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	<title>145MAGAZINE</title>
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	<description>ヒットの生まれ方と育て方を考えるメディア。</description>
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		<title>都市は「人を運ぶ場所」から「生活を設計する場所」へ──高輪ゲートウェイシティが実装した“都市OS”の正体</title>
		<link>https://145magazine.jp/retail/2026/03/takanawa-gateway-city-urban-os-lifestyle-design/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=takanawa-gateway-city-urban-os-lifestyle-design</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[石郷　学]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 25 Mar 2026 12:58:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[リアル店舗]]></category>
		<category><![CDATA[買い談]]></category>
		<category><![CDATA[DEEP DIVE: ボーダーレス─僕らは空間と時間をクリエイトする]]></category>
		<category><![CDATA[DEEP DIVE: 潜入イベントレポ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>　高輪ゲートウェイシティの説明を聞いていて、ひとつ感じたことがある。ここでは単にショップを並べるのではなく、文化や生活にどこまで寄り添えるかを軸に、商 [&#8230;]</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/retail/2026/03/takanawa-gateway-city-urban-os-lifestyle-design/">都市は「人を運ぶ場所」から「生活を設計する場所」へ──高輪ゲートウェイシティが実装した“都市OS”の正体</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
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<p class="has-background" style="background-color:#d8f0ff">　高輪ゲートウェイシティの説明を聞いていて、ひとつ感じたことがある。ここでは単にショップを並べるのではなく、文化や生活にどこまで寄り添えるかを軸に、商業そのものが再設計されているのではないか、という点だ。この日、3月28日のグランドオープンを前に開催されたTAKANAWA GATEWAY CITYの記者発表に参加した。最初に登壇したのが、東日本旅客鉄道株式会社 マーケティング本部 まちづくり部門 品川ユニット TAKANAWA GATEWAY CITY マネージャーの出川智之氏である。氏はこの街を「100年先の心豊かな暮らしのための実験場」と表現する。</p>



<p>　JR東日本はこの場所を「街」として捉えることで、生活に密着した体験を生み出そうとしている。そしてその体験の積み重ねがデータとして蓄積され、最終的にはその人の暮らしを補完する形で返ってくる。そうした循環まで含めて設計されているように見えた。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img data-recalc-dims="1" fetchpriority="high" decoding="async" width="1024" height="576" src="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260304.jpg?resize=1024%2C576&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-58853" srcset="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260304.jpg?resize=1024%2C576&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260304.jpg?resize=300%2C169&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260304.jpg?resize=768%2C432&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260304.jpg?w=1200&amp;ssl=1 1200w" sizes="(max-width: 1000px) 100vw, 1000px" /></figure>



<p>　そう考えると、この街における駅の役割も変わってくる。単に人を降ろす場所ではなく、その先の体験や消費へとつなげ、街全体で価値を循環させる起点となる。結果として客単価を高めつつ、関係性を持続させていく。高輪ゲートウェイシティは、その構造そのものを実装しようとしているのかもしれない。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-都市osは-街で起きるすべての事象-を統合する基盤である"><strong>■ 都市OSは「街で起きるすべての事象」を統合する基盤である</strong></h2>



<p>　僕がとりわけ関心を持ったのは、出川氏が語った「TAKANAWA GATEWAY URBAN OS」である。それは、単なるデータ基盤ではない。それは、この街で起きるすべての出来事――鉄道の運行、混雑状況、商業施設の売上、人の移動――を横断的に統合し、街全体を一つのシステムとして扱うための基盤である。</p>



<p>　これまで都市は、機能ごとに分断されていた。交通は交通、商業は商業、医療は医療として、それぞれ独立して最適化されてきた。しかしこの街では、それらがデータによって接続されることで、「街で起きていることすべて」を一つの流れとして扱うことが可能になっている。</p>



