アリババ2024年12月期決算を徹底分析|EC成長の再加速とJD・テンセントとの競争」
中国EC大手であるアリババグループの2024年10~12月期(同社第3四半期)決算は、ここ1年以上で最高の増収率を記録し、業績回復の兆しを強めました 。本記事では、この決算の主要数値を概観し、成長が再加速した要因を探ります。また、競合するJD.comやテンセントとの主要事業領域(EC、クラウド、AI活用など)における比較を行い、EC事業者にとっての意味合いを解説します。
2024年12月期決算のハイライト
アリババの2024年10~12月期の売上高は前年同期比8%増の 2,802億元(約5兆8000億円) に達し、アナリスト予想を上回りました 。コマース事業(EC)の復調とAI分野での大きな前進が寄与した形です 。
営業利益に相当する 営業損益(Income from operations)は412.05億元 で前年から83%増加し、調整後EBITAも4%増の548.53億元となりました 。純利益は 464.34億元 と前年同期比で実に333%の急増となりました 。この純利益の大幅増は、一過性要因(前年にあった減損処理の減少や投資評価益の計上など)によるものが大きいですが、それを除く非GAAPベース純利益でも6%増と着実な増益を確保しています 。
特に好調だったのがクラウド事業と海外EC事業です。クラウド部門(アリババクラウド)の売上高は前年同期比 13%増の43億ドル(約6,500億円) に達し、6四半期連続でAI関連製品の売上が三桁成長するなどAI需要が牽引しました 。また、東南アジアのLazadaや欧州のTrendyol、アリエクスプレス等を擁する 国際デジタルコマース部門は売上高が32%増 と急成長しています 。
一方、中国国内の小売コマースにおいても改善が見られ、淘宝(タオバオ)・天猫(Tmall)グループの顧客管理収入(主に広告収入や手数料)が9%増と回復しました 。これは同社プラットフォーム上の流通総額(GMV)増加とテイクレート(手数料率)の改善によるもので、販促サービス「全站推」の普及やソフトウェアサービスフィー導入などの収益化施策が奏功したとされています 。
成長が再加速した要因
近年伸び悩んでいたアリババの成長が、この四半期で再び加速した背景には複数の要因があります。
まず、中国経済や規制環境の変化が挙げられます。かつて中国EC市場で圧倒的存在感を誇ったアリババも、2020~2022年にかけての政府の厳しいIT企業取り締まりや新型コロナ後の消費低迷で業績に大きな打撃を受けました 。
しかし、その逆風が和らぎつつあります。中国政府は景気刺激策を相次ぎ打ち出し、消費振興に前向きな政策環境へと転換しました。実際、テンセントは2023年末に「消費マインドは改善しつつあるが、効果浸透には時間がかかる」と述べています 。こうした中でアリババも恩恵を受け、消費需要の底打ち・回復傾向が業績に表れ始めました。
次に、経営戦略の転換と投資強化があります。2023年に就任したウーCEO(エディ・ウー)とツァイ会長(ジョー・ツァイ)の下、アリババは「ユーザー第一・AIドリブン」を掲げてコマース事業とAI領域への重点投資を進めました 。
具体的には、EC事業ではユーザーエクスペリエンス向上のための機能改善や価格競争力の強化、新規ユーザー獲得策(例:安価商品カテゴリーの拡充、会員プログラム強化)を推進しました 。その結果、新規消費者数と注文数が前年同期から力強く増加し、VIP有料会員「88VIP」も49万人へと前年比二桁増加するなど、ユーザー基盤が再び拡大しています 。
手数料割引など販売者支援も
また、販売者(マーチャント)支援にも力を入れました。出店者の負担軽減や収益性向上を図るため、2025年1月には手数料割引やツール提供などの販売者向け支援策を発表しています 。加えて、中小事業者でも使いやすいAI搭載のマーケティングツール(全站推など)の提供で広告効果を高め、出店者の投資対効果向上に努めました 。これらの取り組みは、プラットフォーム上の商品の価格競争力と品揃えを強化し、消費者の回帰を促す好循環を生みました。
さらに、クラウド事業のテコ入れも成長再加速に寄与しました。
