「AIに相談する」で終わらせない──年間500万人が素通りする街と、24年目のメディアが同じ答えにたどり着いた理由
毎週木曜、僕は北海道・北広島とスタジオをつないで、エーデルワイスファームの野崎創さんとラジオで話している。その日、話は野崎さんの「街の悩み」から始まった。ところが、聞いているうちに気づいた。それは、僕がその前の週に取材していた24年目のメディア「おとりよせネット」の全面リニューアルと、まったく同じ構造をしていたのである。
年間500万人が来ても、街には一円も落ちない
①「待っていれば誰かが設計してくれる」という前提が崩れた
北広島には、エスコンフィールド北海道がある。開業から3年。野崎さんによれば、市の年間来訪者数は北海道で4位、500万人を超えた。小樽に次ぐ規模である。普通に考えれば、街は潤う。しかし現実は違った。球場は北広島のための施設ではなく、北海道全体を背負って立っている。だから土産物も「北海道の商材」になる。人は大量に来るのに、街の内側には導線がない。
観光ガイドもパンフレットも、街にはない。観光協会は十分に機能していない。野崎さんは3年以上、いや、球場ができる前から、そのことを考え続けてきたという。
いつか自治体や観光協会が動くだろう。そう期待している間に、来訪者だけが増えていった。
②「もったいない」は、誰かの怠慢ではなく設計の不在である
僕はこの話を聞きながら、これは北広島だけの話ではないと思った。人は来ている。素材もある。それでも成果にならない。その理由はたいてい「努力が足りない」ことではなく、人が次に何をすればいいのかが設計されていないことにある。
入口はある。だが、その先の道がない。だから素通りされる。
AIに相談して返ってきたのは、答えではなく「役割」だった
①一番強い発信者は、すでに自分たちだった
週末、野崎さんは何気なくAIに相談した。長年抱え込んでいた課題を、そのまま投げてみたのだという。
返ってきたのは、行政への提言でも、観光戦略の教科書的な回答でもなかった。「情報発信なら、あなたがやればいい」──要約すれば、そういう話だった。
言われてみれば当然だった。北広島でインターネットの発信力を持っているのは、圧倒的に彼の会社だった。自社サイトだけで月間30万PVを超えている。ならば、通販サイトと分断されていた地域情報を、そこに集約してしまえばいい。
自治体を待つのではなく、一番飛ばせる者が飛ばす。AIがしたのは、課題を解くことではなく、すでにある資産の役割を可視化することだった。
②丸投げは、同じ失敗をもう一度繰り返す
もっとも、野崎さんはこうも言っていた。観光協会もサイトを拡張する予定はある。しかし、そこが外部への丸投げになりそうな気配がある、と。
これは、まったく同じ現象をメディアの世界でも見た。おとりよせネットは2018年、外部の専門家を交えて約1年をかけたリニューアルを、完成させることなく断念している。やりたいことが次々に増え、仕様が膨らみ、完成する頃には時代が変わってしまう──そういう袋小路だった。
外に預ければ、自分たちの輪郭は誰も決めてくれない。輪郭が決まらないものは、AIにも、人にも、作れない。
構造化は、AIの中では終わらない
①その後の「人間のアクション」まで含めて構造化である
この日、僕がいちばん唸ったのは、野崎さんのこの一言だった。
「構造化って、AIの中での構造化じゃないんですね。その後の人間のアクションまで構造化を考えると、面白い」
AIに読み取られるためにデータを整える。それは正しい。だが、そこで満足すると、かつて検索順位を追いかけていた時代と何も変わらない。
整えた情報が、人の目に触れ、行きたくなり、買いたくなり、実際に足が動く。その最後の一歩までを含めて初めて、構造化は成立する。AIに届く構造と、人が動く導線は、別々に作るものではない。
②エビデンスのない発信は、AIにも信用されない
野崎さんは、この2〜3ヶ月ずっと検証を続けてきたという。自社の沿革や、これまでかけてきた労力を、エビデンスを添えて公開する。ベーコンに関する世界中の情報を集め、食べ方から科学的な背景まで噛み砕いて一箇所に集約した「ベーコン事典」をつくる。
すると、AIがまずそこを見に来るようになった。結果としてサイト全体の評価が上がる。一時的に順位が下がったときも、翌日に速報を出せば、週明けには「美味しいベーコン」でも「お取り寄せ」でも、確実に表示されるようになったという。
しかも、AIは「それを最初にやったのは誰か」まで、ある程度判定しているらしい。だとすれば結論は単純だ。一次情報は、早く、誠実に、続けて出した者が強い。