<p>　重要なのは、このデータが単に蓄積されるだけではない点にある。ロボットの制御や街アプリと連動し、利用者一人ひとりに対してタイムリーに反映される。</p>



<p>　つまり都市OSは、街を可視化するための仕組みではなく、「街をその場で動かし続けるための仕組み」である。ここで都市は、固定された空間ではなくなる。状況に応じて変化し、更新され続ける“動的な存在”へと変わる。この時点で、街の概念はすでに一段階進んでいる。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-suicaと改札が-その人の生活-を起点に街を動かす"><strong>■ Suicaと改札が「その人の生活」を起点に街を動かす</strong></h2>



<p>　さらに興味深いのは、この都市OSの中で最も重要な接点となるのが、Suicaと改札だということである。例えば、僕らがプッシュ通知などで店の情報を受け取る場合、その多くは位置情報をもとに一律に配信される。近くに来た人に同じ通知が送られる仕組みだ。</p>



<p>　しかしそれは「場所」に反応しているだけで、「その人」に反応しているわけではない。だからこそ便利ではあっても、体験としては浅くなりやすい。そこで、高輪ゲートウェイシティが目指しているのは、Suicaという存在を通じて、その人自身を起点にすることだ。Suicaは単なる交通ICではなく、その人の移動や行動に紐づいた存在である。</p>



<p>　その蓄積された情報があるからこそ、「その人がどういう生活をしているのか」という文脈が見えてくる。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-suicaからドラマが始まる"><strong>■ Suicaからドラマが始まる</strong></h2>



<p>　そして、その文脈が生かされる場所が改札である。</p>



<p>　改札はこれまで、移動の通過点でしかなかった。しかしここでは、街と人が接続される起点として機能する。改札を通る瞬間、その人に合わせた情報がスマートフォンに返される。どこに行くべきか、何を体験すべきか、その人にとって意味のある選択が提示される。</p>



<p>　この設計によって、街に存在するすべての機能が意味を持つ。クリニック、フィットネス、商業施設といったそれぞれの機能は、単に並んでいるのではない。その人に合わせて再構成されるために存在している。</p>



<p>　つまり駅は、人を降ろす場所ではなくなる。その人の状態を受け取り、その人にとって最適な体験を返す場所へと変わる。移動の拠点から、生活の起点へ。この転換こそが、この街の本質である。</p>



<p>　Suicaはもはや定期券ではない。その人自身を起点に、生活を更新していくためのインターフェースである。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-生活に密着する機能を-街の中に持ち込む-という設計"><strong>■ 生活に密着する機能を“街の中に持ち込む”という設計</strong></h2>



<p>　もう少し具体例を挙げるなら、クリニックではSuicaを診察券として使い、複数の診療科を横断できる。フィットネスでは個人に最適化されたトレーニングが提供される。さらにレジデンスでは、睡眠や健康データを取得し、それをもとに生活改善の提案がなされる。&nbsp;</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img data-recalc-dims="1" decoding="async" width="900" height="675" src="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260313.jpg?resize=900%2C675&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-58859" srcset="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260313.jpg?w=900&amp;ssl=1 900w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260313.jpg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260313.jpg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w" sizes="(max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>



<p>　これらは単なる施設の集合ではない。それぞれが「人の生活の一部」に入り込むための機能として配置されている。</p>



<p>　いわばSuica自体が、その人の“今”を映し出す手がかりのように機能する。</p>



<p>　ここで重要なのは、これらの機能が単体で完結していない点である。健康データはクリニックだけでなく、食事や日常の行動とも連動する。つまり、街の中にあるすべての機能が、「その人の生活」という軸で再構成されている。</p>



<p>ここが、従来の商業施設との大きな違いである。従来は、いかに効率よく売るか、いかに坪効率を上げるかという発想で設計されてきた。</p>



<p>　しかしこの街では、その発想が意図的にずらされている。売るための空間ではなく、「生活に入り込むための空間」が優先されている。</p>



<p>　そもそも、データは、生活に紐づかなければ意味を持たない。逆に言えば、生活に深く入り込むことで初めて、その人の文脈が見えてくる。</p>



<p>　つまりこの街は、テクノロジーによって生活を変えるのではない。生活の中に入り込むことで、テクノロジーが意味を持つ構造を作っているのである。ここに、高輪ゲートウェイシティの設計の本質がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-売る場-ではなく-生活が重なり続ける場-として再設計されている"><strong>■ 「売る場」ではなく、“生活が重なり続ける場”として再設計されている</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img data-recalc-dims="1" decoding="async" width="900" height="675" src="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260311.jpg?resize=900%2C675&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-58855" srcset="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260311.jpg?w=900&amp;ssl=1 900w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260311.jpg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260311.jpg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w" sizes="(max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>



