「女性の声は価値になる」──創業者・日野さんが語ったHERSTORY 35年の思想と実践
この日、僕は、HERSTORY35周年イベントに向かった。そこで語られた、HERSTORYの35年は、ひとつの企業の歩みではなく、「女性の声は価値になる」という理念がどのように実践され、社会へ浸透してきたかを示す物語である。創業者・日野さんが話したのは、生活者としてのリアルな声を拾い上げ、それを企業活動や社会の意思決定にまで届く“価値”へと変えてきたプロセスだった。
その出発点は、広島の小さなワンルームマンション。働く母たちが助け合い、子どもを預け合い、自分たちの暮らしを自分たちの手で作り直した、ささやかな社会実験だった。そこから、女性の生活実感をレポートとして届ける仕組みが生まれ、さらに「女性の明日大賞」によって社会への発信機能へと拡張されていく。
35年の歳月を通じてHERSTORYが示してきたのは、“声なき声”に光を当てることこそ社会を前に進める力であるという事実。その思想と実践の軌跡を、ここにたどる。
1|“女性の声は価値になる”──理念が生まれた瞬間
35年という長い年月のあいだ、HERSTORYは一貫して「女性の声を価値に変える」活動を続けてきた。日野さんがステージで語った冒頭の挨拶には、単なる周年イベントでは済まない“積み重ねてきた重さ”が宿っていた。
会場には創業当初から関わってきた社員、20年以上のクライアント、そして今日初めてHERSTORYに触れる人まで、多様な人々が集っていた。それぞれが異なる時間軸でHERSTORYと関わりながらも、共通して存在するのは「女性の声に耳を澄ませる」という一点である。
日野さんが、なぜ“声”にこだわるのか。それは、ビジネスの世界で女性が「顧客としてのデータ」以上の扱いを受けてこなかった現実を見つめてきたからだ。数値化されない感情、言語化されない生活者の負担、そして小さな違和感──そうした“声にならない声”こそ社会を変える可能性を秘めている。HERSTORYの35年は、その可能性をひとつずつ拾い上げ、形にし、企業や社会へ伝えてきた実践の歴史である。
2|娘の手術がもたらした気づきと、創業の決意
HERSTORY創業の核となったのは、日野さん自身の個人的な体験だった。
大学生の長女が婦人科系の大きな手術を受けたとき、日野さんは女性の身体が抱える宿命を、母親としてだけでなく“一人の生活者として”まざまざと突きつけられた。女性はライフステージの変化によって働き方も生き方も大きく左右される。だが社会の仕組みは、そうした変化を前提に作られていない。その事実に改めて気づかされたのだ。
この経験を経て日野さんは確信する。
「女性の人生そのものに寄り添う会社をつくる」──その思いは、当時勤めていた広告代理店の枠を超えて膨らんでいった。しかし夫に事業構想を語った際に返ってきたのは、「女性の声に価値があると思うのか」という問い。
時代背景を考えれば自然な反応かもしれないが、日野さんにとってはむしろ反証だった。社会はまだ気づいていないだけで、女性の声の奥にある“生活者の真実”こそ、未来の価値になる。HERSTORYは、その価値を見抜いた人間によって始まった。
3|ワンルームから始まった“助け合いの家”という社会実験
HERSTORYの原点は、華々しいスタートアップオフィスではなく、広島の小さなワンルームマンションだった。
そこに集まったのは、仕事と子育ての両立に悩む母たち。当時の社会には、母親がキャリアを維持しながら子育てを続けられるインフラはほとんどなかった。働きたいのに働けない、迎えの時間が仕事を制限する──そうした“見えない壁”を前に、母たちは皆同じ苦しみを抱えていた。
だからこそ日野さんが作った戸建ての「助け合いの家」は、単なる職場ではなく“生活を共有するコミュニティ”だった。母同士が交代で保育園に子どもを迎えに行き、家に連れ帰ってご飯を食べさせ、風呂に入れ、互いの子どもをともに育てる。
いわば“小さな社会”が機能していた。当時としては珍しい働き方だが、この実験はひとつの真理を示した。「助け合いという仕組みがあれば、女性はもっと自由に働ける」。この実感が、後のHERSTORYの理念と事業開発の基盤となっていく。
4|小さな実践が事業になる──見落とされてきた価値の発掘
