“ささげ”の壁を超えて──AIが変えるファッション表現と企業の新たな挑戦
ECの世界では、採寸・撮影・原稿作成を総称する「ささげ」業務が欠かせない。だが、この領域は人手と時間に大きく依存し、商品数が多くなるほど業務量も膨れ上がってきた。しかし、今、その構図が大きく変わろうとしている。ファッションワールド東京のセミナーで語られたのは、AIによって“ささげ”が劇的に進化し、人の手を介さずとも豊かな表現が可能になる未来だ。感じるところが色々あった。登壇したのは、株式会社DeepValleyの深谷玲人氏、三越伊勢丹の石井健二氏、AI model株式会社の谷口大季氏。それぞれの立場から見たAI活用の可能性と、そこから企業が考えるべき“表現”の本質について探っていみたい。
人的リソースの限界をAIが突破する──ささげ革命の始まり
ファッション×テクノロジーをテーマに活動するDeepValley代表の深谷玲人氏。彼は元アパレル業界出身で、現在はAIやDXを通じて業界の課題解決に取り組む。
深谷氏が強調したのは、アパレル業界が元々「人手不足」「少量多品種」「サプライチェーンの複雑化」など多くの課題を抱えていたという事実だ。そこにAIが加わることで、「デジタルによる再構築」が進んでいるという。たとえば、パターン作成やMD計画をAIが支援することで、業務効率化だけでなく、経営判断の質も向上する。中でも注目されたのが、“ささげ”業務へのAIの導入だ。
AIモデルが拓く、無限のビジュアル展開とブランディングの未来
それを受けて、次に話し始めたのが、AI model株式会社の谷口大季氏。彼が紹介したのは、自社開発のAI技術を使って生成されるファッションモデルの数々。トルソーに商品を着せれば、あとはAIがモデルを自動生成し、背景まで含めてLOOKBOOKやカタログに使える高精度な画像が瞬時に完成する。
驚くべきはそのバリエーションなのだ。新生児からシニアまで、あらゆる年代・体型・人種のモデルがAIで生成できる。さらには企業ごとに“専属AIモデル”を持つ事例も増えており、名前と背景ストーリーをつけてSNSで展開することで、ブランドの世界観を構築するという戦略も可能にしている。
谷口氏によれば、撮影コストは7〜8割削減され、制作スピードも飛躍的に短縮。生成された画像の9割近くは修正不要な品質を実現しており、テレビCMや屋外広告にも対応できるという。
百貨店も挑戦──伊勢丹三越がAIに託した“着用感”の再現
この技術を先進的に導入しているのが、株式会社三越伊勢丹の石井健二氏だ。彼は、百貨店が保守的とされる中でも、AIの可能性を信じ、導入に踏み切った立役者である。
「百貨店は、モデルのネクタイひとつ曲がっているだけでクレームが来るほど、信頼への配慮が求められる世界です」と語る石井氏。そのため導入に際しては、「三世代誰が見ても安心できるAIモデルの実現」が最大の課題だった。
しかし、実際に導入してみると、顧客からのクレームはゼロ。着用感のリアリティは十分に再現され、むしろ従業員やブランド担当者の声を取り入れて随時アップデートできる点も好評だという。特に百貨店特有の複雑なサプライチェーンにおいて、従来は物理的制約で難しかった統一ビジュアルの展開も、AIによって可能となった。
AIによって“数”がこなせる時代に、企業は“何を伝えるか”が問われる
これまで「人的リソース」によって制限されていたささげ業務。それがAIによって大幅に軽減されることで、企業は今後「数」を容易にこなせるようになる。では、その先に問われるのは何か? それは、「どんなビジュアルを、どんな世界観で、誰に伝えるか」という“表現”の本質だ。
谷口氏の言葉を借りれば、AIは「ブランドの表現力を補完するもの」。だが、それを“武器”として使いこなすには、企業側の覚悟やビジョンが必要となる。伊勢丹三越のように、AIモデルにストーリー性やリアリティを持たせる工夫があってこそ、AIの力が活きるのだ。
AIは確かに「誰でも、どこでも、何度でも」理想的なビジュアルを作れる。しかし、それを“どう活用するか”は、企業やブランドの“意図”にかかっている。これからは、見せ方や伝え方そのものが、企業のアイデンティティを決める時代に入るのだ。
つまり、AIによって「できること」が増えた今、企業には「何を表現するか」が強く問われている。人的制約が取り払われた先にあるのは、誰でもない“自分たち”の表現だ。このセミナーは、AIを活用する時代における“本質的なクリエイティブ”を考えるきっかけとなった様に思う。