<p>　なるほどと思ったのが、ここから先の説明を担った株式会社ルミネ ニュウマン高輪店 MIMUREエリア担当の加藤真子氏の言葉である。</p>



<p>　JR東日本が都市の骨格を語ったのに対して、加藤氏が語ったのは、その上に何を乗せるのか、つまり「生活の中身」だった。</p>



<p>　印象的だったのは、施設の説明が「店舗」ではなく、「日常」から始まっていた点である。情緒的で本質的な日常を、どう満たすかという問いである。</p>



<p>　そこにあるのは、売上や効率といった言葉ではなく、「どう過ごすか」という問いだった。実際に設計された空間も、それを体現している。ノイズを抑えた空間、自然を取り込んだ構造、そしてその中で人が過ごす時間そのものを価値とする設計。ここでは買うことが目的ではなく、過ごすことが起点になる。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-食と営み-を一体として提示する空間設計"><strong>■ 「食と営み」を一体として提示する空間設計</strong></h2>



<p>　その思想を最も象徴するのが「OGAWA COFFEE LABORATORY 高輪」である。加藤氏の説明にもあった通り、この施設は単独のカフェではない。焙煎、抽出、発酵、食材といった各領域が“ラボ”として分かれながらも、全体として一つのフロアを形成している。つまりここでは、コーヒーを提供するのではなく、「食と営みそのもの」を一体として提示している。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" width="900" height="675" src="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260312.jpg?resize=900%2C675&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-58857" srcset="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260312.jpg?w=900&amp;ssl=1 900w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260312.jpg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/takanawa260312.jpg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w" sizes="auto, (max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>



<p>この構造が重要なのは、単に複数の機能が集まっているからではない。それぞれが連携し、相互に影響し合うことで、単独では成立しない体験を生み出している点にある。コーヒーはコーヒーとして完結せず、食材や人の手仕事とつながり、その場でしか成立しない価値へと変わる。ここでは商品ではなく、「関係性」が価値の単位になっている。</p>



<p>今回試食した「鮨 上ル 高輪ゲートウェイ店」は、単に高級寿司を提供する店ではない。素材や技術の背景、なぜその食材が選ばれているのかまで含めて、味覚だけでなく知的な理解も楽しませる設計になっている。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" width="1024" height="576" src="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/osushi2600301.jpg?resize=1024%2C576&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-58851" srcset="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/osushi2600301.jpg?resize=1024%2C576&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/osushi2600301.jpg?resize=300%2C169&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/osushi2600301.jpg?resize=768%2C432&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/osushi2600301.jpg?w=1200&amp;ssl=1 1200w" sizes="auto, (max-width: 1000px) 100vw, 1000px" /></figure>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-agrikoが示す-都市に-循環-を持ち込むという試み"><strong>■ AGRIKOが示す、都市に「循環」を持ち込むという試み</strong></h2>



<p>　そして、驚いたのはニュウマン高輪店の齊藤菜那さんの言葉である。</p>



<p>「ここはファームなんです」。</p>



<p>　その場所の正式名称は「AGRIKO×MIMURE BOTANICAL Lab」である。一般的に商業施設を考えるとき、前提になるのは「いかに売るか」であり、どれだけ効率よく店舗を配置するか、いわゆる坪効率の最大化が議論の中心になる。</p>



<p>　しかしここでは、その前提が意図的に外されている。</p>



<p>　実際に設置されているこのボタニカルラボは、売上を生み出す施設には見えない。むしろ「なぜここに農業があるのか」と感じるような存在である。</p>



<p>　しかしその中身は極めて具体的だ。この施設ではアクアポニックスと呼ばれる循環型の仕組みが採用されている。下部の水槽で魚を育て、その排出物が栄養素となって水とともに循環し、上部で栽培される植物の成長を支える。</p>



