ネットショップの未来を支えるパイオニア:「ネットショップ担当者アワード2024」受賞者のストーリー
毎年、名前が変わるアワード?審査委員の人たちと話していて、そんなことを耳にしました。それは時代によって、表彰されるべき内容は変わるべきだという考えのようで、「ネットショップ担当者アワード2024」にきて、面白いと思った部分です。今年はロールモデルで、模範となるべき人を選出しようというのであって、共通して、皆、パイオニアでした。審査委員には、中島郁氏、大西理氏、逸見光次郎氏、石川森生氏が参加しました。
今、書いた通りだけど、模範となる人たちは、新しいルールを作って「定着」させているのです。だから、その考え方一つにしても参考になるものなのです。
キャリアデザイン賞:小川 公造 氏(株式会社タイムマシン 取締役)
・エンジニアから取締役まで、多岐にわたるキャリア形成
小川氏は、そもそもの経歴が面白いのです。
Webエンジニアとしてキャリアをスタートし、カタログ通販やテレビ通販を経てタイムマシンに参画。その後独立を経験し、2023年に再びタイムマシンに復帰。OMOとデジタル戦略を駆使して同社の成長を牽引しています。
・消費者目線を取り入れたマーケティング手法
自身のYouTuberやガジェット系ブロガーとしての経験を活かし、消費者視点でのコンテンツ制作やマーケティングを推進。「e☆イヤホン」ブランドを通じたデジタル戦略が、EC市場の新たな方向性を示しています。
・嫌なことを選択する
小川氏は、そんな自身のキャリアを「嫌なことをあえて選択する」という独特のアプローチで切り拓いてきたと述べています。例えば、広告担当の仕事を無理やり(苦笑)任される形で始めた経験を通じて、マーケティングやSEOのスキルを身に付けました。それが現在の役割に繋がっています。また、YouTuber活動を通じて構築された「計画的な動画制作プロセス」が、ECサイト運営の効率化にも活かされていると述べています。
さらに、小川氏は「ECのキャリア形成」において、プロセスやオペレーションを重視することが重要だと強調しました。成功には運用体制やチームビルディングが不可欠であり、新しい取り組みがすぐに売上向上に繋がるわけではないとしています。
フロンティア賞(BtoB部門):桑原 惇 氏(株式会社エトワール海渡 営業開発部 副部長)
・伝統企業における大胆なDX推進
知る人ぞ知る老舗、エトワール海渡。歴史は古く、僕も雑貨業界にいた時、非常によく耳にした卸売の会社です。つまり、BtoBのビジネスを主眼に置いているけど、ECによって、今に相応しい在り方へと変容させたのが桑原氏。EC化と法人営業のデジタルマーケティング導入を推進しました。特に、長年のリアル販売に依存していた事業モデルを変革し、業績向上に貢献しました。
・顧客体験の向上を軸にしたECサイト改善
顧客からのヒアリングを基にしたUI/UX改善により、オンラインでもリアル店舗に匹敵する体験を提供。デジタルを活用して顧客満足度を高めたその手法は、他の伝統企業にとってもモデルケースとなっています。
・伝統を乗り越えてのEC化
エトワール海渡という122年の歴史を持つ卸売企業において、DX(デジタルトランスフォーメーション)を主導することの難しさ。でも、コロナ禍を契機に、リアルを基軸としたビジネスのあり方を、転換したのは、必要な変化であったわけです。なんと、それまで1割に過ぎなかったEC比率を9割まで拡大させたというのだから驚きです。
東京・馬喰町の実店舗での販売が中心でした。従来のリアル接客からオンラインへ移行する。その過程で、桑原氏は法人営業の経験を活かし、顧客の声をヒアリングしながら、自社ECサイトのUI/UXを改善。その結果、顧客の利便性を向上させるだけでなく、社内の意識改革をもたらしました。
フロンティア賞(BtoC部門):後藤 鉄兵 氏(株式会社Tshirt.st 代表取締役)
・バックヤード改革でEC運営を効率化
オモテにばかり光が当たるから、裏側はこの25年、それほど変わっていない。そんな本質をズバリ言い当てたのが、後藤氏。1999年からEC事業に携わり、2002年には自社製造アパレルブランドの販売を開始しました。Shopifyが日本で展開される前から独自にローカライズを行い、ECサイト運営にいち早く取り組むことで、日本のEC市場をリードしてきました。
