楽天AIが変える検索・広告・購買──EC事業者が知るべき「エージェント時代」の入口
2025年11月、楽天グループの決算説明会(【楽天グループ決算Q3/2025】)の中で、未来を語ったのがチーフAI & データオフィサー、ティン・ツァイ氏による「AI戦略」の発表だった。画面に登場したのは本人ではなく、AIアバター。楽天は決算説明のプレゼンテーションそのものをAI化しながら、「AIライゼーション(AI×全社変革)」という新たなテーマに踏み込んだ。
本稿では、EC事業者の視点で、「楽天がAIで何を変えようとしているのか」この一点に絞って読み解く。楽天市場、楽天モバイル、楽天トラベル、楽天証券──あらゆる領域でAIエージェントが導入され始めており、その本質は“検索・広告・購買”というECの根幹プロセスの再設計にある。
■1|楽天のAI戦略の核は「エージェント化」にある
ティン氏が繰り返し語ったのは、楽天が目指すのは“AIをサービスの横に置くことではなく、サービスの中枢に置くこと”だということだ。
従来のAI活用は、
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商品レコメンド
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検索候補の表示
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広告の最適化
・・・など、局所的な改善が中心だった。
しかし今回の発表で示されたのは、“ユーザーの意図を理解し、判断し、実行し、学習するAIエージェントを全サービスに配置する”という次の段階だ。
楽天のAIは、
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ユーザーの曖昧な検索
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購買まで進めない迷い
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商品比較や検討の負荷
をすべて吸収し、行動を加速させる役割 を担い始めている。
EC事業者から見れば、
「ユーザーが商品に辿り着くまでの“摩擦”が消えていく構造」
が進んでいると言える。
■2|曖昧な検索語から「明確な購買ニーズ」をつくる
今回発表された中で最も重要なスライドのひとつがこれだ。
●曖昧な検索をAIが“意図”に変換する
楽天市場で実際に多い検索はこうだ。
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「バッグが欲しい」
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「人気商品教えて」
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「母の日 なんかいいもの」
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「安いのに高見え」
これらは人間からすれば普通の検索だが、検索エンジンにとっては“曖昧すぎる”。楽天AIは、この曖昧なクエリに対し、
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追加質問でニーズを特定
「用途は?」「予算は?」などを自動で聞く
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複数の候補を整理して提案
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比較軸を提示
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気分・シチュエーションに応じた提案
を行う。
ユーザーは“迷っていた状態”から一気に“選べる状態”へ移る。EC事業者視点で言えば、
「検索してるのに購買に進めない層」=いわゆる“離脱ユーザー”を新たに購買へ転換する機能 であり、
購買率の底上げが進む可能性が高い。
■3|RPP(Rakuten Promotion Platform)が全店舗に導入。広告のゲームが変わる
ティン氏は「広告の最適化もAIが担う」とはっきり言及していた。11月1日付で、楽天市場の全店舗で RPPのAI化が完了。これはEC事業者にとって非常に大きい。RPPのAI版が最適化するのは:
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広告出稿のタイミング
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広告を出すチャネル
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入札価格
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在庫に応じた値付け
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リターン最大化の自動運転
つまり、
“広告運用の95%が自動化される”と言っていい。
これまでは「広告運用が得意な店が勝つ」という構造だった。
これからは「商品力×AI運用の相性」が勝負を決める。広告運用の“人的スキル差”が減少し、商品設計やクリエイティブに集中できる環境が整いつつある。
■4|楽天のAI利用量が1年で“17倍”。内部で起きていること
ティン氏が示したグラフでは、楽天グループ全体の“AIトークン利用量”が、2024年9月 → 2025年9月で 17倍 に増えていた。これは単なる技術利用ではなく、
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コーディング
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広告文作成
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お客様対応文面の生成
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企画資料作成
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楽天トラベルのAIホテル検索
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市場・モバイルでのAIエージェント導入
など、楽天社員の仕事そのものがAI化している ことを示す。
EC事業者から見れば、「楽天内部がAIで高速化されるほど、出店者への提供価値も早く進化する」という構造に繋がる。
■5|AIエージェントは“各サービスの中に常駐する”フェーズへ
楽天市場だけでなく、以下の領域でもAIエージェントが導入済みだ。
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楽天モバイルAIアシスタント
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楽天トラベルAIホテル探索
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楽天証券AIアナリスト
特に楽天証券の進展は興味深い。
・総合評価
・財務評価
・目標株価
・パフォーマンス分析
といった、一般ユーザーにとって“難易度の高い判断”をAIが肩代わりする。
検索 → 比較 → 判断 → 購買
という流れは、
ECだけでなく“投資”にもAIが入り始めている。
これは楽天の「AI×生活インフラ」戦略の強い示唆だ。
■6|HPとの提携が意味する“オンデバイスAI”の破壊力
最後のニュースとして発表されたのが、HPのPCに楽天AIを搭載する提携。
これは、単なるPC販売ではない。
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オフラインでも使えるLLM
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PC上で動作するエージェントAI
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楽天の各サービスと連動するAI
つまり、
“楽天エコシステムをPCの中に常駐させる” 試みだ。
ユーザーが
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家にいても
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オフィスにいても
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外出先でも
楽天AIが“生活のあらゆる場面で同行する”未来を描いている。
EC事業者から見れば、
ユーザーの購買意思決定が、スマホだけでなくPCのOSレベルでも楽天に接続される
という意味がある。
■7|まとめ:楽天のAI戦略は「店舗に何をもたらすのか」
EC事業者にとって、今回の発表の要点はこれに尽きる。
◆1. ユーザーの“曖昧な検索”が購買に変換される
→ 購買率が底上げされる
◆2. RPPの自動最適化で、広告運用のスキル差が縮小
→ 商品力・クリエイティブがより重要に
◆3. 楽天内部のAI活用が急増
→ 新機能の実装スピードが上がる
◆4. AIエージェントが市場・モバイル・トラベルに常駐
→ 楽天内サービス間の回遊が促進される
◆5. HPと組んだオンデバイスAI
→ 生活OSの中に楽天が“入り込む”可能性
楽天のAI戦略は、単に“効率化”ではない。
ユーザーの意思決定の前に立ち、行動を導く“入口”になろうとしている。
- EC事業者にとっては、商品設計・ブランドの一貫性・接客方針──人がやるべき“根源的な領域”への集中が、より重要になる時代が来る。AIが代わりに動いてくれるところはAIに任せ、人が担うべき「情緒・価値・世界観」に力を注ぐ。楽天のAI戦略は、まさにその未来を先取りしている。