インターネットの“続き”は社会構造の刷新だった──楽天が描くAI連携社会の未来像
「AIが生活を変える」。そんな言葉を耳にするようになって久しいが、私たちは本当にその変化の本質を理解できているだろうか。2025年夏、楽天が開催したイベント「Rakuten AI Optimism」で、慶應義塾大学・村井純特別教授と、楽天グループの黒住昭仁CIO/CTOが登壇した。両者が語ったのは、単なる技術革新ではなく、社会の“構造”そのものを変えていく壮大なビジョンだった。
そのキーワードは、「AI」「インターネット」「データ連携」、そして「日本の役割」だ。
1|縦割り社会を打ち崩す「横のつながり」という思想
村井氏が指摘したのは、現在の日本社会が抱える“データの縦割り構造”である。携帯キャリアは移動情報、病院は診療記録、物流業者は配送履歴──それぞれが専門的に管理している情報は、閉じたままで相互に連携されることが少ない。
これはまさに「インターネット以前」の構造である。村井氏はこう語る。
「インターネットの本質は“共通基盤”によって、異なるシステム同士をつなぐことにある。にもかかわらず、社会の中の情報システムは縦割りのまま。これを“横”につなげて初めて、AIが社会全体を理解し、価値ある提案ができるようになるのです」
2|楽天が挑む“サービス横断型AI”構想
この課題に真正面から挑んでいるのが、楽天グループだ。黒住氏は、楽天がすでに約70以上のサービスを展開しており、そこに横断的にAIを適用しはじめていると説明する。
楽天市場・楽天カード・楽天モバイル・楽天トラベル・楽天銀行──それぞれが個別に展開されてきたこれらのサービスは、今や楽天IDを通じて統合的な利用が進んでいる。これにAIが介在することで、「楽天という一つの知能体(エージェント)」がユーザーに寄り添う未来が見えてくる。
「例えば、旅行を予約したタイミングで、適切な決済方法や通信プラン、現地配送の最適化などをAIが自動で提示する。これはもはや“便利なサービス”ではなく、“生活の共同行為者”になるような存在です」(黒住氏)
3|インテリジェント・ゲートウェイという思想
楽天が取り組む技術の肝は「インテリジェント・ゲートウェイ」という考え方にある。これは、異なる業務システムやサービスAPIをAIが仲介し、ユーザーが意識することなく、裏側でデータが安全に連携・活用される仕組みだ。
黒住氏は、「すでに世の中には数多くのAIモデルやサービスが存在しているが、利用者がそれらを“選んで”“使いこなす”必要がある。これではAIが人を補助しているとは言えない」と強調。そのためには、バックエンドでの知能的な結び目(=ゲートウェイ)の存在が不可欠なのだという。
4|AIが社会課題の“調整役”になる
村井氏が挙げた具体例の一つが「医療×交通×公共サービス」の連携だ。
たとえば病院の予約情報とタクシー配車情報が連携されていれば、高齢者の通院サポートが格段にスムーズになる。さらに、診察の終了予定時間にあわせて次の予定や配送の受け取り時間を自動調整する──そんな未来が実現できれば、「人間がシステムに合わせる」のではなく、「システムが人に合わせて動く」社会へと転換できる。
5|法律と倫理を含めた「信頼できる流通設計」
ただし、そのような未来を描くには「テクノロジー」だけでは足りない。
講演の中で何度も語られたのが、「データの流通に対する社会的合意形成」である。2025年は個人情報保護法の改正の年でもあり、AIにおける情報活用は「プライバシーを守りつつ、どう活用の許可を得るか」という点が問われている。
「日本は“慎重であるがゆえの強み”を持っています。だからこそ、“信頼されるAI活用の先進国”として世界をリードする可能性がある」(村井氏)
6|分散エネルギーとAIの融合で“自律的な街”へ
話はAIとデータだけにとどまらない。村井氏はさらに、再生可能エネルギーと計算資源の分散にも言及した。
近年の住宅にはソーラーパネルが標準搭載され、電気自動車や家庭用蓄電池が日常化してきた。これらがネットワークとAIによって連携されれば、街単位で“最適なエネルギーの循環”が起こる。
こうした社会では、AIは単なるサービス提供者ではなく、“自治体のオペレーティングシステム”のような存在になる可能性を秘めている。
7|“日本らしさ”が世界のモデルになる可能性
両者が何度も強調したのは、「AIをどう使うか」ではなく、「どのような社会をつくるために使うのか」という視点だ。
楽天が持つ“オープンかつエコシステム的な発想”と、村井氏が描く“共通知能社会”は、極めて相性が良い。そしてそのベースには、日本人が持つ倫理観や共助意識、空気を読む文化的な資質がある。
「“私たち”で作るAI社会──それが日本の役割であり、世界が日本に期待するモデルなのかもしれません」(村井氏)
まとめ:楽天という“知能の実験場”から始まる未来
Rakuten AI Optimismは、単なる技術展示会ではなかった。そこには、インターネットの生みの親と、ECから金融、通信までを手がける企業のトップが交わした、“社会のOSを作り替える”対話があった。
その対話が問いかけているのは、「あなたはAIに何をさせたいのか」ではなく、「AIと共に、どんな社会を生きていきたいのか」だ。