなく、「関係」を継承する

  街の中で起きていた関係性を、新しい空間の中に再構成しようとしているから、単なる「昔ながらの八重洲の再現」ではない。昔の八重洲がなぜ面白かったのかを一度分解して、そのエッセンスを、新しい建物の中へ持ってきている。再開発によって街が大きく変わることを、どんな気持ちで見てきたのか。

 その答えを考える上で、とても印象に残った人がいた。「割烹 嶋村」の加藤一男さんである。

 割烹 嶋村は、八重洲で長く商売を続けてきた店である。今回、その嶋村の加藤一男さんの話を聞く機会があった。再開発というと、ともすれば、開発する側と、もともとそこにいた人たちという構図で見てしまう。しかし、彼の話を聞いていると、自分たちもまた、この先の八重洲を作る側なのである。

 自分たちが何十年、何百年と積み重ねてきた商売の環境そのものが変わってしまう。それでも、新しくなることそのものを拒むのではなく、これまで積み重ねてきたものを、次の街の中でどう生かしていくかを考える。

 守るために、変わってきた。そう考えた方が近い。

三田村さんと加藤さん、二人の話がつながった

 ここで、先ほどの三田村さんの話ともつながってくる。三田村さんは、かつてこの場所にあった路面文化を、新しい建物の中でも大切にしたかったと話していた。だから、一度建物へ来た人を囲い込むのではなく、街全体を回遊してもらう。

 一方で加藤さんは、その「街」で実際に長く商売をしてきた側である。この二つを並べると、TOFROM YAESUという施設の輪郭が少しはっきりする。

 東京建物だけが、「八重洲らしい街を作ります」と言っているわけではなく、昔からここにいた人だけが、「昔の八重洲を残したい」と言っているわけでもない。

 新しく作る人と、昔からいた人が、それぞれの側から同じ街の続きを考えている。だから、「新しい」と「古い」が対立しない。ここが、この再開発の面白さなのだと思う。

だから、僕はこの施設に親近感が湧いた

 三田村さんに、思わず「親近感が湧きました」と伝えた。それは、単に雰囲気が良かったからではない。大きな資本を使い、東京駅前に巨大な施設を作る。それだけ聞けば、僕の日常とは随分遠い話である。

 でも、その根っこにあったのは案外、人間臭い発想だった。昔ここで商売をしていた人の気持ちをどう残すか。街を歩いていた人の動きをどう受け継ぐか。自分の施設だけが栄えるのではなく、周りの街も含めてどう栄えるか。

 そして、昔からいた人と、新しく来る人が、どう同じ場所で商売をしていくのか。要するに、建物の話をしているようで、ずっと人と人の関係の話をしていたのである。

 僕はそこに惹かれたのだと思う。東京駅前という日本でも屈指の一等地に、大きなビルを建てた。それなのに、人をその中だけに囲い込まない。昔の街を壊して新しい街に置き換えるのでもない。

 古いものを保存ケースに入れて眺めるのでもない。

 外へ出てもいい。路地へ行ってもいい。昔からある店にも行けばいい。そして、新しい店にも出会えばいい。

 その行き来の中で、また街が作られていく。

 再開発とは、街を完成させることではなく、街がもう一度育っていくための土台を作ることなのかもしれない。9月10日、TOFROM YAESU TOWERは開業する。八重洲という街の続きは、そこからまた始まる。

 今日はこの辺で。

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