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柳田織物100周年パーティーに寄せて—時代を超えた挑戦と未来への決意

2024年、柳田織物は創業100周年という大きな節目を迎えました。この記念すべき「柳田織物100周年パーティー」は、多くの関係者が集まり盛況のうちに開催され、長い歴史を振り返るとともに未来への決意を新たにする場となりました。ここでは、100年にわたる柳田織物の歩みと、現社長である柳田敏正さんが語った未来へのメッセージを紐解こうと思います。

1章:柳田織物100年の軌跡

創業者・柳田周蔵さんの挑戦とその後の戦後の復興

1924年(大正13年)、柳田周蔵さんが大阪で「柳田シャツ製造所」を設立し、柳田織物の歴史が幕を開けました。

栃木で生まれ、横浜の生糸問屋へ丁稚奉公して、その後、アパレルの中心地、大阪へ行ったのが始まりでした。驚きなのは、その後、1939年に縫製工場を作るにまで至ったこと。

KNIGHT印のシャツを製造・販売し、長男の正雄さんらが台湾や関東関西へ市場を拡大するなど、意欲的に事業を展開しました。しかし、第二次世界大戦中の軍需物資指定や経済統制により、一時廃業を余儀なくされるという厳しい時期を迎えます。

戦後、1951年(昭和26年)には二代目・柳田正雄さんが「柳田株式会社」を設立し、シャツ生地の卸売をおこない、生地商として再スタートを切りました。

ただ、北朝鮮への生地輸出が、軍需品を輸出しているのではないかと国から疑いを持たれ、告訴される事態へ。これにより事業継続が困難となり、解散を余儀なくされる。その後、1970年(昭和45年)には三代目・柳田宏さんが「柳田織物」を設立、代表取締役に就任。ここで、生地卸からシャツを作り、問屋へと卸す事業へと転換。

社名を「株式会社柳田織物」へ変更。とはいえ、その後、バブル崩壊に伴い、その卸先は小売店へと広げるに至ります。卸売業から製造業まで幅広い事業に対応する柔軟な経営で、業界の信頼を築いていくとともに、苦しい経営であったのも事実かもしれません。

そして、1999年(平成11年)、四代目となる柳田敏正さんが入社するわけです。

2章:柳田敏正さんの言葉と企業理念の変革

・100年を通過点として

まさに、パーティに集まる多くの人との接点が生まれたであろう、オンラインショップ「ozie」を開設したのが、2002年(平成14年)。ここで、Eコマース事業に進出したわけです。

彼らにとって大きかったのは、自社ECとしての個性を発揮できたこと。何もモールがダメだというのではなく、自分たちの立ち位置をそこで確認できたこと。この日、挨拶に立ったフューチャーショップの星野裕子さんも、それらをサポートして共に歩んできた戦友です。

柳田織物はフューチャーショップのサービスを2009年から利用しており、16年にわたるパートナーシップが築かれてきたことに感謝を示しました。星野さんは、柳田敏正さんの「長期視点」「顧客志向」「清々しい人柄」の3点を挙げ、これらが柳田織物の成長と信頼を支えていると称賛。

特に、敏正さんが早い段階からECの可能性に着目し、顧客中心の戦略を実践してきたことを「柳田織物の歴史の中でも革新的な1ページ」として強調しました。

それでも、パーティーで敏正さんは、「100年は通過点であり、これからが本当の挑戦だ」と語りました。ワイシャツ業界の変化に伴い、単なる製品提供だけでなく、顧客のライフスタイルそのものを変える提案が求められる時代に来ていると熱っぽく語ります。

・問屋業からEコマース一本へ—一大決断

思えば、敏正さんが代表に就任した頃、柳田織物は卸売り中心の経営を行っていました。しかし、リーマンショックや東日本大震災といった外部環境の激変の中、敏正さんは「今こそ会社の軸を根本から変えるべきだ」と考え、問屋業からの撤退を決断。Eコマースのお店「ozie」を唯一の事業基盤とする経営体制へ大きく舵を切ったのでした

この大胆な決断は、柳田織物にとって一大転換でした。これまでの卸売りから、直接顧客に向き合う「小売り」への完全シフトを果たし、時代の変化に柔軟に応える柳田織物の象徴的な瞬間となったのです。

・企業理念を「ワイシャツ」から「ビジネススタイル」へ

そして、次なるステージも見据えています。だからこその「通過点」という言葉に繋がります。

敏正さんは、ワイシャツに特化してきた柳田織物の企業理念を「自由で快適なビジネススタイルの提案を通じて、ライフスタイルの変革・改善に貢献します」と再定義しました。多様化するビジネスシーンに対応し、顧客が快適に働ける環境をサポートするという新たな挑戦を掲げたのです。

そして、敏正さんは少数精鋭のスタッフへの感謝を述べ、顧客第一主義のもと、社員全員と共に未来を創る決意を語りました。100年の歴史に甘んじることなく、顧客の声を形にし、新しい価値を提供する姿勢を改めて示した格好です。

3章:企業の歴史は知恵と工夫の跡

改めて、柳田織物の100年の歴史は、時代ごとに知恵と工夫を重ね、柔軟に変化を遂げてきた歩みそのものです。そして、現社長である柳田敏正さんも、ネット通販との出会いを通じて、会社の中身を大きく変えました。その時代ごとの挑戦が、柳田織物を支え続けているのです。

僕は思います。「会社というものは、通り一辺倒では成り立たない」。時代ごとに新しい知恵と工夫を積み重ねてこそ、次の未来を切り開けるのだと。代々、変わることで守り続けてきた柳田イズムは、今の敏正さんにもしっかり、受け継がれ、さらに意気揚々と、突き進みます。

柳田織物の100周年、本当におめでとうございます。そして、ヤンヤンさん、本当におめでとうございます!このパーティに誘ってくれて嬉しかった。だからこそ、心からのリスペクトとお祝いの言葉をこの記事に変えて。

今日はこの辺で。

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