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ソニーはなぜ“エンタメ企業”になったのか?──ゲーム・アニメ・音楽で広げる新しい商売のかたち

※本記事は、ソニーグループによる公式発表や経営方針説明会資料、ならびにマイナビニュース、Branc、Reutersなど各種報道をもとに、145マガジン編集部が独自に再構成・考察したものです。 引用元の内容については敬意をもって参照し、意図を損なわないよう十分に配慮しています。 あくまで読者の理解を深めることを目的とした整理・編集であり、報道各社の取材と知見に心より感謝申し上げます。

映画・アニメ・IP戦略を軸とした事業展開

ソニーグループは近年、エンタテインメント領域でのIP(知的財産)活用を軸に事業展開を強化している。2024年の経営方針説明会では、ゲーム・音楽・映画・アニメなどグループ横断で「IP360」戦略を掲げ、「ファンとのエンゲージメントを深め、オーディエンスを拡大させることでIPの価値を最大化する」取り組みを進めると表明した 。以下に各領域での具体的施策を紹介する。

  • アニメ事業の強化とグローバル展開: ソニーは日本発アニメによる新たなIP創出に注力している。音楽子会社SME傘下のアニプレックスで高品質な作品を企画・制作し、2021年買収のCrunchyroll(有料会員1300万人超)を通じて世界中に配信する体制を構築 。Crunchyrollはアニメ特化のDTC(直接課金)サービスとして日本のアニメをグローバルに広め、クリエイターコミュニティにも貢献していると吉田CEOも述べている 。

  • またソニーグループは「Crunchyroll Anime Awards」を開催し、8回目(2023年)の投票総数が3,400万票を超える盛り上がりを見せるなど、世界的なファン基盤拡大にも成功している 。制作面では、アニプレックス傘下のスタジオ(A-1 PicturesやCloverWorks)とソニーグループのエンジニアが協力し、新アニメ制作ソフト「AnimeCanvas」を開発中だ。制作効率の向上と作品クオリティ改善を狙ったもので、2024年度中の試験導入を目指し、将来的には社外スタジオへの提供も視野に入れている 。さらにアニプレックスとCrunchyrollを中核に海外アニメーター育成のアカデミー設立も検討しており、世界的にクリエイター人材の裾野を広げる計画である 。

  • 十時裕樹社長(COO兼CFO)は「クリエイターの育成・支援は業界全体のために進めている。優れた作品が多く生まれる環境を整えた結果としてソニーの中期計画にもプラスの影響を期待している。また配信プラットフォームの競争力強化が自社IPの拡大につながる。クリエイションシフトによって自社IPを育成し成功させることが重要だ」と述べており、業界支援を通じた自社IP強化という長期視点を強調しています 。

  • ゲームIPの映像化と映画領域への展開: ソニーは自社のゲームIPを映画・テレビに展開するクロスメディア戦略を推進しています。2019年にPlayStation Productionsを立ち上げて以降、PlayStationの人気ゲームをハリウッドで実写映像化するプロジェクトが本格化しました 。現在、『Horizon』(ホライゾン)や『God of War』(ゴッド・オブ・ウォー)といったゲーム原作の映像作品が制作進行中であり 、既に『アンチャーテッド』は映画化(2022年公開)され、『The Last of Us』(ラスト・オブ・アス)はHBOによるドラマシリーズ(2023年)として大ヒットを記録しました。

  • さらにソニーはゲームIPのLBE展開にも乗り出しており、テーマパークのライド型アトラクションや体験施設への展開を進めています。例として、スペインのポートアベンチュラ・ワールドではアンチャーテッドを題材にしたローラーコースターが登場し、米国ユニバーサル・スタジオのハロウィーンイベントではラスト・オブ・アスをテーマにしたホラーアトラクションが開催されるなど、ゲームの世界観を現実空間で体感できる取り組みが行われました 。映画制作の面でも、Epic Gamesのゲームエンジン「Unreal Engine」を活用したバーチャルプロダクションや高度なビジュアライゼーションにより映像制作の効率化・高度化を図っており、傘下のVFX企業PixomondoとEpic社の協業でそうした技術を使いこなせる映像クリエイターの育成にも取り組んでいます 。このようにゲームと映画の垣根を越えたIP展開により、ゲームファンと映像ファン双方に訴求しIP価値を高める戦略が取られています。

