なぜ売上は伸びなくなったのか──“通販理論2.0”が導く、本質的な事業成長の方程式 講演ルポ
「なぜ、売上が伸びなくなったのか?」この問いを、あなたの会社も一度は抱いたことがあるだろう。広告を打ち、新規顧客を獲得しても、期待した成果が出ない。レスポンス率を上げても、数字に跳ね返らない──。やずやの元副社長であり、今はCRM研究家として活動する西野博道さんが語るのは、この違和感の正体を突き詰めた先にある“通販理論2.0”である。
本記事は、2025年春に開催された「イーコマースフェア」にて、CRM研究家の西野博道氏が登壇した講演内容をもとに構成したものである。これまでの常識が通用しづらくなったEC・通販業界の中で、顧客の本質を見つめ直すヒントが詰まっている。
新規顧客が増えても、売上は伸びない?
従来のマーケティングは「新規獲得」「LTV向上」「レスポンス率向上」がセオリーだった。
だが今、現場ではその通りにやってもうまくいかないケースが急増している。たとえば、ある会社では新規顧客を増やしたのに、売上が減少していった。別の会社では、DMやメルマガのレスポンスが上がっているにも関わらず、やはり売上は下降線をたどった。年間LTVが伸びているにもかかわらず売上が落ちているケースさえある。
なぜこんなことが起きるのか。西野さんは「私たちは反応してくれる5%の顧客ばかりを見ていた」と断言する。広告や販促施策は、すべて“反応してくれる顧客”を前提に設計されており、実に95%の「無反応な顧客」の存在と行動を見逃してきた。
つまり、多くの企業が見ていたのは、「売上を生んでくれる一部の顧客の一瞬」であり、「顧客全体の継続的な関係」ではなかったのだ。
真に売上と連動する指標「稼働顧客数」
西野さんが250社以上のデータを調査して導き出したのが、「売上と唯一連動するKPIは“稼働顧客数”である」という事実だ。
稼働顧客とは、「直近1年以内に1回でも購買行動を取った顧客」を指す。この数が増えれば売上は増える。減れば売上も減る。単純だが、見落とされがちな本質である。
さらに、稼働顧客は3つの層から成り立つ。
- – 継続客(=維持顧客):前年に続いて今年も購入した顧客。これを「顧客維持率」で測定し、前年比での購入継続があった割合を確認する。
- – 復活客:一度離脱したが、2年以上前の購入履歴があり、今年再び購買行動を示した顧客。これを「顧客復活率」として数値化する。
- – 新規客:今年初めて購入した顧客。ここからどれだけ「F2転換(2回目以降の購買)」につなげられるかが重要な指標となる。
この3層をそれぞれ週単位で追いかけ、前年比較していくことで、どの週のどの施策が効いていたか、あるいは悪影響を与えたかを分析できる。
稼働顧客と顧客との関係性で特定する
この3層の変動を週単位で追い、前年同週と比較することで、施策のタイミングと効果の関連性が明らかになる。
また、稼働顧客の関係性の深さに応じて、次の5段階に分類される。
- – 初回客:1回だけ購入した顧客
- – よちよち客:2回購入した顧客
- – コツコツ客:3〜6回購入した顧客
- – 定着客:7〜14回購入した顧客
- – 優良客:15回以上購入した顧客
この分類により、施策の“接し方”が明確になる。
恋愛にたとえるなら、初対面でいきなり告白するのではなく、相手との距離感に応じたアプローチが必要ということ。個別最適ではなく、タイプごとの対応に落とし込むことで、施策の共通化と実行効率も高まる。
つまり、減少傾向が見られるところは、個々の接し方を見直すことで、全体最適になるわけだ。
バケツ理論──漏れる顧客と戻す仕組み
そう考えると、目先の売上ばかり見ていると、先々の売上を落とすことになる。そのくらいセンシティブなものなのだ。だから、講演で彼は強調した。