アリババは生成AIブームを捉えて自社AI(大規模言語モデル「通義千問」など)をクラウドサービスに統合し、企業向けに提供を開始しました。その結果、クラウド部門ではAI関連需要の取り込みに成功し、売上成長率が前四半期までの停滞から二桁台に復活しています 。
同社は低迷期にクラウド顧客を競合に奪われた反省から、大幅な値下げ戦略で顧客を呼び戻す施策も実施しました 。この戦略転換が功を奏し、AI分野での技術優位性アピールと合わせてクラウド利用が伸びています。実際、アリババクラウドのAI関連製品収入は6四半期連続で三桁成長しており 、AIがクラウド事業の牽引役となりました。
経営効率の改善も見逃せません。アリババは組織再編(持株会社制への移行と6事業グループ設立)を発表し、不要な資産売却や自社株買いを行うなど財務の引き締めも進めました 。その結果、主要事業の収益性が向上し、淘宝・天猫グループのEBITAは黒字成長に転じています 。成長投資とコスト効率化の両立が、今回の増収増益につながったと言えるでしょう。
JD.comとの比較(EC事業の競争環境)
中国EC市場でアリババと双璧をなすJD.com(京東)の動向も併せて見ると、競争環境がより鮮明になります。JD.comの2024年7~9月期(第3四半期)の売上高は 2,604億元(約5兆2千億円) と前年同期比+5.1%の増収に留まり、依然として消費者は慎重な支出にとどまっていることが示されました 。
もっとも、純利益はコスト見直し効果もあり48%増と大きく伸びています 。JDは2023年、新CEOの許冉(サンディー・シュ)氏の下で「低価格戦略(百億元補貼)」を展開し価格に敏感な顧客層の取り込みを図りました 。
その結果、2024年上期には注文単価の低下を招いたものの、競争激化する市場で存在感を維持し、予想を上回る利益成長(2024年4~6月期の純利益は前年同期比+69%)を達成しています 。
JDの低価格攻勢と高度な物流サービスは、アリババにとっても無視できない競争要因でした。実際、アリババは自社プラットフォーム上で低価格商品カテゴリを拡充したり、クーポン・補貼による値引きを強化するなど対抗策を講じています 。
また、2023年末には異例とも言えるJDとの提携発表もありました。両社は長年競合関係にありながら、中国景気の減速を受けて相互連携に踏み切り、アリババの淘宝・天猫プラットフォーム上の販売者がJD物流(京東物流)の倉庫・配送サービスを利用可能にし、逆にJDのECサイトでアリババ系の決済「アリペイ(支付宝)」が使えるようにする措置を発表しています 。
この提携は、景気低迷下で両社が利便性向上を優先しユーザーと販売者の囲い込みを図る戦略と受け止められました。EC事業者にとっては、アリババとJDのプラットフォーム間の垣根が下がることで、より柔軟に両社の強み(アリババの集客力とJDの物流網など)を活用できる環境が整いつつあります。
消費者動向を見ると、2024年の独身の日セール(11月11日)ではJDが過去最長の販売期間を設定し、購入者数20%以上増、ライブコマース経由の注文3.8倍といった成果を発表しました (GMV自体の公表は回避)。
一方アリババも、新規ユーザー獲得やライブ動画による販促で巻き返しを図り、ユーザー数とエンゲージメントが向上しています 。両社とも低迷していた中国消費に明るさが見え始めたことを示唆しており、競い合うようにマーケティング強化とサービス改善を行った結果といえます。
なお、EC市場全体ではピンドュオドュオ(Pinduoduo)や抖音(Douyin)など新興勢力の台頭もあり、価格に敏感なユーザー層はそちらへ流れる傾向が続いています 。
2023年にはピンドュオドュオの親会社PDDホールディングスが売上高+86%増という驚異的な成長を遂げるなど 、アリババとJDにとって脅威となりました。このため両社は上述のように価格戦略を強化し、より積極的な対応を迫られたのです。結果的に、アリババの今回の決算はその巻き返しの成果を示すものであり、JDも含め主要プレーヤー同士の競争は新段階に入っています。
テンセントとの比較(クラウド・AI領域)
アリババと直接の事業重複は少ないものの、中国テック産業を語る上でテンセント(騰訊)の動向も押さえておく必要があります。テンセントはSNSとゲーム、フィンテックを主力としつつ、クラウドやAI分野でもアリババの競合相手です。
