過去最高売上も減益の現実──アダストリア2025年2月期決算から読み解く変革の兆し
ファッション業界の先端を走り続けるアダストリアが、2025年2月期の通期決算を発表した。連結売上高は過去最高を記録する一方、営業利益や純利益は減少し、外部環境の影響を大きく受けた年でもあった。そんな中、同社は2030年を見据えた新たな中期経営計画を策定し、第5の“チェンジ”に乗り出している。本記事では、決算説明会資料をベースに、数字から見える現実と、次なる挑戦に向けた布石を丁寧に読み解いていく。
過去最高の売上も、利益は軒並み減少──2025年2月期決算の概要
アダストリアは2025年2月期において、連結売上高2,931億円を達成し、過去最高を更新した。
これは前年同期比106.4%に相当し、堅調な国内需要やインバウンド回復の恩恵を受けた結果でもある。とくに上期は、春夏のファッション商材が天候に恵まれ、販売戦略が功を奏して好調に推移した。
しかし、その裏で利益面には厳しい現実があった。営業利益は155億円(前年同期比86.1%)、経常利益は159億円(同86.8%)、そして親会社株主に帰属する当期純利益は96億円(同71.1%)と、すべてが減益となった。
売上総利益率も0.6ポイント低下し、54.7%に。要因としては、秋冬商戦における在庫不足、円安による仕入れコストの上昇、人件費や設備費の上昇など、複合的なコスト要因が利益を圧迫した。
また、販管費は前年から10億円以上増加し、売上比率でも49.4%(前年比+0.7ポイント)に達した。人件費については、2期連続で6%の処遇改善を行い、加えて飲食事業などで人員が増えたことが影響している。全体としては売上成長の恩恵を受けつつも、利益構造の脆弱さが露呈した決算と言える。
躍進する国内子会社、苦戦する海外──事業別の明暗
国内市場においては、主要子会社である「エレメントルール」と「BUZZWIT」が堅調なパフォーマンスを発揮した。「エレメントルール」は主力ブランドの復調により売上高が前年対比112.8%と大きく伸長。
さらにEC専業の「BUZZWIT」は上期こそ苦戦したものの、下期には主力ブランドの立て直しが奏功し、回復基調に入った。
ブランド別で最も注目すべきは「レプシィム」で、店舗数は前年と同数ながら売上高は112.5%に成長。トレンド性を取り入れた商品展開や、STAFF BOARDによるスタッフ主導のプロデュース商品が新規顧客層の獲得に貢献し、ECにおける販売戦略の改善も大きな推進力となった。
一方、海外事業は苦戦を強いられた。売上は前期比104.9%の245億円と一見すると増収だが、営業利益は前年の11億円からわずか5億円へと半減。特に米国市場では、卸売事業が年間を通して不振に陥り、大幅な減収減益に。香港は出店で売上は増えたものの、減価償却費の増加で利益は減少。中国本土は消費マインドの軟調により減収したが、ECの強化で赤字幅は縮小した。唯一、台湾ではブランド拡大とマルチブランド戦略により、売上・利益ともに順調な伸びを見せた。
and ST、会員数1,970万人突破──EC・会員戦略の強化
アダストリアが進めるデジタル戦略の中核を担うのが、会員制ポイントプラットフォーム「and ST」である。2025年2月末時点で会員数は前期比+220万人の1,970万人に達し、間もなく2,000万人の大台が見えてきた。さらに、うち750万人がアクティブ会員として継続的に利用しており、同社は今後このアクティブ数をKPIとして重視していく。
国内EC売上は前期比105.7%の728億円となり、全売上に占める構成比は28.4%と高水準を維持。自社ECはそのうち14.9%で、and STの影響力が着実に拡大していることがわかる。また、and STのオープン化によって、他社ブランドとの連携が加速。第4四半期には27ブランドが参画し、わずか3ヶ月で流通総額は5億円にまで成長した。
加えて、ECサイトのブランド名変更(ドットエスティからアンドエスティへ)など、ユーザー体験の再設計にも取り組んでいる。これは単なるECの強化にとどまらず、店舗・ECを横断したOMO戦略の推進でもあり、次世代の収益基盤としての成熟が期待されている。
米国事業からの撤退──東南アジアへリソース再配分
同社が海外事業において下した大きな決断が、米国事業からの撤退だ。2017年に始まったアメリカでの挑戦は、Velvet社を軸に卸売からEC小売までを展開してきたが、景気の不透明さや収益性の低下が続いた。結果として、Adastria USAを清算し、Velvet社の売却交渉を進める判断が下された。
2025年2月期においては、米国事業によって計17億円の損失(繰延税金資産の取り崩し13億円、商標権の減損4億円)が発生。しかし、清算に伴い連結ベースで12億円の利益が計上され、業績への純粋な影響は約5億円に抑えられた。
その分、東南アジアでの展開に注力する構えだ。タイ・フィリピンでは新規出店が続いており、フィリピンでは1号店が好調なスタートを切った。中国大陸では新たに複合型店舗「and STORE」を上海に出店し、IPコラボレーションや社外ブランドを巻き込んだ編集型ショップが話題となっている。今後の海外戦略は「選択と集中」のフェーズに入り、堅実な市場での成長が期待される。
2030年へ「第5のチェンジ」──構造改革と未来への布石
アダストリアは2025年2月期をもって、中期経営計画の最終年と位置づけていたが、市場環境の大きな変化を踏まえ、新たに2030年度を最終年度とする中期計画をスタートさせた。
キーワードは“第5のチェンジ”。新たな時代に対応するべく、企業全体の方向性を見直している。
その象徴が、伊藤忠商事との合弁による老舗アウトドアブランド「カリマー」の取得である。アウトドア市場はファッションと機能性を兼ね備える成長市場であり、アダストリアにとっては未開拓の領域。今回のM&Aにより、タウンユース向けのアウトドアアイテム開発にも着手し、カテゴリーの幅を大きく広げることになる。
2026年2月期の業績予想も強気だ。売上高は3,050億円(同104.1%)、営業利益は190億円(同122.5%)、当期純利益は124億円(同129.0%)と、二桁の増益を見込んでいる。
投資面では、店舗開発70億円、システム投資36億円、海外投資19億円と、合計146億円を予定している。さらに配当方針も堅持し、年間90円を維持するとともに、新たにDOE(自己資本利益配分率)4.5%以上という安定性指標も導入した。
未来志向ー変わり続ける意志
2025年2月期はアダストリアにとって、成果と課題が入り混じる一年だった。
しかし、業績の数字だけでその真価は測れない。ブランド改革、会員戦略、海外撤退と集中投資──それら一つひとつに、企業としての未来志向が込められている。「第5のチェンジ」とは、単なる成長ではなく、“変わり続ける意志”の表れである。アダストリアの次なる物語は、すでに始まっている。