多くのEC事業者がフロント部分の見栄えや機能強化に注力する中、後藤氏はバックヤードの改善こそが企業の成長に直結する要素。そう考えて、そこに多大なリソースを割いてきました。彼の話で、特に注目すべきが、「キャンセル対応」の仕組みづくりでの考え方。
・フロント以上に重視したバックヤードの改善
多くのEC事業者が直面する課題として、顧客から「間違えて注文したのでキャンセルしたい」という連絡が出荷後に届くケースがあります。この場合、必要のない商品をお客様に届ける形となり、返品処理や再出荷に伴う無駄なコストが発生します。
こうした無駄を解消するため、後藤氏はキャンセル対応のオペレーションをロボットに任せる「リターンズ」という仕組みを導入しました。このサービスでは、キャンセルの受付から処理完了までを自動化し、時間制限を設けて迅速な対応を可能にしています。指定時間を過ぎた場合には、システムが自動的に顧客に断りの連絡を入れることで、EC担当者の負担を軽減しています。
この自動化により、不要な商品配送や返品処理に伴う運送費・人件費の無駄を削減。また、カスタマーセンターの対応負荷も軽減され、効率的なオペレーションが実現しました。後藤氏の取り組みは、バックヤードの改善がいかに企業の競争力を左右するかを示し、EC運営の未来を見据えたモデルケースとなっています。
サブスクリプション賞:下村 祐太朗 氏(POST COFFEE株式会社 CCO)
・スペシャルティコーヒーを届ける体験型定期便
ともすれば、ただ飲むだけの「コーヒー」。だから、ただ単純に、商品を売りがちで、そこで完結してしまいそう。けれど、そうではなく、それを趣味嗜好に合わせて、人の心に馴染ませたのが、下村氏が創業したPostCoffee。顧客がコーヒー診断を通じて自身の好みを発見し、それに基づいたコーヒーが届く仕組みを構築。単なる商品の提供ではなく、体験の価値を重視したモデルが注目されています。
・少量配送で顧客満足度と環境配慮を両立
通常のサブスクリプションとは異なり、小さなセットを提供。そうすることで、消費者が気軽に試せる仕組みを構築。また、環境負荷の低減にも配慮し、定期便サービスの新しい形を提案しています。
・体験を楽しむ
彼の話で注目すべきは、単なる商品の販売ではなく、体験を楽しむことを重視している点が特徴です。ユーザーが「コーヒー診断」で自分の好みを知り、診断結果に基づく商品が届く仕組み。それは、驚きと楽しみを提供しながら購買体験を向上させているのです。
さらに、下村氏は、商品購入後の満足度を高めることで、チャーン率(解約率)の低下を図り、長期的な顧客関係の構築を実現。受賞理由としても、サブスクリプションの仕組みだけでなく、顧客接点を大切にしたサービス設計が評価されました。
ワークライフバランス賞:田中 ゆみえ 氏(ルームクリップ株式会社 KANADEMONOカンパニー General Manager)
・育児とキャリアの両立に挑むゼネラルマネージャー
固定概念を打破して、女性が「働くことの強さ」を創造してきたのが、田中氏。出産後に時短勤務で復職し、サプライチェーン構築や品質管理、商品開発を担当するゼネラルマネージャーに就任。働きやすい環境を整え、管理職としてチームをリードしています。
・育児経験をマネジメントに活用した新しい視点
田中氏は、育児で培ったスキルをマネジメントに活かし、出産や育児をキャリアの一部とする考え方を提唱。家庭と仕事の両立を目指す女性に新たなロールモデルを示しました。
・育児はキャリア形成にプラスとなる
田中氏のキャリアのターニングポイントは、リモートワークやフレックス制度を活用しながら、自身の能力を最大限発揮できる環境を見つけたことにあります。それまでの職場では、出産後に責任の軽い業務を任されることが多く、「自分が必要とされていない」と感じる辛さを抱えていたとのこと。しかし、新しい職場で成果主義に基づく働き方を取り入れた結果、大きな裁量を持つポジションを任され、能力を発揮できる機会を得ました。