  • 音楽IPの多角展開とファンコミュニティ戦略: ソニーの音楽事業も従来の楽曲制作販売に留まらず、新たなIP創出や他メディア展開に積極的です。一例が人気ユニットYOASOBIによる「小説を音楽にする」プロジェクトで、小説投稿サイト「monogatary.com」発の物語を原作とした楽曲を次々ヒットさせています 。また乃木坂46や韓国発のStray Kidsなど熱量の高いファンを抱える「ファンダムアーティスト」の育成にも力を入れ、ライブやイベント、SNSを通じてファンコミュニティを拡大しています 。

  • さらに音楽IPを映像コンテンツ化する取り組みも加速しており、グラミー賞受賞アーティストのリル・ナズ・Xのドキュメンタリー映画、そして伝説的バンドであるビートルズの各メンバーの視点から歴史を描く伝記映画4本を同時進行で制作するなど、大型映像プロジェクトにも乗り出しています 。ソニーは「音楽という枠組みを超えてファンにIPを届けている」としており 、音楽コンテンツを起点に映像やイベントへと広げることでIPの裾野を拡張しファンの体験価値を高める戦略です。

周辺ビジネスへの波及:グッズ展開やイベント戦略

ソニーのエンタメ施策は、コンテンツを軸とした周辺ビジネス(マーチャンダイジングやイベント等)にも波及し、収益機会とファン接点を広げています。2024年度経営方針説明会でも「IPのグッズ化によってファンの愛着を高め、グループ間連携を加速する」と明言されており 、IP商品の展開はソニーの重要な戦略の一つです。

具体的な例として、ソニー傘下のCrunchyrollは配信だけでなく自らファンイベントを主催し、グッズ販売とコミュニティ醸成を行っています。米国で開催された「Crunchyroll Expo」では、大規模な展示ホールに企業ブースが並び作品紹介や限定グッズ販売が行われ、コスプレ姿のファンが長蛇の列を作りました 。日本から招いたアーティストによるライブやトークショーも実施され、来場者(数万人規模)だけでなく配信を通じ世界中のファンが参加しています 。こうしたイベントはアニメ文化とビジネスのハブとなることを狙い、Crunchyroll自身が主催しています。その背景には、日本で培われたアニメのメディアミックス(多面的展開)を海外に展開するハブになるというCrunchyroll買収の狙いがあります

実際、開催直前の2022年にはCrunchyrollが米国最大手のアニメグッズECサイト「Right Stuf」の買収を発表し、配信・イベント・ECを一体化した“360度”ビジネス展開を目指す方針を示しました 。Crunchyrollのチーフコンテンツオフィサーも「我々は360度のビジネスを展開しています。作品を見るだけでなく、その作品を通じてユーザーとどんな体験を共有できるかを考えている。それがCrunchyrollの強みです」と語っており 、配信したアニメ作品を起点にイベント参加やグッズ購入といった多面的なファン体験へ繋げる戦略が明確です。

ソニーのIP展開によるグッズビジネスはアニメ以外にも広がっています。音楽分野ではアーティストのコンサートに伴う公式グッズ販売やファンクラブ向け商品の提供が収益源となっており、乃木坂46など人気グループではコンサートグッズが即完売するケースもあります。またゲームや映画でも、自社IPのフィギュア・玩具・アパレル商品化やコラボ企画を積極的に展開しています。

例えばソニー・ピクチャーズ製作の映画に登場するキャラクター玩具や関連グッズが販売されるほか、PlayStationの人気ゲームタイトルに関連した限定商品やアパレルコラボ(『グランツーリスモ』映画公開時のプロモグッズ等)もファン層を狙って企画されています(※) 。このようにコンテンツ成功→グッズ・イベント展開→収益拡大という循環を生み出すことで、IPあたりの収益機会を最大化しようとする戦略が伺えます。

(※具体的なコラボグッズの例:2023年公開の映画『グランツーリスモ』ではPSグッズの販促キャンペーンが行われるなど。)