クラウド事業の比較:
2024年10~12月期において、アリババクラウドが前年比+13%と成長を加速させた一方、テンセントのクラウド事業(ビジネスサービス部門)の伸びはより緩やかでした 。テンセントの直近四半期(2024年7~9月期)決算では、金融・ビジネスサービス部門全体の売上が前年比+2%増の531億元に留まり、その内訳を見ると決済関連収入の低迷をクラウドやEC向け技術サービスの増収が補った形と報告されています 。つまり、同社クラウドは増収ではあるものの、景気低迷で企業向けIT支出が伸び悩む中、アリババほどの成長速度には至っていません。
AI活用の比較:
生成AI(大規模言語モデルなど)の開発競争でも、両社は巨額投資を行っています。アリババは自社開発のAIモデル「通義千問(Qwen)」を発表し、これを活用したクラウドAIサービスで一定の商用成果を上げ始めました。前述の通り、アリババではクラウド部門におけるAI関連商品の売上が6四半期連続で三桁成長しており 、AIがすでに収益拡大に寄与しています。それに対しテンセントは、汎用AIモデル「混元」を2023年にリリースし、自社サービス(チャットボット「元宝」など)への組み込みを進めていますが、AIの収益化はまだ初期段階であると公言しています。
同社Presidentの劉熾平(マーティン・ラウ)氏は2024年11月の決算説明で「中国では米国ほど企業がAI用途に巨額投資しておらず、AIによるクラウド収入が爆発的に伸びる状況にはない」と述べ、関連売上への寄与には数四半期を要するとの見通しを示しました 。実際、テンセントはAI技術を広告ターゲティングやユーザー体験向上に活用し始めているものの、現時点で目覚ましい収益押上げ効果は出ていません 。この点、AIによる即時的な収益効果を上げたアリババと、慎重なテンセントという対照的な構図が浮かび上がります。
エコシステムの巨大さ
しかしテンセントは、ECそのものよりECを下支えするエコシステムの巨大さで特筆されます。中国で月間アクティブユーザー13億人超を抱える「微信(WeChat)」上では、ミニプログラムという形で無数のECサービスが展開されており、同プラットフォーム経由の取引額は四半期で2兆元を超えるとも報じられます 。
これはアリババやJDの独自プラットフォーム外で発生する膨大な取引を意味し、テンセントは決済(微信支付)や広告収入という形でその一部を取り込んでいます。2024年7~9月期、テンセントのネット広告事業収入は前年比+17%増の300億元と大きく伸びました 。
この背景には、小紅書(RED)や抖音など新興アプリとの競争激化もありつつ、微信上のミニプログラムや動画チャネルを活用したマーケティング需要が増えたことが寄与しています。
広告やSNS上での宣伝を通じてユーザーをECサイトへ誘導する動きは加速しており、テンセントはプラットフォーム提供者としてEC業界を影から支える存在と言えます。
総じて、アリババは自社プラットフォーム上での直接的な売上拡大と技術サービスの収益化に秀で、テンセントはエコシステム全体でのユーザー接点と間接収益に強みがあると評価できます。それぞれアプローチは異なりますが、中国のECとデジタル経済をリードする二社であることに変わりはありません。
EC事業者にとっての影響と示唆
アリババの業績回復と主要テック企業間の競争動向は、プラットフォームを利用するEC事業者にもいくつかの重要な示唆を与えます。
1. 販売チャネル戦略の再考:
アリババとJDが競争しつつ一部協業に舵を切ったことで、事業者は両社のプラットフォームをこれまで以上にシームレスに活用できる可能性があります。例えば、アリババ系マーケットプレイスの出店者がJDの高品質物流サービスを利用できるようになれば 、顧客満足度向上や配送コスト最適化につながります。またJD上でアリペイ決済が可能になれば、決済手段の選択肢が増えコンバージョン率向上が期待できるでしょう。複数プラットフォーム間の壁が低くなる動きは、自社商品をどの経路で販売するか、在庫やフルフィルメントをどう最適化するかについて、新たな戦略立案の余地を生みます。事業者はアリババ、JD両方のメリットを組み合わせたオムニチャネル戦略を検討すべき局面です。