<figure class="wp-block-image size-large"><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" width="1024" height="576" src="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/agriko260301.jpg?resize=1024%2C576&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-58846" srcset="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/agriko260301.jpg?resize=1024%2C576&amp;ssl=1 1024w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/agriko260301.jpg?resize=300%2C169&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/agriko260301.jpg?resize=768%2C432&amp;ssl=1 768w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/agriko260301.jpg?w=1200&amp;ssl=1 1200w" sizes="auto, (max-width: 1000px) 100vw, 1000px" /></figure>



<p>　農薬を使う必要がなく、それらの草花と新たな水を織り交ぜて、飲料としても楽しめる。ちなみに、草花の育成に使われた水は再び魚の育成に戻る。この循環が、一つの空間の中で完結している。</p>



<p>　ここで重要なのは、この仕組みが「都市の中に置かれている」という点である。本来であれば農業は都市の外にあるものだが、それをあえて街の中に持ち込み、多くの人が目にできる形にしている。食や自然の循環がどのように成り立っているのかを、知識としてではなく体験として理解できる場が、ここには存在している。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-売らない空間-が-街全体の価値を底上げする"><strong>■ “売らない空間”が、街全体の価値を底上げする</strong></h2>



<p>　しかし、この施設の本質は仕組みそのものではない。ここで本当に重要なのは、「何を伝えるために存在しているのか」という点にある。このボタニカルラボは、商品を売るための場所ではなく、「考え方を伝えるための場所」として設計されている。</p>



<p>　この場所に立つことで、人は単なる消費者ではなく、「循環の中にいる存在」として自分を捉え直すことになる。その気づきは、共感へと変わる。そしてその共感が、人と街との関係性を深くしていく。ここで生まれる価値は売上ではない。しかし、この共感こそが、結果として街に人を引きつけ続ける力になる。</p>



<p>　さらに、この構造は都市OSとも密接につながっている。</p>



<p>　そうした生活に密着した行動がデータとして蓄積され、その人の文脈として理解される。そしてその文脈が、改札という接点で“返される”。もしこの街が単なる商業施設だけで構成されていたとすれば、蓄積されるのは購買履歴に過ぎない。しかしこのような空間が存在することで、その人の関心や価値観まで含めた“生活の情報”が蓄積される。</p>



<p>　つまりAGRIKOは、単なる農業施設ではない。この街において、「その人が何に共感するのか」を可視化する装置であり、その情報が都市全体の体験設計に生かされていく。売らない空間をあえて作ることで、街全体の価値を底上げする。この発想こそが、高輪ゲートウェイシティの設計思想の核心にある。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-機能ではなく-関係性-を編むことで-体験は価値に変わる"><strong>■ 機能ではなく「関係性」を編むことで、体験は価値に変わる</strong></h2>



<p>　ここで見えてくるのは、商業の役割の変化である。モノを売る場所ではなく、生活の中に入り込み、体験を積み重ねていく場所へ。単発の消費ではなく、「その人の中に残り続ける体験」を提供することが重視されている。</p>



<p>　そしてこれは、前段で見てきた都市OSの構造と直結している。生活に密着した体験があるからこそ、その人の文脈が見えてくる。そしてその文脈が、改札という接点で再び街へと返される。この循環が成立することで、街は一度きりではなく、「重なり続ける存在」になる。</p>



<p>　ルミネがここでやっているのは、商業施設の拡張ではない。生活そのものを設計し直すこと。そしてその設計が、都市全体の価値を底上げしている。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-都市は-一度きりの消費-から-重なり続ける関係-へと変わる"><strong>■ 都市は「一度きりの消費」から、「重なり続ける関係」へと変わる</strong></h2>



<p>　ここまで見てきた高輪ゲートウェイシティの構造は、単なる再開発とは明らかに異なるものだった。JR東日本が都市OSという骨格をつくり、街で起きるあらゆる事象をデータとして統合する。そしてそのデータは、Suicaという生活インフラを通じて個人と接続され、改札という接点で“その人に返される”。</p>



