週刊少年ジャンプは、なぜ世界で勝ち続けるのか。 ――「天才」を探すのではなく、「天才が育つ仕組み」をつくってきた
『ONE PIECE』『鬼滅の刃』『呪術廻戦』──。日本発の漫画は、いまや世界中で読まれ、アニメや映画、ゲームへと広がり、一つの文化を形づくっている。では、日本の漫画はなぜここまで強いのか。才能あふれる漫画家が多いから。もちろん、それも理由の一つだろう。しかし、才能だけで説明してしまうには、日本の漫画はあまりにも継続的にヒット作を生み続けている。
その理由を知るヒントが、コンテンツ東京で行われたセミナーにあった。登壇したのは、集英社 第3編集部 部次長 兼 ワンピースメディア担当の中野博之氏。週刊少年ジャンプの編集者として、漫画制作だけでなくメディア展開にも携わってきた人物である。講演では、漫画家がデビューするまでの道のりや、アンケート制度、編集者の役割、そして海外展開まで、多岐にわたる話が語られた。
一見すると、それぞれ独立したテーマのようにも見える。しかし、話全体を通して見えてきたのは、一つの思想だった。ジャンプは、天才を見つけているのではない。天才が育つ「仕組み」を磨き続けてきたのである。
新人に挑戦の場を与え、編集者が伴走し、読者が作品を育てる。その循環があるからこそ、日本の漫画は半世紀以上にわたり、世界へ作品を送り出し続けてきた。本稿では、その仕組みを五つの視点から読み解いていきたい。
創刊時の逆境が、「新人主義」という文化を生んだ
週刊少年ジャンプの創刊号には、「全部読み切り」という言葉が大きく掲げられていたという。当時すでに、少年マガジンや少年サンデーは漫画雑誌として確固たる地位を築いていた。新しく創刊したジャンプは、有名漫画家を簡単には集められない。だから、結果として新人作家を中心に雑誌を作るしかなかった。
一見すると、それは弱みである。だが、中野氏の話を聞いていて興味深かったのは、ジャンプがその逆境を「仕方ないこと」として終わらせなかったことだ。新人が中心だからこそ、新人を育てる文化を作る。
その思想が、その後のジャンプを支える「新人主義」になっていく。漫画家を育てる仕組みは、その後何十年も磨かれ続けることになる。漫画賞を設け、持ち込みを受け付け、編集者が担当につき、読み切り掲載の機会を作る。それらはすべて、新しい才能が挑戦できる環境を絶やさないための仕組みだった。
つまり、ジャンプは「有名漫画家がいる雑誌」を目指したのではない。有名漫画家が生まれ続ける雑誌を目指したのである。この違いは大きい。かくして、創刊時の逆境は、日本を代表する漫画雑誌の「文化」へと変わったのである。
漫画家を育てるのではない。挑戦を続けられる環境を育てている
中野氏は、漫画家がデビューするまでの道のりについても詳しく語った。45ページほどの読み切り作品を完成させ、漫画賞へ応募する。あるいは編集部へ直接持ち込む。賞を取ればデビューに近づくし、最終候補でも編集者が担当につくことがある。賞に届かなくても、「光るものがある」と編集者が感じれば、一緒に次回作を作ることもあるという。
この話を聞いていて、印象的だったのは、中野氏が「完成させること」そのものを高く評価していたことだ。漫画家になりたい人は数多くいる。しかし、一作品を最後まで描き切れる人は決して多くない。プロでも一ページ仕上げるのに何時間もかかる世界である。
だからこそ、完成原稿を持って編集部へ来た時点で、その人にはすでに才能がある、と中野氏は語っていた。この考え方は、とても示唆的だった。一般的には、「才能があるから続けられる」と考えがちである。
しかし、ジャンプの仕組みは逆だ。描き続ける人に、次のチャンスを与える。漫画賞も、持ち込みも、担当編集制度も、研究費制度も、その考え方の延長線上にある。講演では、有望な若手漫画家に対して年間300万円を支給する研究費制度も紹介された。
アルバイトをする時間があるなら、その分、漫画を描いてほしい。そんな発想から生まれた制度だという。これは単なる支援制度ではない。挑戦を続けられる環境そのものへ投資しているのである。
才能とは、一度輝くことではない。挑戦を積み重ねられること。ジャンプが育てているのは、漫画家ではなく、「挑戦が続く環境」なのだと感じた。
アンケートは、人気を測る仕組みではない。読者が作品を育てる仕組みだ
週刊少年ジャンプといえば、アンケート至上主義という言葉を思い浮かべる人も多いだろう。講演では、実際に編集部で使われていたアンケート速報も紹介された。雑誌発売からわずか数日で届いた読者アンケートを手作業で集計し、作品ごとの順位を出していく。最初は数百枚、その後は数千枚へと集計を広げ、年齢や性別ごとの傾向まで分析するという。
