IPは、一社では育たない。 ――ワンピースとたまごっちが教えてくれた、「ワンチーム」で世界へ届ける仕事
漫画がヒットする。アニメになる。ゲームやフィギュア、カード、イベントへと広がっていく。私たちは、その完成した姿を見る機会は多い。しかし、その裏側で、どれだけ多くの人たちが同じ作品を育てているのかを知る機会は意外と少ない。コンテンツ東京で行われたセミナーでは、株式会社バンダイ 常務取締役 チーフたまごっちオフィサーの辻太郎氏が、ライセンシーの立場から、その舞台裏を語った。
講演では、ワンピースのフィギュアやカードゲームを中心に、商品開発や海外展開の実例が紹介された。そして最後には、2026年に30周年を迎えるたまごっちについても触れられた。一見すると、それぞれ別々の成功事例に見える。
しかし、話全体を通して見えてきたのは、一つの思想だった。IPは、一社だけでは育たない。原作者が世界を生み出し、出版社が作品を届け、メーカーが商品という体験へ変え、小売がファンとつなぎ、海外のパートナーが地域へ根づかせる。
それぞれが「自分たちの仕事」をしているだけでは、世界的なIPにはならない。作品への愛情を共有し、同じ方向を向くこと。その”ワンチーム”の思想こそが、日本のコンテンツが世界へ広がる理由なのだと感じた。
商品を作る仕事ではない。「作品の価値」を届ける仕事だ
講演の冒頭、辻氏はコンテンツビジネスのサプライチェーンを図で示した。原作が生まれ、アニメになり、ライセンスを受けたメーカーが商品を企画し、小売を通じて消費者へ届く。ごく一般的な流れである。
しかし、辻氏が強調していたのは、「流れ作業では成功しない」ということだった。前の会社から仕事を受け取り、自分たちの役割だけを果たし、次へ渡す。もし全員がその発想で動いていたら、商品はできても、作品の価値は大きく育たない。
だからこそ必要なのが、「ワンチーム」という考え方である。原作者も、出版社も、メーカーも、小売も、同じ作品を愛し、「もっと多くの人に、この作品の魅力を届けたい」という目標を共有する。
その積み重ねが、IPの価値を何倍にも広げていく。ライセンシーの仕事とは、商品を作ることではない。作品の価値を、別の体験へ翻訳することなのである。漫画では伝えきれない魅力をフィギュアで表現する。
カードゲームで作品世界を遊びに変える。イベントでファン同士が熱狂する場を作る。
それぞれが別々の仕事ではなく、一つの作品を違う形で届ける仕事なのだ。だからこそ、ライセンシーは原作者や出版社と同じ方向を向かなければならない。コンテンツビジネスとは、分業ではなく共創なのだということを、この冒頭だけでも強く感じさせられた。
「売れる商品」ではなく、「想像を超える商品」を目指した
講演では、ワンピースのフィギュア開発についても紹介された。当時、ゲームセンター向け景品といえば、人気キャラクターを立体化することが中心だった。しかし、担当者はそこで立ち止まる。
「原作やアニメを超える商品とは何か。」
その問いから始まったという。ルフィは海賊である。ならば、現実の海賊ならどんな肌をしているのか。服はどんな質感なのか。筋肉はどう見えるのか。靴の裏まで造形し、泥の塗装まで施す。
単にキャラクターを再現するのではなく、「もし本当に存在したら」という想像まで形にした。その結果、生まれたルフィのフィギュアは、それまでの景品を大きく上回る人気となる。さらに翌年発売されたエースのフィギュアでは、アニメの展開と発売日を合わせるという工夫も重なり、ゲームセンターに行列ができるほどの社会現象となった。
興味深かったのは、辻氏が「その商品自体は、それほど利益が出たわけではない」と率直に語っていたことだ。細部までこだわれば、当然コストも上がる。効率だけを考えれば、省ける工程はいくらでもある。
それでも、「想像を超えるものを作る」という判断をした。その結果、一つの商品だけではなく、シリーズ全体の価値が上がり、市場そのものが活性化していったという。ここには、短期的な利益よりも、長く愛されるブランドを育てる発想がある。
これは玩具に限った話ではないだろう。企業は、ともすると「売れるもの」を目指しがちだ。しかし、人の記憶に残るのは、「期待どおりの商品」ではない。期待を超えた体験である。その体験を積み重ねた先に、ブランドが育ち、IPが育っていく。
ワンピースのフィギュア開発は、そのことを教えてくれる象徴的な事例だった。
カードゲームは、商品ではなく「遊ぶ文化」をつくっていた
講演でもう一つ印象的だったのが、ワンピースカードゲームの話だった。いまや世界中で人気を集めるカードゲームだが、実は今回が初めての成功ではないという。過去にも三度商品化されている。しかし、いずれも長くは続かなかった。
その失敗を振り返り、辻氏は二つの課題があったと紹介した。一つは、ワンピースという人気作品に頼りすぎてしまい、「ゲーム」としての面白さが足りなかったこと。もう一つは、プレイヤーを育てる仕組みが十分ではなかったことだった。
