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観光は終わらない──台湾市場に見る「体験が売上になる構造」


いま、越境ECの話をするとき、多くの場合は「どの国に売るか」という話から始まる。どの市場が伸びているのか、どのプラットフォームが強いのか。だが、最近、その前提が少しずつ揺らいできているように感じる。きっかけは、株式会社ジグザグとDigima〜出島〜が共同で発行した「越境EC・ウェブインバウンド白書2026」に含まれる台湾データをもとに再編集されたレポートだった。訪日経験のある台湾消費者の83.8%が、帰国後も越境ECで日本の商品を買い続けているという。この数字は単なる“リピート率の高さ”を示しているわけではない。そこには、「観光」と「購買」が切り離されたものではなく、一人の生活者の中で連続しているという構造がある。

 実際、台湾では越境EC利用率が79%、訪日経験率が82.3%と、いずれも極めて高い水準にある。そしてその二つが重なったとき、83.8%という数字が生まれる。つまり、「日本に来たことがある人の大半が、その後も日本の商品を買い続ける」という状態が、すでに成立しているのである。

 これはもう、観光の話ではない。関係の話だ。

「売る」ではなく、「思い出される」

 

 通常、ECは比較と効率の世界だ。検索して、価格やスペックを見比べ、より条件の良いものを選ぶ。しかし台湾市場の動きを見ていると、その前提だけでは説明がつかない。

 日本で体験した商品を、帰国後にもう一度買う。あるいは、日本で見たブランドを思い出しながら、改めて調べて購入する。そこには「安いから買う」という判断よりも、「あのとき良かったから」という記憶が強く働いている。

 この傾向は、カテゴリ別のデータにも現れている。たとえばファッションは、関心が50.3%に対して購買が53.0%と、関心を上回って実際の購入につながっている。一方でアニメやコミックは関心が61.7%と高いにもかかわらず、購買は36%にとどまる。この差は、単なる人気の差ではなく、「体験の有無」によって購買に至るかどうかが左右されていることを示している。

 実際、訪日経験者はファッションへの関心が55.5%、ホーム家具が59.1%、美容ヘルスケアが54.3%と、未経験者の2倍近い関心を示している。体験したものほど関心が広がり、そのまま購買につながっていく。

 つまり、ECで売れているのは商品ではない。体験の記憶である。

台湾市場にある「確認する文化」

 

 ただし、台湾の消費者は決して衝動的ではない。むしろ、その逆である。

 検索エンジンの利用率は83%。そこからSNS(59.7%)、公式サイト(58.7%)、口コミサイト(49.3%)、友人知人(48%)と、多層的に情報を重ねていく。このプロセスは非常に丁寧で、特に特徴的なのが、匿名掲示板型SNS「Dcard」の存在だ。日常利用が41%、情報収集でも25.7%と、若年層を中心に強い影響力を持つ。

 つまり台湾では、「知る→信じる→買う」という単線的な流れではなく、「調べる→確認する→照合する→納得する」という多段階のプロセスが前提になっている。

 だからこそ、日本の商品は“好かれる”だけでは足りない。きちんと理解され、納得される必要がある。逆に言えば、そのプロセスを越えた商品は、強い信頼を得ることになる。

モールと公式サイトは競合しない

 

 購買チャネルにも、同じような構造が見える。

 台湾ではShopeeの利用率が92.7%と圧倒的で、「ECで買う=Shopeeで買う」と言っても過言ではないほどだ。しかし興味深いのは、公式サイトの参照率が58.7%と高い一方で、実際の公式サイトでの購買は29.7%にとどまる点である。

 台湾の消費者は、モールで商品を見つけ、公式サイトで詳細を確認し、再びモールに戻る、あるいはそのまま公式で購入するという行動を取っている。つまり、モールと公式サイトは競合しているのではなく、「発見」と「信頼」という役割を分担しているのである。

 この関係性は、リアル店舗とECの関係にも似ている。重要なのはチャネルではなく、その間に流れる体験であり、そこに一貫性があるかどうかだ。

決済もまた「体験の一部」である

その流れをもう一歩進めると、台湾市場では「決済」もまた体験の一部として捉える必要がある。

台湾ではクレジットカード(73%)が主流でありながら、代金引換(56.7%)やコンビニ払い(40.7%)といった、リアルと接続した決済手段が高い比率で利用されている。さらにLINE Pay(41%)のようなローカル決済も広く浸透している。

つまり、購入の意思があっても、「支払い方が合わない」という理由だけで購買が途切れる可能性があるということだ。

モールと公式サイトが「発見」と「信頼」を分担しているように、決済もまた「安心して買えるかどうか」を左右する重要な接点である。台湾市場においては、どこで売るかだけでなく、「どう支払えるか」まで含めて設計することが、体験を完結させる鍵になる。

インバウンドが“装置”に変わるとき

 

 ここまでを踏まえると、ひとつの見方が浮かび上がる。

 インバウンドは、その場で売るための機会ではない。関係をつくるための起点である。

 2025年、台湾から日本を訪れた人は676万人にのぼり、消費額は1兆2,110億円と過去最高を記録した。人口約2,300万人のうち、3人に1人が日本を訪れている計算になる。この規模で訪日体験が広がっていること自体が、すでに大きな意味を持っている。

 そして、その体験が、帰国後の購買へとつながる。訪日経験者の83.8%が越境ECを利用し続けているという事実は、インバウンドが単発の消費ではなく、継続的な関係の入口になっていることを示している。

 このレポートをまとめたジグザグは、これまでも「ウェブインバウンド」という考え方を軸に、海外ユーザーが日本のECにアクセスしてくる流れをどう受け止めるかを提案してきた企業だ。今回のデータは、その延長線上にあると同時に、次の段階を示唆しているようにも見える。

 つまり、待つだけではなく、体験そのものにどう関わるかというフェーズである。

「どこに売るか」から「誰の時間に入るか」へ

 

 そう考えると、越境ECの問いは変わる。

 これまでは「どの国に売るか」が重要だった。だがこれからは、「その人の生活の中にどう入り込むか」が問われる。

 台湾市場が示しているのは、その具体例である。訪日前から関心を持ち、訪日中に体験し、帰国後に購入する。この一連の流れを、一人の時間軸として設計することができるかどうか。

 その意味で、越境ECの主語は静かに入れ替わり始めている。

 企業が「売る」のではない。生活者が「続ける」のである。

関係性が、そのまま売上になる

 

 最後に、この話を一言でまとめるとこうなる。 関係性が、そのまま売上になる時代に入った。

 台湾という市場は、その構造が極めて高い精度で可視化されている場所だ。越境EC利用率79%、訪日経験率82.3%、そしてその掛け合わせとしての83.8%。この数字は、単なる市場の大きさではなく、関係の深さを示している。

 観光で終わらない。ECで完結しない。体験から始まり、関係として続き、やがて購買へとつながっていく。

 越境ECは、いま、その流れの中に置き直されようとしている。

今日はこの辺で。

越境EC・ウェブインバウンド®︎白書2026

なお、本稿で触れたデータは、ジグザグとDigima〜出島〜が共同でまとめた「越境EC・ウェブインバウンド®︎白書2026」をもとにしている。台湾を含む7カ国の消費者調査や企業の実態が整理されており、より詳しく知りたい方は参照すると理解が深まるはずだ。

越境EC・ウェブインバウンド®︎白書2026▼

https://www.worldshopping.biz/whitepaper/crossborder_ec_webinbound20

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