AIは“答え”を作れても、“積み重ね”は作れない──Xが語った「AI時代のマーケターの現在地」
生成AIの進化によって、「マーケター不要論」のような言葉を耳にする機会が増えた。企画も、コピーも、調査も、AIが一瞬でやってしまう。実際、営業・デジタルマーケティングWeekの会場を歩いていても、「AI」という単語を見ないブースの方が少ないくらいだった。
けれど、2026年4月10日に東京ビッグサイトで行われた、X Corp. の江上優里氏の講演「AI時代のマーケターの現在地」を聞いていて、僕が強く感じたのは、単純な“仕事の置き換え”の話ではない、ということだった。
むしろ逆だった。AIによって情報がフラット化し、誰もが同じ答えに辿り着けるようになったからこそ、“そのブランドにしか積み上げられないもの”が重要になっていく。つまり、マーケティングの本質は、より人間的なものへ戻っていくのではないか——そんな感覚である。
そして、その話は決して「AIすごいでしょう」というテクノロジー礼賛では終わっていなかった。むしろ、「AIが進化する時代に、人は何を積み重ねるべきなのか」という問いそのものだったように思う。
情報格差が消えた時代、“ブランドの優位性”はどこへ向かうのか
江上氏が最初に提示したのは、「情報の非対称性の崩壊」という話だった。かつて、企業は情報を持つ側だった。メーカーには研究開発データがあり、小売には販売データがあり、広告代理店には市場調査データがあった。つまり、生活者よりも企業側が圧倒的に多くの情報を持っていたのである。
しかし、生成AIの登場によって、その構造が一気に変わった。
例えば、江上氏自身が健康診断をきっかけにランニングシューズを探した際、AIに相談したところ、クッション性、ワイドサイズ対応、各メーカーの比較まで、一瞬で整理されて出てきたという。以前なら、スポーツ用品店の店員やメーカーが持っていた知識が、今は生活者の手のひらの中にある。
この変化は、実はかなり大きい。なぜなら、これまでのマーケティングの多くは、「情報格差」を前提に成立していたからだ。広告を大量投下し、認知を取り、店頭を押さえ、生活者より先に情報を握ることで優位性を保ってきた。
だが、AIが“最適解”を提示するようになると、その優位性は崩れる。さらに怖いのは、AIにレコメンドされないブランドは、そもそも“存在しない”のと同じ状態になりかねないことだ。ここで重要なのは、「広告を増やそう」という話ではない。江上氏が強調していたのは、「指名買いされるブランドになること」だった。
つまり、「このメーカーだから買いたい」「このブランドには思い入れがある」という状態を作れるかどうか。AIに「おすすめは?」と聞かれる前に、生活者の中で名前が浮かぶブランドになれるかどうかが重要になる。これは、単純な機能競争ではない。むしろ、“どんな関係性を積み重ねてきたか”の勝負なのだと思う。
AIが作れないものが、むしろ価値になる時代
この講演で最も印象的だったのは、「生成AIが生成できないもの」の話だった。江上氏は、AI時代には「コモディティ化」と「差別化」が同時に加速すると語った。機能はどんどん似ていく。開発スピードもAIによって高速化する。だからこそ、“そのブランドである理由”が必要になる。その事例として挙げられたのが、創業115年の老舗書店、有隣堂 のYouTubeライブ配信だった。
単に本を売ったわけではない。長年積み重ねてきた視聴者との関係性や、発信の蓄積があったからこそ、ライブ配信で商品が一気に動いた。また、学研 のティラノサウルス図鑑が「10分で400冊売れた」という話も象徴的だった。図鑑というものは、正直、機能だけで比較すると差がわかりにくい。それでも売れるのは、「学研だから」という信頼や歴史が存在するからだ。
ここが重要だと思った。AIは、答えを生成できる。文章も作れるし、画像も作れる。比較もできる。だが、“積み重ね”だけは生成できない。歴史。背景。ストーリー。土地性。人との関係性。そういうものは、時間をかけてしか作れない。