2. 価格・プロモーション戦略:
消費者の節約志向が続く中、各プラットフォームが大規模セールや補貼(サブシディ)合戦を繰り広げています。アリババもJDも低価格商品セグメントや割引キャンペーンを強化しており 、事業者側も競争力のある価格設定や柔軟なプロモーション対応が求められます。ただし安易な値下げは利益圧迫につながるため、自社に提供される補貼やクーポン施策を上手に活用し、プラットフォーム側の支援策と自社の利益確保とのバランスを取ることが重要です。
例えば、プラットフォーム提供のクーポン分はメーカー負担なしといった条件を引き出せる場合もあるため、公式キャンペーンへの積極的な参加も一案です。さらに、ピンドュオドュオなど新興勢力の台頭で市場全体が低価格帯にシフトする中、自社商品の独自価値を打ち出すブランディングも並行して行い、単なる価格競争に埋もれない工夫も必要でしょう。
3. マーケティング手法の高度化:
アリババが提供する「全站推(サイトワイドプロモーション)」やライブコマース機能、テンセントの微信ミニプログラムやショート動画広告など、デジタルマーケティング手法が多様化しています。今回のアリババ決算でも、全站推の中小企業による活用が進みマーケティング効率が向上したことが報告されています 。事業者にとって、これら新しいツールや広告メニューを積極的に試し、自社商品の露出と認知拡大を図ることが重要です。
特にライブ配信による販売促進や、SNSとECを連携させたコミュニティ運営(例:微信グループでのファン醸成→淘宝店舗への送客)のようなソーシャルコマース戦略が成果を上げています。また、88VIPやJD Plusといったプラットフォーム会員向け特典を活用したリピーター獲得策も有効です。プラットフォーム側は優良顧客を囲い込むため会員制度を拡充しています 。事業者もそれに合わせて、会員限定セールや特典コンテンツ提供など、ロイヤルティマーケティングを強化すると良いでしょう。
4. テクノロジー活用による競争力強化:
大手各社がAIやデータ分析に巨額投資していることは、間接的に事業者にも恩恵をもたらします。例えばアリババクラウドやJDクラウドは、小売事業者向けにAIを活用した需要予測ツールやレコメンデーションエンジン、チャットボット接客サービス等を提供し始めています。これらを利用すれば、中小の事業者でも高度なデータ駆動型経営が可能となり、在庫最適化や顧客対応力で大企業に引けを取らないサービスを実現できます。
実際、JDでは2023年に小売・サプライチェーン特化型の大規模AIモデル「言犀」を発表し、自社物流や在庫管理に応用するとともに企業顧客向けソリューションも展開しています 。アリババも商品ページ自動生成や多言語翻訳などのAIツールを出店者向けに投入しています。EC事業者はこうしたプラットフォーム発の最新テクノロジーを積極的に取り入れ、業務効率化やCX向上に役立てるべきです。
5. プラットフォーム依存リスクと多様化:
最後に留意すべきは、プラットフォーム政策の変化に対する備えです。アリババは直近で販売者支援策を講じていますが 、今後手数料体系やアルゴリズムがどう変わるかは常に注視が必要です。近年の独占規制強化により、一社に依存せず複数チャネルを使い分ける流れが生まれています。
テンセントの微信が他社ECリンク遮断を緩和したように、市場はオープン化に向かう可能性もあります。事業者はアリババ、JD、拼多多、テンセント系ミニプログラム、さらには自社サイト直販など販路の多角化を図りつつ、それぞれのプラットフォームポリシー変更に対応できる柔軟性を備えておくことが肝要です。
おわりに
2024年末時点でアリババは業績回復基調を示し、中国EC業界は新たな段階に入っています。アリババとJDという二大巨頭の競争と協調、テンセントを含む技術革新競争によって、エコシステム全体が進化しつつあります。EC事業者にとっては、こうした大局的な動きを踏まえて自社戦略をアップデートする好機です。価格競争力、マーケティング手法、テクノロジー活用、チャネル戦略の各方面で柔軟かつ敏捷に対応し、この変化を成長のチャンスに変えていきましょう。