大丸松坂屋百貨店の小売DX×AI最前線:体験価値を革新する5つの戦略
大丸松坂屋百貨店では、コロナ禍を契機に「商品を売るだけ」の店舗モデルから脱却し、DX(デジタルトランスフォーメーション)を通じた体験価値の創出に挑んでいるます。その核にあるのは、AIの高度活用と「お客様体験(CX)」「従業員体験(EX)」の向上。さらに、ファッションサブスクやメタバース、生成AIによるコンテンツ制作まで、次世代の小売像に向けた多彩な取り組みが語られているので興味深い。この記事では、D4DRのコミュニティーフォーラムでの林直孝氏(取締役兼常務執行役員)のセミナーをもとに、示したビジョンと事例を追いながら、「小売DX×AI最前線」の全貌をひも解きます。
1. 百貨店DXの本質──「CX×EX」で進化する価値競争
DXへの挑戦と、その背景にある百貨店、商業施設の現場から、語り出した。
・過去最高益の裏にある「構造転換」
2020年、コロナで店舗が一斉に閉鎖されたとき、百貨店はその存在意義を根底から問い直されました。J.フロントリテイリングは、逆に、それを機に事業モデルの再設計に着手。
2023年にはコロナ前水準を回復、2024年には訪日客の増加も追い風に、過去最高益を達成しました。
・「感動・共栄・環境」3つの価値で再定義
経営方針は「価値共創リテーラー」。感動を与える体験、地域との共栄、そして環境課題へのコミットを3本柱に据え、単なる“商品販売”から“価値提供”へと軸足を移しています。この辺が時代背景をよく踏まえた内容となっています。
・DXの本質は「CX×EXの向上」
DXは、単なるIT導入ではありません。とはいえ、その解釈が難しくそこで彼はこう説明しています。それは、DXとは「お客様の体験価値(CX)」と「従業員の体験価値(EX)」を向上させる行為である──。
その意識転換が、J.フロントの根幹にあります。
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「感動・共栄・環境」の三本柱へ:上記をメースにただ売上を追うのではなく、感動体験の提供、地域との共栄、環境課題へのコミットを掲げる価値競争型小売業へと再定義したのです。
2. サブスク×AIで「捨てないファッション」を実現
・ レンタルで循環する、新しい消費モデル
その中で、上記の思想を反映するかのように話したのが、「アナザーアドレス」。サブスク型のファッションレンタルサービス「アナザーアドレス」は、百貨店が手掛けるサステナブル事業の代表例でもあります。440以上のブランドと提携し、“捨てないオシャレ”を提案しています。
・AIが“似合う”を提案する二つの仕組み
ここで機能しているのが、AIです。
1)過去の行動履歴から商品を提案するAI
2)スタイル診断をもとに提案するAI
これらをABテストで最適化し、ユーザーの好みに合わせた“気の利いたレコメンド”を実現しています。
・チャット形式の生成AIが接客を代替
「明るめの春ワンピを探してます」──こんな入力に応じて、在庫から最適なアイテムを提案するチャットAIも開発中。スマホからの自然な会話で、接客体験そのものが変わろうとしている。
3. メタバースで拓く地域共創と観光プロモーション
そして、彼らのデジタルを活用したもう一つの動きは、メタバースです。リアルの商業施設でありながら、それをやる意義を語ります。
・島根の神楽を体験せよ──文化をメタバースに変換
VRゴーグルを装着すると、島根県・岩見神楽の世界が眼前に──。これは観光促進と地方創生を目的とした“体験型プロジェクト”で、現地訪問の動機づけにも成功しています。
・ アバター販売に見る“自己表現の経済”
百貨店プロデュースの高級アバター(2〜3万円)が売れ筋に。百貨店だからこそのデザインを追求。メタバース内での“美しくあること”が、新しいファッション市場を開いています。
・スマートグラスが繋ぐ「リアル」と「デジタル」
AR技術を活用した“リアルメタバース”の世界。渋谷パルコのイベントでは、パルコ屋上で冬の花火が見られました。現実と仮想が重なり合う体験が、次の「ショッピングの理由」になるかもしれません。これが今のVRに対して、ARの動き。スマートグラスひとつで、それらの世界を映し出します。
4. 生成AI時代の内製化とエンタメ化
だから、そこから派生して、下記のような取り組みも。商業施設を活かしたエンタメで、ポテンシャルを引き出します。
・ 廃店後の上野松坂屋で「ホラー体験」
Apple Vision Proを使って夜の百貨店をホラーハウス化。来場者の悲鳴が響く新たな体験は、海外観光客向けにもポテンシャル大。
・生成AIが創る“体験の種”
専門学生が作った「注文の多い料理店」VR体験は、すべて生成AIで設計され、制作時間はたった6時間。誰でもクリエイターになれる時代が、百貨店の役割をも変えようとしている。ここがまさにAIの文脈。つまり、上記のVR、ARがベースにある中で、その中のコンテンツをわずか数時間で作れると言う現実。それがAIによってもたらされるわけです。
・Vision Pro時代に備え、今できることから
また、現時点では、ビル内のサイネージ広告のAI生成がPoC段階に。コンテンツ制作の高速化と内製化を通じて、生成AIの実践的な活用が進んでします。
大丸松坂屋百貨店は、DXを単なる効率化ではなく「体験創出」のための手段と捉え、AIと技術を組み合わせた次世代小売の姿を描き出しています。今後はスマートグラスや生成AIがさらに浸透し、店舗の役割自体が「モノを買う場所」から「物語と驚きを届ける場」へと進化していくのでしょう。