「推し買い」は、旅の記憶を持ち帰る行為だ。訪日客に選ばれる商品づくりのヒント
訪日客の消費は、かつての「爆買い」から大きく変わりつつある。大量に買うこと、安く買うこと、機能で選ぶことだけが中心ではなくなった。いま広がっているのは、自分が共感したもの、心を動かされたもの、応援したいと思ったものを買う「推し買い」である。
ライフスタイルweekの講演で、JTB総合研究所 グローバルツーリズムインテリジェンス共創部 上席主任研究員の小澤信夫氏は、訪日市場における消費の変化をこう捉えていた。商品は単なる土産ではない。旅先で出会った人、土地、文化、体験を思い出すための“記憶の器”になる。だからこそ、これからの商品開発には「何を売るか」以上に、「どんな記憶と結びつけるか」が問われている。
爆買いから、意味を持ち帰る消費へ
かつて訪日消費を象徴していたのは「爆買い」だった。価格、品質、機能性が購買を動かし、大量購入が注目を集めた。しかし、現在の訪日客はそれだけでは動かない。
小澤氏が強調したのは、消費の中心が「量」から「意味」へ移っているということだ。旅先で出会ったものに共感し、自分の体験や物語と重ね合わせる。その結果として買う。これが、いまの「推し買い」の本質である。
推しの対象は、アニメやキャラクター、アイドルに限らない。地域そのもの、作り手の姿勢、伝統文化、素材へのこだわり、サステナブルな取り組みも、十分に“推し”になり得る。つまり、応援したくなる理由があれば、あらゆる商品が推し買いの対象になる。
訪日客は「商品」ではなく「記憶」を買っている
訪日客は、日本滞在中にさまざまな体験をする。宿泊し、食事をし、移動し、観光地を訪れ、地域の人と出会う。その一つひとつの場面で心が動いたとき、商品は単なるモノではなくなる。
たとえば、静岡でお茶摘みを体験した人が、その土地のお茶を買って帰る。岐阜で刀鍛冶や職人技に触れた人が、その土地の工芸品に惹かれる。岩手の南部鉄器であれば、ただ湯を沸かす道具ではなく、なぜその土地で作られ続けてきたのか、作り手がどんな思いを込めているのかを知ることで、重さや価格さえも価値に変わる。
大事なのは、商品が旅の記憶と結びついていることだ。買った瞬間だけで終わらず、帰国後もそれを見るたびに、使うたびに、「あの場所に行った」「あの人に会った」「あの体験をした」と思い出せる。そこに、訪日市場における商品開発の大きなヒントがある。
国や地域によって、心が動く理由は違う
ただし、訪日客をひとくくりに考えてはいけない。小澤氏は、地域によって購買を動かす心理が異なると説明した。
近隣アジアの旅行者は、短期滞在で高頻度に日本を訪れる傾向がある。話題性、限定品、SNSでの発信、買い回りが購買のきっかけになりやすい。
一方、中国、台湾、香港などでは、品質やブランド、家族や友人へのギフト需要も強い。誰かに渡すものとしての安心感や、日本品質への信頼が購買を後押しする。
欧米豪の旅行者は、比較的長期滞在が多く、日本の文化、歴史、自然を深く理解したいという意識が強い。職人との出会い、伝統工芸、地域の暮らし、サステナビリティへの姿勢などが共感の対象になりやすい。
つまり、同じ商品でも、誰に向けて、どんな文脈で伝えるかによって、価値の伝わり方は変わる。商品開発には、ターゲットの文化や旅の目的を踏まえた設計が欠かせない。
選ばれる商品に必要な3つの視点
小澤氏は、選ばれる商品づくりのフレームとして、いくつかの視点を示した。
一つ目は、背景を可視化すること。なぜこの商品がここにあるのか。誰が作っているのか。どんな素材や文化に支えられているのか。それを伝えることで、価格競争から抜け出すことができる。
二つ目は、「私だけの体験」を形にすること。今日この場所に来たから買えた。この季節だから出会えた。ここでしか手に入らない。そうした限定性や現地性は、購買を強く後押しする。
三つ目は、帰国後も語れる、買い続けられる仕組みをつくること。旅の後に誰かへ語りたくなるストーリーがあるか。もう一度買えるECや接点があるか。商品が次の来訪や次の会話につながるか。そこまで設計されているかが重要になる。
そのためには、携帯性、写真映え、限定性、多言語対応、再購入導線なども大切になる。訪日客が持ち帰りやすく、語りやすく、思い出しやすい商品であること。それが「推し買い」時代の商品に求められている。
愛される商品は、愛している人から生まれる
講演の最後に、小澤氏は印象的な言葉を残した。選ばれる商品は、作り手の愛から生まれる。お客様より先に、その価値を信じ抜く人がいるからこそ、推したくなる商品になる。
これは、商品開発だけの話ではない。地域も、店も、作り手も、自分たちの価値をまず自分たちで信じ、語れるようにならなければならない。語れる商品には、語りたくなる理由がある。その理由を深く掘り下げ、旅人に伝わる形にすることが、これからの訪日市場ではますます重要になる。
土産は、旅の終わりに買うものではない。旅の記憶を、帰国後も呼び起こす入口である。
そう考えると、訪日客に選ばれる商品づくりとは、単に日本らしい商品を並べることではない。その土地に来た意味、その人と出会った意味、その商品を持ち帰る意味をつくることなのだ。
「推し買い」の時代に求められているのは、売れる商品ではなく、語られる商品である。