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売り場はもうサイトにない|Shopifyが示したECの転換点

導入|なぜ今、ECの話を「売り場」から始めてはいけないのか

 ECの話をするとき、私たちは無意識に「売り場」を思い浮かべてきた。トップページがあり、商品一覧があり、商品ページがあり、カートがある。どんなデザインにするか、どんな導線を引くか。

 ECとは、その“場所”をどう設計するかの技術だった。けれど今、その前提が静かに崩れ始めている。人は、商品を見る前に答えをつくってしまうようになった。検索結果を並べて比較する前に、誰かに相談する。

 しかも、その相手は必ずしも人間ではない。AIとの会話の中で、自分が何に困っていて、何を避けたくて、何を大切にしたいのかを整理する。そうして、方向性が固まった状態で、ようやく商品にたどり着く。

 この変化は、売り方の工夫では追いつかない。

 なぜなら、人が向き合っている「情報の形」そのものが変わってしまったからだ。先日、発表された Shopify の一連のアップデートは、新機能の追加というより、こうした変化を前提にECの構造そのものを組み替え直す試みに見える。

 この記事では、機能を一つずつ解説するのではなく、「なぜ、そうせざるを得なかったのか」という問いから、Shopifyのアップデートを一本の物語として読み解いていきたい。

人はもう「商品」を探していない

──すべての始まりは、顧客側の変化だった

 まず起きたのは、顧客側の変化だ。かつての買い物は、欲しい商品がある程度わかってから始まっていた。だから検索するし、一覧を見るし、比較もする。ECはその行動を前提に設計されてきた。

 しかし今、多くの人は最初にAIに話しかける。「こういう条件なんだけど」「前は失敗してしまって」「今回はこうしたい」。そこには、商品名もブランド名も出てこない。あるのは状況と迷いだけだ。

 けれど、この段階で答えの輪郭はほぼ固まってしまう。検索が行われる前に、意思決定の大半が終わっている。ECサイトは、選ぶ場所ではなく、「これでいい」と確認する場所へと役割を変え始めた。

 重要なのは、顧客が考えなくなったわけではないということだ。むしろ逆で、考える工程が前倒しになったその工程が、検索ではなく会話の中に移動した。

だから「売り場」は、もう遅い

──商品が間に合わなくなった理由

 この変化が意味するのは、少し残酷な現実だ。どれだけ良い商品でも、人が答えを出した「あと」に現れたら、選ばれない。問題は商品の質ではない。登場するタイミングだ。従来のECは、商品ページを出会いの起点として設計してきた。

 だが今、出会いはその手前で起きている。人が迷い、考え、条件を整理している、その途中だ。売り場が悪いのではない。売り場が、遅くなった。ここで初めて、「もっと集客しよう」「もっと目立たせよう」という発想がズレ始める。

必要なのは露出ではなく、間に合うことだからだ。

商品は「探される存在」から外れた

──Agentic Storefrontsが示した転換点

 この断絶に対して、Shopifyが示した一つの答えが Agentic Storefronts という考え方だ。少し身近な言葉で言うなら、これは 「商品を、検索結果ではなく“会話の中”で見つけられる前提にする仕組み」 だ。

これまで商品は、サイトに来て、一覧を見て、ページを開いて、はじめて出会う存在だった。

 Agentic Storefrontsでは、その一歩手前、人がAIと相談しながら条件を整理している最中に、「それなら、こういう選択肢がある」と自然に提示される。重要なのは、これが新しい売り場を作る話ではないことだ。

 商品の“置き場所”を増やしたのではない。商品の“登場タイミング”を変えた売り場とは、商品が並んでいる場所ではなく、意思決定が始まる場所になる。

ここで、ECの前提がひっくり返る。

だが、事業者自身も「分かっていなかった」

──Sidekickが必要になった理由

 ただし、ここで一つの問題が浮かび上がる。商品を

「どんな状況に当てはまるのか」

「どんな悩みの途中で役に立つのか」

と問われたとき、事業者自身がうまく答えられないことが少なくない。

 これまでの商品説明は、説得のための文章だった。良さを強調し、優位性を並べ、背中を押す。

 だが、会話の中で必要なのは、理解に耐える言葉だ。ここで登場するのが Sidekick だ。Sidekickは、Shopifyの管理画面に組み込まれたAIアシスタントで、

作業を代わりにやってくれる秘書のような存在ではない。商品データや売上、顧客の動きを踏まえながら、

「この商品は、どんな人に向いていると思いますか」

「いま、顧客はどこで迷っていそうですか」

と、考えるための問いを投げ返してくる

 顧客に近づくためには、まず自分たちが商品に近づかなければならない。Sidekickは、その思考を支援する“壁打ち相手”として位置づけ直された。

納得した瞬間を、途中で切らない

──Checkoutが「場所」から切り離された意味

 ここまで来ると、次の問いが自然に生まれる。会話の中で納得したとき、なぜ、わざわざ店に戻らせる必要があるのか。この問いに対する答えが、Checkoutの再設計だ。

 Shopifyは、「買う」という行為を、ECサイトという場所から切り離した。もう少し噛み砕くと、これまで必ず「商品ページ → カート → 決済」とサイトの中で完結していた購入体験を、どこからでも同じ感覚で呼び出せるようにした、ということだ。

 これは、どこでも売れるようにするためではない。顧客の納得を分断しないための設計だ。Checkoutは、売上を回収する装置ではなく、意思決定を尊重する着地点として再定義された。

一度考えた売り方を、続けるために

──Flowの自然言語化が最後に現れる理由

 そして、ここまでの変化が揃って初めて、Flowの自然言語化が意味を持つ。Flowとは、「この条件のときは、こう対応する」といった運用ルールをShopifyの中で自動化する仕組みだ。

 これまでは専門的な設定が必要だったが、自然言語化によって、

「こういうお客さんには、こうしたい」

という考え方そのものを、文章で仕組みにできるようになった。

 自動化とは、考えなくなることではない。一度きちんと考えたことを、同じ思想で再現することだ。

結び|これは機能追加ではない

 ここまで辿ると、今回のShopifyのアップデートは一つの物語として見えてくる。顧客が変わり、情報の向き合い方が変わり、売り場が遅くなった。その結果として、商品は思考の途中に置かれ、事業者は理解を深め、納得の着地点が整えられ、それが仕組みとして続けられるようになった。

 これは流行の話ではない。人がどうやって答えを出すか、というもっと根源的な話だ。売り場は、もうサイトの中にない。

それは、人の思考の途中にある。

今日はこの辺で。

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