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楽天市場を「落選」させた男が、30年後のAI時代に見ているもの

「月額5万円では、絶対にダメだろう」。今や日本を代表するECモールとなった楽天市場は、かつてそんな理由で「落選」したことがあるという。話してくれたのは、インターネット通販がまだ黎明期だった1990年代からECの世界を見てきた菊原政信氏である。当時、菊原氏らが関わっていた「日本オンラインショッピング大賞」に楽天がエントリーしてきた。しかし、出店に数十万円かかることも珍しくなかった時代に、楽天が提示したのは月額5万円というモデルだった。その安さゆえに、審査する側はむしろ事業としての可能性を低く見てしまったという。

 結果は、その後の歴史が示している。

 ただ、ここで「楽天の価値を見抜けなかった」という昔話をしたいわけではない。むしろ面白いのは、未来が見えない時代の空気である。

 Yahoo!JAPAN、Excite、AltaVistaなどの検索エンジンが乱立し、誰もGoogleに収束する未来を知らなかった。ネットショップも、今ほど当たり前になるとは思われていなかった。それでも、その混沌の中から次の時代を作るものが生まれていった。

 それは、ChatGPTやClaudeをはじめ、さまざまなAIが登場している今と驚くほど似ている。

 過去を振り返る意味は、答え合わせをすることではない。当時、何が変わり、何が変わらなかったのか。その構造を取り出して今に重ねれば、まだ見えていない「次の一手」を考える材料になる。

1.誰も正解を知らなかった――1996年と、今のAI時代

「インターネットにつながる」だけで熱狂した時代

 1996年前後のインターネットを、今の感覚から想像するのは難しい。

 菊原政信氏が海外との商売を始めた頃、やり取りに使っていたのはテレックスだった。国際回線を使った電報のようなもので、手紙とともに海外との取引を支えていた。当然、取引の中心はBtoBであり、個人が海外の誰かと直接ものを売り買いするような世界ではない。

 それが1995年、Windows 95の登場あたりから空気が変わり始める。「インターネットにつながる」というだけで大きな出来事だった。菊原氏によれば、パソコンを持っていない人までWindows 95のパッケージを買ってしまうほどの熱気だったという。

 ただ、その先に何があるのかは、誰にも分からなかった。

 プロバイダーはまだ少なく、ホームページを「電子チラシ」と呼ぶことさえあった。ネットショップを作るにはHTMLを自分で書く。文字を赤くすることすらコードで指定する時代である。今では当たり前のECも、当時は「これで本当に商売になるのか」という実験に近かった。

検索エンジン戦国時代は、今のAIとよく似ている

 検索も同じだった。

 Yahoo!JAPAN、Excite、Infoseek、AltaVistaなどが並び、「これからはYahoo!だ」「いや、Exciteだ」と言われていた。現在のGoogleのような絶対的な存在はまだない。

 しかもYahoo!JAPANは、現在の検索とは仕組みそのものが違った。人間がWebサイトを一つひとつカテゴリーに登録する「ディレクトリ型」である。サイトを作った側も、見つけてもらうために登録を申請する。インターネットという最先端の世界の入口を、人の手で整理していたのである。

 やがてサイトが増え、人力では追いつかなくなる。AltaVistaなどのロボット型検索が現れ、その先にGoogleが登場する。人が棚を作る世界から、アルゴリズムが情報を探し出す世界へ変わっていった。

 この光景は、ChatGPTやClaudeをはじめ、さまざまな生成AIが競い合う今と驚くほど似ている。

 我々はつい「結局どのAIが勝つのか」を知りたくなる。しかし1996年に立って考えてみれば、その問い自体が少し違って見える。当時、本当に重要だったのは、Yahoo!とAltaVistaのどちらが勝つかではなかった。その競争の裏側で、人が情報へたどり着く方法そのものが変わっていたことである。

 ならばAIも同じではないか。

 どのAIが残るかではなく、AIが間に入ることで、人はこれまでできなかった何ができるようになるのか。

 過去を振り返る面白さは、ここにある。結果を知っている今から勝者を当てるのではない。当時起きていた変化の本質を取り出して現在に置き直すと、30年前の出来事が、そのまま未来を考える材料になるのである。

2.「5万円じゃ絶対ダメだろう」――楽天市場を落選させた理由

「石の上にも三年」から始まったEC研究会

 そんな正解のない時代に、菊原氏らは「EC研究会」を立ち上げた。

 きっかけは、業界紙を発行していた会社からの「一緒にやろう」という呼びかけだった。「これからはインターネットだ」と人が集まったものの、ネット通販が本当に商売になるかは誰にも分からない。そこで掲げたのが、「石の上にも三年だから、3年頑張ろう」という、いわば“ECの3年”だった。

 翌年、その研究会の目玉企画として始まったのが「日本オンラインショッピング大賞」である。

 当時はネットショップそのものが珍しい。今でいう自社ECを手探りで始めた企業が中心で、皆が初心者だった。そんな中、約2000件のエントリーに混じって、立ち上がったばかりの楽天市場も応募してきたという。