AIO対策を始めて約1年。エーデルワイスファームのアクセスは前年比1.4倍弱、売上は1.2〜1.25倍になっている。派手な魔法は一つも使っていない。
原点を持つ企業だけが、AIを速く走らせる
①24年目のメディアが、半年で作り替えられた理由
同じ構造は、おとりよせネットのリニューアルにもあった。
2003年に始まり、Perlのまま増改築を重ねてきたレガシーなシステム。2018年に約1年かけて断念したそのリニューアルが、今回は生成AIによって約半年で完了した。
速かった理由は、AIが優秀だったからではない。最初に行われたのが「どう作るか」ではなく、「おとりよせネットとは、そもそも何だったのか」を問い直す作業だったからである。
AIは汎用的だ。曖昧に投げれば、どこかで見たような答えしか返ってこない。だから、自分たちが守ってきたものを言語化することが、そのままAIへの縛りになる。おとりよせネットの場合、それは「実際に食べた人の生の声」だった。表現がわかりづらくても、ショップに耳が痛くても、誹謗中傷でない限り原文に手を入れない。この姿勢を23年間、一度も変えていない。全国から約6,000品。その一つ一つに、食べた人の感情が積み上がっている。
企業の原点こそが、AIにとっての設計図だった。
②AIは90%を一瞬で作る。だから人間は残り10%に時間を使える
リニューアルを担当した副社長の長谷川浩司さんは、笑いながらこう言っていたという。「作業の半分くらいは『違う、違う』と言っていた」と。
バイブコーディングという言葉は、AIに任せる技術だと誤解されやすい。だが実際は逆である。人間が主導権を握り続けながら、AIの発想力と速度だけを借りる技術だ。
そして長谷川さんが繰り返し語っていたのが、90%と10%の話だった。AIは全体の90%を圧倒的な速さで作る。しかし100%にするための最後の10%には、90%と同じだけの時間がかかる。セキュリティも、資産の引き継ぎも、使いやすさの検証も、すべてこの10%の中にある。
AIが怖いと言う人は、90%が一瞬でできてしまうことの恐ろしさで語っている。だが順序が逆だ。90%が速いからこそ、危ういところに丁寧な時間をかけられるのである。
入口はAIでいい。だが、寄り道を作れるのは人間だけだ
リニューアル後、おとりよせネットはユーザー一人あたりの回遊率が約25%向上した。
この数字の意味を、粟飯原理咲さんはこう説明してくれた。チーズケーキを買いに来た人が、見ているうちに「このチョコレートも美味しそう」「このプリンも気になる」となる。AIにチーズケーキを尋ねれば、返ってくるのはチーズケーキだけだ。だが人間の買い物は、そんなに合理的ではない。
AIに理解されるサイトを目指したはずが、結果として、人にとって心地よいサイトになった。おそらくこれは偶然ではない。伝わる構造を持つものは、機械にも人にも伝わる。
そして、この「寄り道」こそが、北広島に足りていなかったものでもある。球場に来た人が、街を歩きたくなる。その寄り道を設計できるのは、行政でも球場でもなく、そこに一次情報を持っている事業者だ。
AIが返してくれるのは、答えではなく時間である
野崎さんは、社内でAIを共有するようになってから、社員が「社長ならこう考えるだろう」をAIに尋ねるようになったと話す。上司の思想が先に共有されるので、会話が始まる時点で前提が揃っている。齟齬が消え、停滞が消え、怒ることもほとんどなくなったという。
これは効率化の話に見えて、実は関係性の話である。
同じことを、僕は粟飯原さんにも感じた。久しぶりに会った彼女には、明らかに以前より余裕があった。おそらく、リニューアルという巨大な業務から解放された時間で、人間らしい生活を取り戻している。
棚上げにしてきたことが、次々と片づいていく。空いた時間で、次に何をするかを考えられるようになる。AIが本当に返してくれるのは、答えではなく時間なのだ。
検索の時代は、上から順に見られる世界だった。だからみんな、上位を取り合った。AIの時代は違う。開いている門に、直接入ってくる。上か下かではなく、自分がその開くべき門なのかどうかが問われている。
年間500万人が素通りする街も、24年分のレビューを積み上げたメディアも、答えは同じところにあった。誰かが設計してくれるのを待つのをやめて、自分たちが何者かを言語化し、門を開けておく。
AIをただの相談相手にしておくのは、あまりにもったいない。今起きているのは、そういう次元の変化ではないのだから。
今日はこの辺で。
本記事は、77.6FM「FMドラマシティ」『connect』(2026年7月23日オンエア/司会:エーデルワイスファーム 野崎創)でのトークをもとに構成しています。