<p>　このとき、街は初めて意味を持つ。クリニック、フィットネス、商業施設といったそれぞれの機能は、単体で存在しているのではない。その人の生活に合わせて再構成されることで、初めて一つの体験として立ち上がる。つまりこの街は、施設を並べているのではなく、「その人の生活に重なり続ける導線」を設計している。</p>



<p>　ルミネが担う商業の領域もまた、この構造の中に位置づけられている。情緒的で本質的な日常をどうつくるかという視点のもと、空間や体験が設計され、OGAWA COFFEE LABORATORYのように、機能を超えて関係性を編む場が生まれている。そしてそこにある体験は、単なる消費ではなく、その人の中に蓄積されていく。</p>



<p>　ここで重要なのは、「一回きりで終わらない」という点である。従来の商業は、来て、買って、帰るという単発の関係で成立していた。しかしこの街では、生活の中で何度も接続され、その都度体験が更新される。その積み重ねが、その人にとっての街の意味を深めていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-体験の最適化が-そのままビジネスの合理性につながる"><strong>■ 体験の最適化が、そのままビジネスの合理性につながる</strong></h2>



<p>　さらに言えば、この構造はビジネスとしても極めて合理的である。その人に合った提案がなされることで、消費は自然と最適化され、結果として客単価は上がる。同時に、無理に売る必要がなくなるため、体験の質も高まる。つまり、売上と満足度が対立するのではなく、同時に成立する構造が生まれている。</p>



<p>　そしてこの仕組みは、リアルだからこそ成立する。Suicaという生活に根付いたインフラと、改札という日常的かつ強制力のある接点。この二つがあるからこそ、「その人に返す都市」が実現する。オンラインでは実現できない、リアルならではの価値がここにある。</p>



<p>　高輪ゲートウェイシティは、未来を見せているわけではない。すでに始まっている変化を、具体的な形として提示している。この街が示しているのは、都市が人を運ぶ場所から、その人の生活を理解し、支え続ける場所へと変わっていくということだ。</p>



<p>　駅は通過点ではなくなる。商業は消費の場ではなくなる。そして都市は、一度きりの体験を提供する場所ではなく、「関係が重なり続ける場」へと変わる。その変化は、静かだが確実に、ここから始まっている。</p>



<p>今日はこの辺で。</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/retail/2026/03/takanawa-gateway-city-urban-os-lifestyle-design/">都市は「人を運ぶ場所」から「生活を設計する場所」へ──高輪ゲートウェイシティが実装した“都市OS”の正体</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
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		<title>比較から“共鳴”へ──ECの変化が問い直す物流の役割と「キミロジ」という選択肢</title>
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		<dc:creator><![CDATA[石郷　学]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 24 Mar 2026 23:18:44 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[買い談]]></category>
		<category><![CDATA[通販/eコマース]]></category>
		<category><![CDATA[DEEP DIVE: 賢くなろう─商売の教科書]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>　ECの入り口が変わっている。かつては価格やスペックの比較の中で商品が選ばれていた。だが、いまはアルゴリズムが個々人の感覚や価値観に寄り添い、「その人 [&#8230;]</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/retail/2026/03/ec-syunwa-logistics-kimiogi/">比較から“共鳴”へ──ECの変化が問い直す物流の役割と「キミロジ」という選択肢</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
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										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-background" style="background-color:#def2fe">　ECの入り口が変わっている。かつては価格やスペックの比較の中で商品が選ばれていた。だが、いまはアルゴリズムが個々人の感覚や価値観に寄り添い、「その人に合うもの」を提示することで消費が生まれている。この変化は、小資本でも成立する商売の余地を広げた。一方で、売れ方そのものが“細かく、分散する”ようになったことで、従来の大量処理を前提とした物流のあり方には、大きな問いが投げかけられている。本稿は、駿和物流で「キミロジ」を担当する佐久間逸人氏への取材をもとに構成している。</p>