売上を水位とするなら、稼働顧客は水源。
バケツに水を注ぐように、新規顧客を獲得しても、底に穴(顧客維持率が低い状態)が開いていれば、水は漏れ続ける。これは「維持率が低い」状態のたとえだ。
このバケツ理論では、もう一つ重要な構造がある。それが“受け皿”と“ポンプ”の存在だ。受け皿は一度離脱した顧客を受け止める仕組み、ポンプはその顧客を再びバケツに戻す「復活施策」のことを指す。
つまり、新規顧客を獲得することばかりに注力せず、維持率と復活率の向上こそが、稼働顧客を増やし、売上を安定させる鍵となる。
なぜなら、先ほどの恋愛に例えれば、一度は好きになった人だから。
「カスタマーサクセスKPI」が導く5年後の姿
不思議な話、こうした稼働顧客の動きを1年単位で追い、数値を積み上げていくことで、西野氏は“5年後の資産”までも予測できると断言する。
それが「カスタマーサクセスKPI」である。これは、初回顧客数に対して、各段階での維持率・復活率・LTVをかけ合わせることで、5年後に残る優良顧客数と売上を数値化する指標だ。
ここで、先ほど、5つのタイプに分けた意味が出てくる。この5つは関係性の深さで分けている。だから、それらは一つの連なりとなって、(よちよちはコツコツへ、、、という具合に)顧客の成長を示す。また、それぞれに維持率・復活率・LTVが存在するのだから、最終的に優良顧客までたどり着くのは何名かが予測できる。
たとえば、F2転換率が50%、維持率が20%、復活率が11.1%という具合に、初回顧客1万人から始めて、5つの顧客の維持率、復活率を計算して、人数を当てはめると、5年後に516人の優良顧客が残るという具合。今の獲得した顧客がどれだけ【生き残る】のか。これに年間LTVをかければ、未来の売上資産だって、具体的に見えてくる。
参考:顧客の離脱の予兆に気づく「通販理論2.0」通販以外にも通用する「100億PDCAマニュアル」
西野氏は、これを「未来に対する仮説と検証ができる数字」だと語る。つまり、CRM施策の良し悪しを検証し、経営判断に活かせる“未来予測装置”なのである。
ファン化の鍵は「レターメッセージ」
では、顧客の維持や復活を高めるにはどうすればいいのか。そこで語られたのが「売り込むのではなく、信頼を届ける」アプローチだ。
西野氏は“人の心を動かすのは、人”だと言う。顧客の中に信頼や共感を育てるのが、本来のCRMの意味だ。たとえば、DMに同封するレターメッセージで、「あなたに売りたいのではなく、あなたに伝えたいことがある」という温度を伝える。これが顧客のファン化につながる。
レターはお店に例えると「店員」のような存在。パンフレット(陳列棚)やチラシ(レジ)だけでなく、店員の“人柄”が購買を左右するという。
実際にこの手法を取り入れた企業では、アパレル業界で定期購買の仕組みがないにも関わらず、売上が10倍に伸びた。単なるセールスチラシが、顧客と心を通わせる“きっかけ”に変わったのだ。
売上とは「稼働顧客の数」で決まる
「マーケティングとは、セールスを不要にすること」。ドラッカーの言葉を引きつつ、西野氏はこう締めくくる。
“稼働顧客数”というシンプルな指標を中心に、維持・復活・ファン化のサイクルをどう回すか。これが、これからのECだけでなく、すべてのビジネスに求められる「通販理論2.0」なのである。
つまり、その本質は、
掴もうとしても掴めない──。
離脱は今に始まったことではなく、もうずっと前にそのきっかけが生まれている。だから、顧客維持率で変化の予兆を掴まなければならない。顧客の離脱は一光年先の星。これがCRMの真実だ。だからこそ、その変化を見逃さず、先回りするために、今こそ数字の本質と向き合うべき時が来ている。
今日はこの辺で。