助け合いのコミュニティの中から自然発生的に生まれたのが、子ども服の交換活動だった。「まだ着られる服を誰かに使ってほしい」という思いから始まったこの取り組みは、家計を助けるだけでなく、母たちの心理的負担を軽くし、支え合いの輪を広げる役割を果たした。やがてそれが店頭での子ども服販売へとつながり、小さな活動が事業へと進化していく。
特筆すべきは、その現場にいた当時のスタッフが、長い年月を経て関連会社の社長となり事業を牽引していることだ。HERSTORYの事業は、トップダウンで作られたものではなく“生活者の声”から立ち上がったものばかりだ。
だから共感の力が強く、人が育つ。そして日野さん自身も語っている通り、HERSTORYが価値にしてきたのは、社会の中で見落とされてきた無数の“小さな声”。それを可視化し、仕組みにしてきたことこそが、HERSTORYの独自性である。
5|女性インサイト総研へ。声をレポートにし、企業を動かす仕組み
HERSTORYは創業当初から「女性の声をレポートにして届ける」という事業を行ってきた。かつてはコピー機で紙を刷り、一通一通郵送していたという。効率とはほど遠いが、その行為は“声を社会に橋渡しする”という哲学の実践そのものだった。
現在はデジタル化が進み「女性インサイト総研」としてAI・生活動向など幅広いテーマを扱うようになった。しかし、その根底にあるのは今も変わらない。
女性が日常生活の中で感じている違和感や欲求、まだ言語化されていない兆しを抜き出し、それを企業が気づける形に翻訳する──その役割をHERSTORYが担ってきた。
企業が求めるのはデータではなく、“生活者のリアル”である。HERSTORYのレポートが支持され続けるのは、数字の裏にある感情やストーリーまで含めて伝えてきたからだ。レポート事業は、HERSTORYが社会を動かすために持つ、最も精度の高いレンズである。
6|女性の明日大賞が示す未来──HERSTORYの社会的役割
HERSTORYは「女性のあした大賞」を通じて、女性視点で社会価値を生み出す企業を表彰してきた。この賞がユニークなのは、取引先であるかどうかを問わない点だ。彼女たちが評価するのは、収益や規模ではなく“女性の声を社会に生かしているか”という基準である。この姿勢は、HERSTORYが思想に忠実である証でもある。
2016年にはベアーズの髙橋ゆきさんが受賞し、今年の受賞企業も会場の最前列に座っていた。日野さんは、受賞者たちが自分たちの事業の意義を再確認し、次の挑戦につなげていく姿を見てきた。受賞する企業が増えるたび、社会の中で“女性の声を真ん中に置く”という価値観が広がっている証でもある。
HERSTORYの存在意義は、「声に光を当てる側」であり続けること。日野さんの最後の言葉──
「今日の出会いが、皆さまの事業の発展につながれば嬉しい」
この一言には、HERSTORYが35年間貫いてきた“社会の伴走者”としての姿勢が凝縮されていた。
“声が価値になる”その先にある実践例
HERSTORYが35年かけて築いてきた価値観──“女性の声は社会を動かす”。この思想は、今回のプレゼンだけで完結するものではなく、実際に多くの女性たちがそれを体現し、次の物語を紡いでいる。
その象徴的な存在が、家事代行の未開拓市場を“暮らしのインフラ”へと変え続ける ベアーズ副社長・髙橋ゆきさん だ。彼女が語った「愛と経済」の思想は、HERSTORYが掲げてきた価値観と深く共鳴する。
👉 髙橋ゆきさんの言葉に触れる
https://145magazine.jp/goodsnews/2025/12/yuki-takahashi-love-and-economy/
さらに、HERSTORYが社会へ発信し続けてきたもう一つの実践が「女性のあした大賞」。
女性視点の価値を可視化し、企業が次の一歩を踏み出すための“社会へのメッセージ”として続けられている。
👉 Women Award 2025 授賞式レポートはこちら
https://145magazine.jp/goodsnews/2025/12/women-award-2025-lifestyle-voice/
HERSTORYの思想は、一人の女性のストーリーから広がり、やがて社会の意思決定へと影響を与えていく。
その連鎖にこそ、“声が価値になる”未来がある。
今日はこの辺で。