彼女自身の言葉として、もっと働けるのにというのが実に印象的。
また、田中氏は「育児経験がマネジメントスキルに活かせる」とし、出産や育児がキャリアの中断ではなく、新たな成長の糧となることを強調しています。これにより、出産や育児をネガティブに捉える風潮を変え、むしろ管理職への挑戦を促す考え方を広めることができました。
受賞スピーチの際には、お子さんも同席。ありがとうと言われる母としての姿が、また、これからのあるべき働き方を提示します。彼女自身も、多くの女性がキャリアを楽しみながら育む未来を願うメッセージを伝えました。この取り組みは、業界全体にとって重要な示唆を与えるものです。
ベストチーム賞:丸山 堅太 氏(マドラス株式会社 リテール事業部EC課 課長)
・老舗企業でのEC事業立ち上げを成功させたリーダーシップ
丸山氏は、社内メンバーを中心にEC事業を立ち上げ、多様な意見を活かしたチーム作りで成果を挙げました。外部の専門家に頼らず、社員同士の連携と柔軟な対応で難題を乗り越えました。
・スピード感ある改善と失敗を恐れない風土作り
チーム内での意見を積極的に採用し、試行錯誤を重ねながら迅速な改善を実施。結果を共有し、失敗を次に活かす取り組みが老舗企業の新たな成功モデルとなりました。
・内部のチームワークで乗り切る
丸山氏が率いるチームは、30代から50代まで幅広い年齢層で構成されており、多様な視点から意見を出し合える点が強みです。丸山氏はチーム内のコミュニケーションを重視し、意見に対して「ノー」を言わない文化を醸成。提案が出たらすぐに試し、結果をフィードバックして改善するというスピード感ある取り組みを行っています。
受賞理由の背景には、老舗企業におけるEC事業立ち上げの難しさがあります。同社は伝統的なプロパー社員が多い中で、外部の専門家ではなく内部のメンバーで改革を進めてきました。丸山氏は志願してこのプロジェクトに携わり、試行錯誤を繰り返しながら、実行力と柔軟性で成功へと導きました。
今回の受賞は、伝統的な企業がEC市場に参入し成功を収めるための一つのモデルケースとして、大きな意義を持つものです。チーム全員の努力が形となった点が評価され、EC業界全体への示唆も多い受賞となりました。
MVP(大賞):武井 優 氏(カンロ株式会社 マーケティング本部 デジタルマーケティングチームリーダー)
・柔軟な働き方と革新的なEC戦略を推進
時代に合わせて変わっていくこと。それを痛感させたのが、武井氏。自ら、産休明けにEC構築プロジェクトを任され、ファンコミュニティの形成や低価格商品におけるEC専用商品の開発を手掛けました。新たな顧客接点を創出するその手腕が評価されました。
・売場ではなくファンを育む
正直、カンロの商品は、多くが、低価格商品。それを取り扱う中で、EC専用商品やコミュニティサイトの立ち上げなど、新しい取り組みを進めています。従来のBtoBを主体とするビジネスモデルに対し、BtoCにおける顧客接点を重視。単なる「売り場」ではなく「ファンを育む場」としてECの活用を目指しています。
つまり、それまでの老舗の常識にとらわれることなく、新しい文化を持ち込んで、それが企業価値を向上させるということに繋げた。ロールモデルと言っているように、変革というよりは未来の常識を持ち込んだという意味で価値ある一歩をもたらしたわけです。
・諦めない姿勢で新たなモデルを作り上げていく
武井氏はスピーチで、自身の取り組みが決して完成されたものではないとしつつ、トライアンドエラーを繰り返しながら成果を追求している現状を述べました。また、産休中や育児中に直面した現実についても触れ、家庭と仕事の両立を進める中で、多くの試練を乗り越えてきたことが語られました。
共通して、みなさん、EC担当者のロールモデルとして「諦めない姿勢」と「柔軟な取り組み」を体現していることがわかります。その一歩は、同業界で働く人々に新たなインスピレーションを与えるものとなっています。
これらの受賞者たちの取り組みは、EC業界が直面する課題を克服するための具体的な道筋を示しています。“パイオニア”たちがこれらを参考に必要な未来のあり方を創造することを期待します。
今日はこの辺で。