決算・IR資料に見る企業価値・収益構造の変革

ソニーのエンタメ強化策は、同社の収益構造と企業価値にも大きな変化をもたらしています。事実、ゲーム・音楽・映画といったエンタテインメント事業は2023年度にグループ売上高の約6割(61%)を占めるまでに拡大し、2012年度の約30%から大幅に比重を高めました 。十時社長CEOも「近年、ソニーの経営の軸足はエンタテインメントに大きくシフトしてきた。その背景にはソニーのエンタメ事業の強みと成長力があり、人々の心を動かし世界を感動で満たすエンタテインメントの力に突き動かされてきた」と述べており 、エレクトロニクス中心だったソニーがクリエイティブコンテンツ中心へと軸足を移したことを明言しています。

さらに「ゲーム、音楽、映画など各カテゴリーでコンテンツを拡充し、事業横断のIP展開、コンテンツや音楽カタログ、アニメへの戦略的投資、クリエイションを支える革新的技術開発に注力してきた。これらの取り組みがソニーグループの変革に寄与し、好調な業績につながっている」とも語られ 、エンタメ分野への投資と技術融合が業績牽引の原動力になっていることが示唆されています。

こうした方針の下、ソニーグループ全体の業績も近年好調で、2025年3月期(2024年度)には売上高約12.9兆円・営業利益約1.4兆円という過去最高業績を達成しました(為替追い風やPS5・イメージセンサー好調の寄与) 。エンタメ事業は景気後退局面でも回復力が高いことがコロナ禍で証明されており、「継続して注力することで成長を目指す方針に変わりはない。長期ビジョン『Creative Entertainment Vision』の実現に注力することが今後のグループ経営方針の中核になる」と経営陣も語っています 。実際、金融子会社(ソニーフィナンシャル)のパーシャルスピンオフ準備を進める一方で、エンタメ3事業(ゲーム・音楽・映画)に経営資源を集中しグループシナジーを最大化する体制へと組織再編が行われました 。

2021年のグループアーキテクチャー再編以降、部門間シナジーは加速し、トップダウンで進めていたシナジー施策が強力なIPを起点にボトムアップで様々なプロジェクトとして発生するようになったと自己評価する声もあります 。たとえば2024年には、ソニーがKADOKAWAと資本業務提携(戦略的パートナーシップ)を締結しました 。ソニーは同社の筆頭株主となり、KADOKAWAが持つ豊富なIPを世界規模で実写映画やドラマに翻案していく計画を打ち出しています 。

映画分野ではハリウッドのストライキで一部大作の公開延期があり収益が伸び悩んだものの 、この提携によるIP強化で『スパイダーマン』『ジュマンジ』シリーズに続く新たな柱コンテンツ創出が期待されています。さらにゲーム分野ではPS5本体の普及拡大に伴いソフト売上やネットワーク収入が増加し、2024年Q3累計でゲーム分野売上高が前年同期比+16%の1兆6,823億円、営業利益も+37%の1,181億円と牽引役となりました 。音楽分野もストリーミング収入の伸びやコンサート事業拡大で営業利益974億円(+28%)と好調です 。一方で映画分野の営業利益はマーケティング費増や制作遅延の影響で340億円(-18%)にとどまりましたが 、上述の大型IP投資や提携によって中長期的な巻き返しを図る構えです。

総じて、決算説明やIR資料からは「エンタメ企業へと変貌したソニー」像が浮かび上がります。実際、ソニーは「エレクトロニクスの会社」から、ゲーム・音楽・映画にまたがる「エンターテインメントの巨人」へとトランスフォームしており 、市場からもその成長性が評価されています(2025年5月時点の株価は過去平均を上回り、時価総額は世界のエンタメ企業上位に位置 )。エンタメへの注力によって事業ポートフォリオの収益安定性が増し、ソニーの企業価値はIPとファンベースに支えられたクリエイティブ企業として再定義されつつあると言えるでしょう。

