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購買データの向こうに「生活」がある──I-neが見た、AI時代の人間理解マーケティング

売上の数字を追いかけていると、いつの間にか「商品」と「コンバージョン」だけを見てしまう。だが、人は購買行動だけで生きているわけではない。子どもが生まれ、家を買い、海に出かけ、教育を考え、自分の美容にも投資する──その連なりの中に、商品は存在している。

 楽天グループが提示した「未来購買予測」と、I-neが語ったAI活用の実例は、その当たり前の事実を、データで証明した。ジャンルを超えた購買履歴の分析によって浮かび上がるのは、単なるターゲット像ではなく、「生活者」としての人間の軸だ。

 AIは、売上を最適化するツールなのか。それとも、人間理解を深める装置なのか。本セミナーは、その問いに対する一つの答えを示していた。

① AIは“売上分析”を超えて、「生活」を読む段階に入った

 これまでのマーケティング分析は、基本的に商品単位だった。シャンプーならシャンプー、美容家電なら美容家電。関連カテゴリを広げるとしても、せいぜいヘアケアやスキンケアまでだ。だが今回示されたバイオリン図は、まったく違う世界を見せていた。

 不動産の契約者を起点に遡ると、3年前からキッズ・ベビー商材の購入が膨らみ、直前でインテリア商材が伸びる。教育商材の場合は、5年前のマタニティ商材から始まり、キッズファッションへと推移する。そしてその先に教育の申し込みがある。

 つまり、人は「住宅」や「教育」を突然買うのではない。生活の連鎖の中で、段階的に選択を積み重ねている。その痕跡が、楽天の膨大な購買データに残っている。

 ここで重要なのは、「その連鎖を人間が仮説で追うのは限界がある」という点だ。500商品を扱うメーカーが、すべての因果を人力で発見するのは不可能に近い。だがAIは、5年前から昨日までのデータを横断し、ジャンルを超えて“生活文脈”を抽出する。

 AIの本質は、計算速度ではない。人間が見落としていた文脈を拾い上げる力にある。

② マリンスポーツとシャンプー──「盲点」を可視化する力

 BOTANIST SANTALの分析結果は象徴的だった。左側には想定通り、ヘアケアやスタイリング関連が並ぶ。しかし右側に現れたのは、日焼け止め、テニス、マリンスポーツ。商品開発時には想定していなかった領域だ。

 しかし、言われてみれば納得がいく。海水や紫外線は髪にダメージを与える。ウッディな香りは自然環境との親和性が高い。だが、この接続は「後から説明できる」だけで、事前に仮説化するのは難しい。

 ここにAIの価値がある。

 人間は、既存のフレームで考える。AIは、フレームを横断する。

 もしこの発見がなければ、広告ビジュアルにマリンスポーツを組み込む発想は生まれなかったかもしれない。つまりAIは、単に効率的な配信を実現するのではなく、ブランドの表現可能性そのものを広げる。

 売上が伸びた、ROASが上がったという結果以上に、「ブランドの文脈が拡張された」という事実のほうが、実は本質的な価値かもしれない。

③ 美容家電と教育費──“人物像”が立ち上がる瞬間

 SALONIAのリフトブラシでは、スキンケア関連の購買は想定内だった。しかし、キッズファッションや教育系商材が同時に膨らむという結果は、社内でもファクトとして把握されていなかった。

 ここで浮かび上がったのは、「自分の美容にも投資し、子どもの教育にも惜しまない人物像」だ。

 これは単なるクロスセルのヒントではない。

 一人の生活者の価値観が、データから立ち上がった瞬間である。

 さらに興味深いのは、楽天プロファイルによる別ロジックの分析でも、同様の人物像が導き出された点だ。美容志向と子ども関連支出という二つの軸が、異なるAIモデルで一致した。

 これは偶然ではない。

 AIが可視化したのは、購買カテゴリではなく「価値観」だった。人を年齢や性別で区切る時代は終わりつつある。

今後は、「生活における優先順位」という尺度で人を捉える企業が、圧倒的な差をつける。

④ ブラックボックスを越える──楽天が持つ“購買接点”の強み

 AIという言葉は抽象的で、しばしばブラックボックスに見える。だが今回の事例が示したのは、その中身だ。コンバージョンデータを収集し、モデリングし、確率を算出し、配信する。プロセスは明確だ。

 楽天の強みは、SNSのような“閲覧データ”ではなく、“購買・決済・予約”というコンバージョン接点にある。市場、トラベル、カード、Edy──生活の重要な決定点が楽天グループ内に存在する。

 つまり楽天は、「買う人」のデータを持っている。

 そのデータを、AIで外部環境と掛け合わせることで、未来の購買を予測する。これは単なる広告配信の高度化ではない。購買データの価値を再定義する試みだ。

 データは量だけでは意味を持たない。

 横断的に解釈されて初めて、資産になる。

 楽天は、その再編集をAIで行っている。

⑤ ROAS2倍の意味──“人間が広げられなかった領域”を広げる

 BOTANISTではROASが約2.5倍、SALONIAでは約2.7倍という結果が出た。もちろん数値としてはインパクトがある。だが、より重要なのは、「人間のターゲティングでは広げられなかった領域を、AIが広げた」という事実だ。

 通常、ターゲティングを広げればROASは下がる。ボリュームと効率はトレードオフになる。

 しかし未来購買予測では、ボリュームを確保しながら効率も上げた。これは人間の直感的なセグメント設計では到達しづらい領域だ。

 AIは、人間の代わりに考えるのではない。人間が怖くて踏み込めなかった領域を、計算で突破する。その結果、企業はより細かな尺度で人を測れるようになる。

 そして、その尺度はまだ多くの企業にとって不可視だ。ここに差が生まれる。

⑥ 「人を細かく測る」時代の倫理と覚悟

 最後に考えたいのは、これがもたらす未来だ。AIによって、生活の連鎖が可視化される。不動産の前に子ども関連商材、教育の前にマタニティ、マリンスポーツとダメージヘア──。

 今後は、さらに細分化されたコミュニティ単位での分析が可能になるだろう。従来は“特殊な束”として扱えなかった層も、数値化できる。だがそれは、単に売上を最大化する武器ではない。

 生活を理解しようとする姿勢がなければ、それは単なる“精度の高い押し売り”になる。

 今回のI-neの事例が示していたのは、AIを「生活者理解の拡張装置」として使う姿勢だった。自分たちが見えていなかった文脈を受け入れ、次のブランド表現に活かす。

 AIが進化すればするほど、問われるのは人間側の思想だ。購買データの向こうに生活がある。生活の向こうに価値観がある。

 AIは、それを映し出す鏡になりつつある。

 

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