 当時、インターネット上の「モール」といえば、銀行系や大手企業などが手掛けるものだった。そこへ店を出そうとすれば、数十万円、場合によっては50万円ほどかかる。

 楽天が提示したのは、月額5万円だった。

 今から見れば、そこに楽天の革新性があったように思える。ところが、当時その企画を見る側にいた菊原氏たちの反応は逆だった。

 「いや、5万円じゃ絶対ダメだろう」。

 そして楽天市場を落選させた。

 菊原氏は今、「見る目がなかったんですね」と笑う。実際、その楽天市場は後に日本を代表するECモールへ成長したのだから、結果だけを見れば完全な見誤りである。

 だが、この話の面白さは「楽天の成功を見抜けなかった」という失敗談だけではない。むしろ、なぜ5万円を評価できなかったのかを考えると、今にも通じるものが見えてくる。

 当時の基準は、すでに存在しているモールだった。50万円ほどかけて出店するものが、5万円で本当に成り立つのか。それまでの常識を物差しにすれば、「安すぎる」という評価になる。

5万円の本当の意味は、安さではなかった

 ところが楽天が変えようとしていたのは、単なる価格ではなかった。

 当時、自分でネットショップを作るにはHTMLを書き、画像を配置し、検索エンジンに登録しなければならない。普通の商売をしながら、それを自力でやるのは簡単ではない。

 そこへ「専門知識がなくても店を出せます」と楽天は現れた。

 つまり、50万円を5万円にしたこと以上に重要だったのは、それまでインターネット上で商売することが難しかった人まで、参加できるようにしたことではないか。新しいものを既存の物差しで評価すると、「安すぎる」「簡単すぎる」「そんなものは本物ではない」と見えてしまうことがある。しかし、その“簡単さ”によって、これまで入れなかった人が一気に入ってくると、市場そのものが変わる。

 そう考えると、これは楽天市場だけの昔話ではない。

 生成AIによって文章を書くこと、画像を作ること、翻訳すること、プログラムを書くことのハードルが急速に下がっている今、我々もまた「5万円じゃ絶対ダメだろう」と言った側と同じ場所に立っている可能性がある。

 問うべきなのは、既存のものと比べて優れているかだけではない。その新しい仕組みは、これまで参加できなかった誰を、参加できるようにするのか。

 30年前の楽天市場を現在に置き換えるなら、そこを見る必要がある。

3.ECが開いたのは「店」ではなく、商売への入口だった

店にたどり着けても、誰もが店を出せたわけではない

では、楽天市場が下げた「参加するためのハードル」は、その後、何を変えたのか。

当時のネット通販を考える時、買う側から見ると分かりやすい。例えば、渋谷にある店で買い物をするには、まず渋谷という場所へ行かなければならない。インターネットでは、検索エンジンがその役割を担った。検索によって店にたどり着き、その先に商品を買える場所があれば、家にいながら買い物ができる。

ただ、店を出す側から見れば、それほど簡単な話ではなかった。

HTMLを書いてページを作り、画像を配置する。さらに、作っただけでは誰にも見つけてもらえないから、Yahoo!などのディレクトリに登録を申請する。今のように、商品画像と説明文を登録すればすぐに販売を始められる世界ではない。

楽天市場が持ち込んだのは、そこへの別の入口だった。

専門的な知識がなくても店を出せる。しかも、いくつもの店が一つの場所に集まる。構造としては百貨店に近い。商売をする人は、Webサイトを作る専門家になる必要がなく、本来やるべき商品の仕入れや接客に力を注げるようになる。

ここまで考えると、ECが起こした変化は「インターネットで商品を買えるようになった」ことだけではないと分かる。

番組の後半、AIとの対話の中で出てきたのが、「これまで企業しかできなかったことを、個人にもできるようにした」という言葉だった。

菊原氏が貿易を始めた時代、海外との商売はほぼBtoBだった。企業と企業がテレックスや手紙でやり取りする。世界を相手に商売するには、それなりの組織や設備、知識が必要だった。

ところがインターネットが距離を縮め、ECが商売への入口を広げた。さらにモールという仕組みが、店を作る技術まで肩代わりした。

結果として、企業の中に閉じていたものが、徐々に小さな事業者や個人へ開かれていったのである。

「できない側」が「できる側」に回ると、市場が変わる

ここには一つ、時代が変わる時の共通点があるように思う。

新しい技術が登場したから市場が変わるのではない。その技術によって、それまでできなかった人が、できる側に回った時に市場が変わるのである。

そう考えれば、楽天市場の「5万円」の意味も違って見えてくる。

安く店を出せたことが革命だったのではない。その価格と仕組みによって、これまでネット上で商売することを考えもしなかった人まで、「自分にもできるかもしれない」と思えるようになった。