つまり、AI時代に価値が増すのは、“非効率だったもの”なのだ。人と人が何年も積み上げてきた会話。店主が毎日続けてきた発信。地域に根差してきた歴史。そうしたものが、逆に、AI時代の最大の差別化要素になっていく。それは単なるノスタルジーではない。むしろ、AIによって均質化が進むからこそ、“人間固有の文脈”が強くなるという話なのだと思う。
マーケターは「広告を作る人」から、「AIを含めて設計する人」へ変わる
講演の後半で語られた「マーケターに求められる3つの変化」も興味深かった。江上氏は、それを「立ち位置」「スピード」「守備範囲」の変化として整理していた。まず立ち位置。従来、マーケターは「ブランド」と「生活者」の間に立っていた。しかしこれからは、その間にAIが入る。つまり、AIを含めた三角形の中心に立たなければならない。
これが意味するのは、単にAIツールを触れるという話ではない。
例えば、これまで「履き心地がいいです」「気持ちいいです」という感覚的表現で成立していたものを、AIには「クッション性が何%向上」「カテゴリ内で何位」といった定量情報として伝える必要がある。一方で、生活者が店頭で商品を手に取り、迷って棚に戻した瞬間の“感情の揺れ”のような、データ化されていない感覚も扱わなければならない。
つまり、機能と感情の両方を翻訳できる人間が必要になる。さらに、広告制作そのもののスピードも劇的に変わる。以前は10週間かかっていた工程が、AIによって1週間レベルへ短縮されるという話も出ていた。そして最も大きいのが、職種の壁が崩れていくことだ。
コピーライターがリサーチを行い、ストラテジストがコピーを書く。PR担当が採用まで行う。AIが“補助輪”として入ることで、人間側の守備範囲が縦方向に広がっていく。つまり、専門職が不要になるのではなく、“専門を横断できる人”が強くなるのである。
「本音」はアンケートより先に、Xに流れている
この講演で、個人的に非常に面白かったのが、X と Grok を使ったインサイト発見の話だった。江上氏は、Xを「世界最大のフォーカスグループインタビュー」と表現した。確かにそうかもしれない。アンケートでは、人は“整った答え”を返す。でもXには、もっと無意識の感情が流れている。まだ言葉になりきっていない本音が、そのまま投稿されている。
象徴的だったのが、野球ファンのインサイト分析だ。Grokが拾ってきた投稿は、「野球ってイライラするんですよ。苦しいんです。こんなクソスポーツ見ないって言いながら、火曜日の試合何時からでしたっけ?」というものだった。これはすごく本質的だと思った。
普通なら、「野球は楽しい」「ワクワクする」というポジティブ文脈で広告を作る。しかし、本当の熱狂は、“苦しいのに見てしまう”ところにある。つまり、インサイトとは、綺麗な言葉ではなく、“矛盾した感情”の中に存在する。この視点は、あらゆるマーケティングに通じる気がする。人は合理性だけで動いていない。むしろ、説明しきれない感情によって動いている。
だからこそ、X上に積み重なった会話ログは、単なるSNS投稿ではなく、“感情のデータベース”になっていく。そして、その蓄積が未来の顧客を作る。
AI時代に残るのは、「誰と、どう積み重ねたか」
最後に江上氏は、映画『ジュラシック・パーク』の有名なセリフを引用した。
“Life finds a way.”
生命は道を見つける。
AIによって仕事が変わる。ホワイトカラーが消える。マーケター不要論も語られる。けれど、この講演全体を通して感じたのは、「人間の役割がなくなる」という話ではなかった。むしろ逆で、人間が“何を積み重ねてきたか”が、より問われる時代になるという話だった。
情報はAIが整理してくれる。機能比較もしてくれる。最適解も出してくれる。でも、「この人が言うから信じたい」「このブランドだから応援したい」「この店には物語がある」といった感情だけは、最後まで人間側に残る。だから、これからのマーケティングは、単なる広告運用や効率化競争ではなく、“どんな関係性を育ててきたか”の勝負になるのかもしれない。
AI時代とは、テクノロジーの時代であると同時に、“積み重ねの価値”が再発見される時代なのだと思う。