その順位に、漫画家も編集者も一喜一憂する。人気が取れれば次へ進める。反対に、人気が振るわない状態が続けば、作品は予定していた構想を描き切れないまま終了することもある。外から見れば、とても厳しい世界だ。
しかし、この話を聞いていて思ったのは、ジャンプのアンケート制度は「人気を測る仕組み」というよりも、読者が作品を育てる仕組みなのではないか、ということだった。編集者は作品を信じている。漫画家も、自分の作品に人生を懸けている。それでも最後は、「面白い」と感じた読者が決める。
これは、編集部が責任を放棄しているという意味ではない。むしろ逆だ。編集者が作品を育て、漫画家が描き続ける。そして最後の判断だけは市場に委ねる。その緊張感があるから、作品は読者とともに成長していく。企業でも、会議室の中だけで評価され続ける商品は、いつしか市場とのズレが生まれることがある。
ジャンプは、そのズレを毎週、読者によって修正している。だからこそ、半世紀以上にわたって新しいヒット作が生まれ続けるのだろう。
メディア化で編集者の仕事は、「作る」から「守る」へ変わった
講演の前半では、近年の編集者の仕事についても語られた。漫画を作るだけではない。アニメ化、映画化、舞台化、グッズ制作、ゲーム、イベント――。人気作品になればなるほど、作品は漫画という枠を飛び越えて広がっていく。
その中で、中野氏が紹介したのが、ジャンプ編集部に新設された「メディアプロデュース室」だった。一見すると、担当編集者がもう一人増えたようにも見える。
しかし、その役割は少し違う。アニメの脚本やグッズの監修、各種契約などを進める一方で、作品の本質が変わらないように見守ることが仕事なのである。原作者がどんな想いでキャラクターを描いてきたのか。どこだけは譲れないのか。それを最も理解しているのは、長年寄り添ってきた担当編集者だ。
とはいえ、一人で漫画制作とメディア展開のすべてを抱えることは難しい。だからこそ、メディア担当が支え、その間に若い編集者は新人漫画家の育成へ戻ることができる。ここでも感じたのは、「仕組み」の思想だった。
一人の編集者が頑張る組織ではなく、役割を分担することで作品も人も育てる組織。漫画を作るだけでは、作品は世界へ広がらない。一方で、広げることだけを優先すれば、作品らしさは失われてしまう。
その両立を支えているのが、編集者という存在なのだ。
世界へ広がる漫画。その根底にあるのは、一人の読者だった
講演の最後、中野氏は海外展開についても語った。ジャンプ作品は今や多言語で同時配信され、世界中で読まれている。海外向けの公式サービスを通じ、以前よりもはるかに速いスピードで作品が届くようになった。
アニメの存在も大きい。日本で人気を集めた作品が、映像を通じて世界へ広がり、そこから単行本やグッズへとつながっていく。市場は確実に広がっている。
しかし、中野氏は一方で、「まだ世界では漫画は日本ほど当たり前の存在ではない」とも語っていた。つまり、可能性はまだ残されているということだ。その話を聞いていて印象に残ったのは、中野氏が世界市場を語りながらも、「世界向けに漫画を描いているわけではない」と話していたことだった。
まず、日本の読者に面白いと思ってもらう。その積み重ねが、結果として世界へ届いていく。これは、とてもジャンプらしい考え方だと思う。世界を狙って作品を作るのではない。
目の前の一人の読者を楽しませることを積み重ねた結果、世界が振り向く。その順番を間違えないこと。それこそが、日本の漫画が長く愛されてきた理由なのではないだろうか。
世界で勝っているのは、才能ではなく「文化」である
講演を通して改めて感じたのは、日本の漫画は「才能」によって支えられているのではなく、「文化」によって支えられているということだった。新人に挑戦の機会を与える。編集者が伴走する。読者が作品を育てる。
人気作品はメディア担当が支え、若い編集者はまた次の新人へ向かう。その循環が途切れないように、組織そのものが設計されている。もちろん、その先には優れた漫画家の存在がある。
しかし、その才能を「奇跡」として終わらせず、次の才能へつないでいく仕組みがあるからこそ、日本の漫画は半世紀以上にわたって世界を魅了し続けているのだ。世界で勝っているのは、一人の天才ではない。天才が育ち続ける文化そのものなのである。
今日はこの辺で。