戦略的価値と中長期ビジョン

こうしたエンタメ領域強化策は、ソニーにとってどのような戦略的価値を持ち、どのような成果(中長期ビジョン)を目指しているのでしょうか。

第一に挙げられるのは、IP(知財)あたりのライフタイムバリュー最大化という価値です。ゲーム・映画・音楽・アニメといった異なる事業領域を横断してIPを多面的に展開することで、単一のヒット作からチケット収入・配信課金・グッズ販売・ライセンス料など複数の収益源を生み出すことができます。例えば、HBOで放映されたドラマ『ラスト・オブ・アス』の大成功は、原作ゲームの売上を放映毎に大きく押し上げました。

ソニー・インタラクティブエンタテインメントのジム・ライアンCEOも「ドラマの各エピソードが配信される度にゲームの売上が非常に明確に急増した」と投資家向け説明会で明かしており、これはソニーがエレクトロニクスメーカーからゲーム・音楽・映画をまたぐエンタメ企業へ変貌を遂げた後に、異なる事業ライン間で相乗効果を生み出した顕著なケースだと報じられています 。このように自社IPをクロスプラットフォームで展開しファンのエンゲージメントを深めることが、結果として各事業の売上増とIP価値の向上に直結する点にソニーの戦略的狙いがあります 。

第二に、テクノロジーとエンターテインメントの融合による新規市場創出というビジョンです。ソニーは長期ビジョン「Creative Entertainment Vision」を掲げ、今後10年のありたい姿として「創造性の解放」「境界を超えたつながり」「あらゆる場に広がる体験」という3つのテーマを示しています 。これはテクノロジーを活用して物理・バーチャル・時間といった次元の壁を越え、世界中のクリエイターの創造性を解き放つことを目指すものです 。同ビジョンの下、ソニーはグループ内外の多様な才能と事業のシナジーを追求し、場所やデバイスにとらわれない新しいエンタメ体験を創出しようとしています 。

具体的には、先述のLBE事業のように没入型の体験施設を世界各地に展開したり、車載向けのエンタメサービス開発(ホンダとのEV協業であるSony Honda Mobilityでの車内エンタメ提供など)にも取り組んでいます 。また、グループ共通のファンエンゲージメント・プラットフォーム構築も検討しており、ソニーの各種サービスのIDを統合することで、ゲーム・音楽・映像からLBEやモビリティに至るまでユーザー体験を連結しようとしています 。将来的にはこのプラットフォームをエンタメ業界全体で活用できる形にし、ソニー発のエコシステムでファンコミュニティを包括的に支える狙いです 。

最後に、中長期的な収益基盤とブランド価値の強化が目標として挙げられます。エンタメコンテンツとそれに付随するサービス(音楽の定額配信、ゲームの追加コンテンツ販売、ファンクラブやイベント収入など)は、ハードウェア販売よりも継続的で高マージンな収益を生みやすく、株式市場からも安定成長が期待されています 。実際、ソニーは次世代コンソールや半導体への先行投資を続けつつも、PlayStation Plusの加入者課金や音楽ストリーミング収入などサブスクリプション型ビジネスを拡大する方針です 。これにより経済環境の変動に強い収益構造への転換を図っています。

さらに、多角的なIP展開によってファンのソニーに対するブランドロイヤリティが高まれば、新規事業(例:テーマパーク参入や新デバイス発売)への展開時にも支持を得やすくなるというメリットがあります。ソニー経営陣は「人々の心を動かし世界を感動で満たす」というPurpose(存在意義)を掲げていますが 、エンタメ領域で世界的なヒットIPを数多く生み出し“感動を創る企業”としてブランド価値を高めること自体が中長期的な競争力につながると考えていると言えるでしょう 。

以上のように、ソニーの2024年以降のエンタメ強化策は、クロスメディア展開によるIP価値の最大化と、それを支える技術・プラットフォーム戦略を両輪としています。これらは短期的な業績拡大のみならず、中長期的にファンとの絆に支えられた持続的成長企業へとソニーを変革する試みです。エンターテインメントとテクノロジーの融合によって生み出される新たな体験価値こそ、ソニーが次なる10年で目指すゴールと言えるでしょう 。

参考文献・出典: ソニーグループ経営方針説明会資料(2024年5月) 、マイナビニュース (2024/05/24) 、マイナビニュース (2025/05/15) 、Branc決算記事 (2025/02/19) 、Reuters通信 (2023/05/24) ほか.

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