【DX×新規事業】三井住友銀行が“銀行の枠”を超えた理由──SMBCの挑戦に学ぶ、未来を創るDX戦略
今、銀行の役割が静かに、しかし確かに変わりつつある。単なる資金の預け入れ・貸し出しの場であったはずの銀行が、気づけば新規事業の立ち上げに、スタートアップの支援に、果てはCO2の見える化から人的資本の管理にまで手を伸ばしている。2025年3月、DX総合EXPOに登壇した三井住友フィナンシャルグループ(以下、SMFG)の執行役専務でありグループCDIO(Chief Digital Innovation Officer)である磯和啓雄氏の講演は、その潮流の先頭を走る現場からの生々しい声だった。
「銀行のDX」と聞いて、業務の効率化やアプリの利便性向上を思い浮かべる人は多いだろう。だが磯和氏はそれだけに留まらず、「銀行が銀行であることを超えることで、新しい価値を創出する」と語る。ここには、視野を広く持つことによって初めて見える“金融の再定義”があった。
銀行が“自前主義”を脱ぎ捨てた──「Beyond and Connect」という覚悟
銀行のDXというと、グループ内でシステムを完結させ、プロダクトも囲い込み、すべてを“自社経済圏”で収めるイメージを持つ人も少なくない。だが、SMFGの取り組みはその真逆を行く。「Beyond and Connect(超えて、繋がる)」というコンセプトのもと、グループの枠組みにこだわらず、“本当に価値あるサービス”と組む姿勢を打ち出している。
その好例が、アプリサービス「Olive」における証券連携だ。自社グループのSMBC日興証券を差し置いて、あえてSBI証券と連携を組んだ。理由はただひとつ、「UX(ユーザー体験)がいいから」。同様に保険分野では、親密先の保険会社ではなく、ライフネット生命との連携を選んだ。「自社グループに閉じる」という慣習を打ち破り、顧客目線での“使いやすさ”を優先した姿勢は、業界内外にインパクトを与えた。
この思想は、スタートアップとの共創にも通じる。クラウド契約サービスの「SMBCクラウドサイン」は、弁護士ドットコムとの合弁で始まり、営業力と信頼性を銀行が、開発力とスピードをスタートアップが担うモデルを実現。2025年にはインド市場への進出も発表されており、“銀行業”の外側に新たな市場を創り出すプロジェクトとなっている。
「銀行が会社を作る」ことに意味がある──次々と生まれる非金融領域の新規事業群
磯和氏は言う。「我々は、2017年の法改正で可能になった“非金融領域への出資”をチャンスと捉え、年に2社ペースで会社を作ってきた」。しかもそれは、銀行内の派生業務ではなく、“社会の課題に向き合う新規事業”であることに意味がある。
例えば、人的資本の見える化を目的としたエンゲージメントサーベイツール「webox」。これは、年1回のマークシート式の調査とは異なり、月1回・2分で社員の状態をリアルタイムに把握するツールだ。離職防止効果は顕著で、SMBCでは3年目までの退職率が25%から4%にまで減少。しかもこのツールは外販され、初年度で黒字化を達成している。
また、CO2の見える化ツールやサイバーセキュリティのスコアリング&保険連動サービスなど、社会的課題をテクノロジーで解決する事業も次々に誕生している。中でも注目は、アバターによる業務代行システム「アビータ」。高齢者や障がいを持つ人の労働参加を可能にする仕組みとしても期待され、地方自治体や多店舗展開企業への導入が進められている。
銀行が“事業会社を作る”ことに驚く必要はないのかもしれない。もはや銀行は、“お金を扱うだけの場所”ではない。社会の課題に応え、事業で解決する“エンジン”となり始めている。
CDIOミーティングという“創造のエンジン”──誰もが提案できる、風通しの良い仕組み
新規事業は、どこから生まれてくるのか? 磯和氏はその根源を「CDIOミーティング」にあると明かす。
この会議は、社内の誰でも事業アイデアを持ち込める“ピッチの場”だ。毎月開催され、そこには社長・頭取・CDIO(磯和氏)が直接参加。根回しなしで、提案者がその場でプレゼンを行い、開発予算の採否が即決される。しかもCDIOには、300億円(加えて生成AI関連で500億円)の開発予算が与えられており、アイデアが実現へと進むスピードは驚くべきものだ。
「入社2年目の社員のアイデアが、合弁会社にまで育っている」と磯和氏は言う。アバター事業もその一例だ。さらには、提案した本人が社長となり、そのまま事業を牽引していく「社長製造業」モデルも導入されている。経営人材の育成と事業創出が、一つのフローとして機能しているのだ。
DXとは“視野を広げること”──金融の枠組みを外すことで見える社会課題の解決策
磯和氏の講演で繰り返されたキーワードは、「目線を広く持つことの大切さ」だった。
たとえば、振込手数料で毎年5億円の利益を出していたサービスを、自ら打ち切った経験がある。理由は「長期的にはキャッシュレス化が進むことで、銀行全体のコスト(年間200億円)を削減できるから」。損失ではなく、未来のための投資と捉える思考だ。
また、SBI証券への顧客流出を恐れるよりも、300万アカウントの金融ユーザーを獲得したという事実に注目する。局所的な数字ではなく、全体の成長と顧客体験を優先する姿勢こそが、DXの本質だと訴えかけているように感じられた。
SMBCのDX戦略は、決して「デジタル化のためのデジタル化」ではない。目的は明確だ。社会の課題に応え、企業の存在価値を高め、未来の選択肢を広げること。これこそが、銀行という立場を超えた“プラットフォーム的存在”としてのSMBCの新たな挑戦なのである。
終わりに:DXは“仕組み”であり“文化”である。
SMBCの取り組みは、単なる技術導入ではなく、組織文化と戦略そのものであった。仕組みを作り、カルチャーを醸成し、社会との接点を広げる──そのプロセスこそが「銀行のDX」の真意なのだろう。
「銀行が銀行であることにこだわらず、社会に役立つ存在であり続けること」。磯和氏の言葉の端々に、その覚悟が滲んでいた。
今日はこの辺で。