だから四度目の挑戦では、考え方そのものを変えた。目指したのは、「ワンピースのカード」ではない。何十年も遊び続けられるカードゲームだった。
ゲームシステムそのものを磨き続け、原作者・尾田栄一郎氏へ説明に行った際には、「受け入れられなければ恥をかくのは僕ですよ」という言葉も受けたという。その重みを受け止めながら完成させたゲームは、映画『FILM RED』公開という最高のタイミングに合わせて発売され、大きな成功を収める。
しかし、本当の勝負はそこからだった。テレビCMを流して終わりではない。各地域の販売パートナーを探し、小売店と協力して大会や体験会を開き、プレイヤーを増やしていく。カードを「集めるもの」ではなく、「遊ぶもの」として根付かせるために、地道な活動を積み重ねたのである。
講演を聞きながら感じたのは、彼らが作っていたのはカードではなく、「文化」だったということだ。商品は、一度売れれば終わる。
しかし、文化は、人から人へ受け継がれていく。だから世界大会が開かれ、公式ショップが増え、競技人口が広がっていく。IPを育てるとは、商品を増やすことではない。その作品で遊び、語り合う人を増やしていくこと。
その積み重ねが、世界中で愛されるコンテンツへと育っていくのである。
世界へ広げるとは、日本を押し付けることではない
講演では、海外展開についても多くの時間が割かれた。動画配信サービスの普及によって、日本のアニメや漫画は以前よりはるかに速いスピードで世界へ届くようになった。その一方で、辻氏が繰り返し語っていたのは、「届けること」と「伝わること」は違うということだった。
国や地域には、それぞれ歴史があり、文化があり、宗教や価値観がある。日本では何気ない表現でも、海外では大きな問題になることがある。講演では、海外企業や日本企業が実際に経験した事例も紹介されていた。
もちろん、それは「正しい」「間違っている」を議論する話ではない。企業が目指すべきなのは、その地域の人たちに喜んでもらうことであり、不必要な対立を生むことではないからだ。
だから海外展開では、現地のパートナーと組み、その土地の文化を理解しながら商品やプロモーションを考えていく。これは、日本の良さを消すことではない。日本らしさを、相手に届く形へ翻訳することだ。
実際、辻氏自身も海外赴任時代を振り返り、日本ではそのまま受け入れられる商品でも、海外では色やデザイン、大きさ、価格帯まで変えながら展開してきた経験を紹介していた。作品の本質は変えない。
しかし、届け方は変える。この柔軟さがあるからこそ、日本のコンテンツは世界で受け入れられてきたのだろう。グローバル展開とは、日本をそのまま輸出することではない。作品への敬意を持ったまま、相手の文化にも敬意を払うこと。
その姿勢が、世界中のファンを増やしていくのである。
たまごっち30周年が教えてくれる、「続くブランド」のつくり方
講演の最後、辻氏は2026年11月に30周年を迎えるたまごっちについて紹介した。一億台を超える出荷を記録し、平成ブームの再燃だけではなく、新しい世代にもファンを広げている。しかし、この話は単なる30周年の告知では終わらなかった。印象的だったのは、「次の30年に向けて世界へ展開していく」という言葉である。
今回紹介されたワンピースのフィギュアも、カードゲームも、たまごっちも、一見するとまったく違う商品である。しかし、その根底に流れていた考え方は同じだった。良いものを作る。作品を愛する。企業の垣根を越えてワンチームになる。そして、その作品を世界中の人へ届け続ける。
ブランドは、一つの商品から生まれるものではない。
関わる人たちが、「この作品をもっと好きになってもらいたい」という想いを共有し続けることで育っていく。たまごっちが30年愛されてきた理由も、そこにあるのだろう。
IPは、企業ではなく「関係性」が育てている
講演の最後、辻氏は2026年11月に30周年を迎えるたまごっちについて紹介した。一億台を超える出荷を記録し、平成ブームの再燃だけではなく、新しい世代にもファンを広げている。印象的だったのは、「次の30年に向けて世界へ展開していく」という言葉である。
今回紹介されたワンピースのフィギュアも、カードゲームも、たまごっちも、一見するとまったく違う商品である。しかし、その根底に流れていた考え方は同じだった。
今回の講演を通して見えてきたのは、IPビジネスとはライセンスや商品開発の話ではなく、「関係性」の話だということだった。原作者が世界をつくる。出版社が作品を育てる。メーカーが新しい体験へ変える。小売がファンへ届ける。海外パートナーが地域に根づかせる。
その誰か一人が欠けても、世界的なIPは生まれない。だから辻氏は、何度も「ワンチーム」という言葉を口にしていたのだろう。企業は違っても、目指すものは一つ。作品を愛し、その価値をもっと多くの人へ届けたいという共通の想いである。
見えてきたのは、「IPが育つ仕組み」である。作品を信じる人たちが、それぞれの立場で価値を磨き続ける。その積み重ねこそが、日本のコンテンツが世界で愛される理由なのだと、改めて感じさせられた。
今日はこの辺で。