これは、今のAIにもそのまま重なる。

文章を書く。絵を描く。動画を作る。翻訳する。プログラムを書く。専門家でなければ難しかった領域に、普通の人が入り始めている。

だとすれば、AI時代に見るべきなのも、AIそのものの性能だけではない。

昨日まで「できない側」にいた誰が、今日から「できる側」に回り始めたのか。

そこに、新しい市場の入口があるのではないだろうか。

4.AIは誰に、何を開くのか――「いつものあれ」で通じる未来

技術に人が合わせるのではなく、AIが人に歩み寄る

 では、AIによって次に「できる側」へ回るのは誰なのか。菊原氏との話の中で、意外に重要だと思ったのが「おじさんにも優しいAI」という言葉だった。

 菊原氏は大学でも教えている。そこで接するZ世代は、スマートフォン一つでさまざまなことを済ませる。IllustratorやPhotoshopといった専門的なソフトを使わなくても、スマホの中で必要なものを作ってしまう。

 一方で、新しい技術についていくこと自体を負担に感じる人もいる。そこで菊原氏が口にしたのが、「いつものあれ頼むよ」で通じるAIである。

 商品の正式名称を覚えていなくてもいい。複雑な操作方法を知らなくてもいい。「いつものあれ」と話しかければ、AIが過去のやり取りを理解し、「これですね」と注文まで手伝ってくれる。

 一見すると何気ないアイデアだが、これは楽天市場がやったことと、どこか似ている。

 かつてはHTMLを書ける人しかネット上に店を作れなかった。それを「そんなことを知らなくても店を出せる」ようにした。今度は、プロンプトの書き方やアプリの操作方法を知らなくても、「普通に話せば使える」ところまでAIが降りてくる。

 技術に人間が合わせるのではなく、技術の側が人間に合わせるのである。少子高齢化が進めば、この意味はさらに大きくなる。最先端の機能を増やすこと以上に、物忘れをしても、操作を覚えられなくても、自然な言葉で使えることが価値になるかもしれない。

世界が近づいた先の「隣の誰か」は誰なのか

 そして、AIが下げるもう一つのハードルが「距離」である。インターネットによって世界は近くなった。SNSを開けば、地球の裏側に自分と同じ趣味を持つ人がいることも分かる。さらにAIが間に入れば、言葉が分からなくても会話でき、その国の文化や習慣について知ることもできる。

 菊原氏が貿易を始めた頃、海外との取引は企業のものだった。それがECによって個人へ開かれ、AIによって言語や知識の壁まで低くなろうとしている。

 ただし、世界とつながれることと、そこに商売が生まれることは同じではない。

 「海外に売れるかもしれない」「AIなら世界を相手にできるかもしれない」。それだけなら可能性の話で終わる。

 番組の中でたどり着いたのは、その先にある問いだった。では、国境の向こうにいる「隣の誰か」とは、一体誰なのか。どの国の、どんな人なのか。その人は何に困り、何を面白いと思い、日本にある何に価値を感じるのか。相手が具体的になって、初めて商品やサービスを考えることができる。

 30年前、インターネットが世界との距離を縮めた。そしてECが、そこへ商売する人を増やした。今、AIはさらに言葉や知識、技術の壁を取り払おうとしている。

 だとすれば次の一手は、AIの新機能を追い続けることだけではない。その力によって、今まで出会えなかった誰と出会えるようになるのかを探すことなのかもしれない。

5.過去を見るのは、未来の「次の一手」を見つけるためである

その時代の真ん中にいる人には、未来は見えない

 1996年の人たちは、今のECを知らなかった。

 検索エンジンがGoogleへ収束することも、楽天市場が巨大なモールになることも、スマートフォンから当たり前のように商品を買う未来も見えていなかった。

 分からないまま、試していたのである。

 それは今の我々も同じだ。生成AIがこの先どこへ向かうのか、どのサービスが残るのか、仕事や買い物がどう変わるのか。数年後から振り返れば明快に説明できるのかもしれないが、その途中にいる今は、まだ答えがない。

過去から「答え」ではなく「問い」を持ち帰る

 だからこそ、過去を見る意味がある。ただし、「昔はこうだった」と懐かしむためではない。

 検索エンジンが乱立した時代からは、サービスの名前ではなく、人が情報へたどり着く方法が変わったことを見る。楽天の5万円からは、安さではなく、それまで参加できなかった人を市場へ入れたことを見る。ECの普及からは、企業だけのものだった世界との商売が個人へ開かれていったことを見る。

 そうやって固有名詞や年代を一度外してみると、過去に起きた変化の構造が、今にも重なってくる。

 そして、そこから次の問いが生まれる。AIは、今度は誰に何を開くのか。世界がさらに隣になった時、その「隣にいる誰か」は誰なのか。

 未来を正確に当てる必要はない。

 過去の中に残っている変化の兆しを拾い、それを現在に置き換えてみる。その先に、小さくても一つ行動を起こしてみる。過去と未来は、案外そうやってつながっている。

 過去を知ることは、後ろを見ることではない。そこにあった分岐点をもう一度見つけ、今度は自分たちの「次の一手」に変えることである。

 



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