<p>　物流側にも新たなスキームが求められる中で、その可能性を考えてみたい。</p>



<p>　駿和物流は、百貨店物流などで培った精度の高いオペレーションを強みに持つ企業。「キミロジ」はその品質を、小さなEC事業者でも扱える形に再設計したサービスである。1件からでも成立する物流を前提に、これまで扱いづらかった“小さな商売”を支えるインフラとして設計されている。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-比較ではなく-共鳴-で売れる時代に-物流は追いついているのか"><strong><strong>■</strong>比較ではなく“共鳴”で売れる時代に、物流は追いついているのか</strong></h2>



<p>　ECは長らく「比較」の世界であった。価格、レビュー、スペック。その中でいかに優位に立つかが勝負であり、その前提には大量生産・大量販売があった。しかし、TikTokやAIを起点とした購買体験は、その構造を大きく変えつつある。</p>



<p>　ユーザーはもはや商品カテゴリーの中で比較するのではなく、自分の感覚や価値観にフィットするものに“出会う”ことで購入する。つまり、売れる理由はスペックではなく「共鳴」に移っているのである。この変化は、小さなブランドや個人事業者にもチャンスをもたらした。</p>



<p>　一方で、その裏側にある物流はどうか。従来の物流は、大量に、効率よく、均一に処理することを前提に設計されている。そのため、小ロット・高付加価値・多様なニーズに応える設計にはなっていない。つまり、フロントエンドの変化に対して、バックエンドが追いついていないという構図が生まれているのである。このギャップこそが、今後のECにおけるボトルネックになる可能性がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-1件からやる-非効率に見える選択の中にある戦略"><strong><strong>■</strong>「1件からやる」──非効率に見える選択の中にある戦略</strong></h2>



<p>　駿和物流が展開する「キミロジ」は、この構造の隙間に踏み込んだサービスである。特徴的なのは「1件からでも受ける」というスタンスである。一般的な物流会社にとって、小ロットの対応は非効率であり、避ける対象である。実際、取材の中でも「他社がやらないのは割に合わないから」という話が出ている。</p>



<p>　にもかかわらず、キミロジはそこに踏み込んだ。その背景には、既存の大口案件を取りにいく戦略が通用しなかったという現実がある。大手の物流市場においては後発であり、競争優位を築くことが難しい。その中で辿り着いたのが、「誰もやらない領域」に特化するという発想であった。</p>



<p>　結果として、個人事業主や小規模事業者が集まり始め、1日1件という世界からデータと経験が積み上がっていく。この選択は短期的には赤字であるが、長期的には他社が持たない知見を蓄積する戦略でもある。つまり、「非効率」を受け入れることで、新しい市場の土壌を作っているのである。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-梱包は-コスト-ではなく-体験-であるという再定義"><strong><strong>■</strong>梱包は“コスト”ではなく“体験”であるという再定義</strong></h2>



<p>　キミロジのもう一つの特徴は、梱包や出荷を単なる作業として扱っていない点にある。取材の中でも印象的だったのは、「ただ送ればいいわけではない」という言葉である。顧客がその商品にどれだけ価値を感じているかによって、最適な梱包は変わる。</p>



<p>　過剰な緩衝材はゴミとして嫌われることもあれば、開封体験の美しさがブランド価値を高めることもある。つまり、物流は単なるコストセンターではなく、顧客体験の一部なのである。この視点は、これからのECにおいて極めて重要になる。</p>



<p>　なぜなら、リピートを生むのは商品そのものだけではなく、「届いた瞬間の体験」だからである。商品と体験が一体化した設計は、確実に記憶に残る。</p>



<p>　キミロジは、このような個別最適を、顧客ごとに提案・実装している。これは効率化とは真逆の発想でありながら、結果としてブランド価値を支える重要な役割を担っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-自社wmsが可能にする-個別最適化された物流"><strong><strong>■</strong>自社WMSが可能にする“個別最適化された物流”</strong></h2>



<p>　こうした柔軟な対応を可能にしているのが、自社開発のWMS（倉庫管理システム）である。一般的な物流では、システムが固定されており、荷主側がそれに合わせる必要がある。しかしキミロジの場合、システム自体をカスタマイズできるため、顧客ごとの運用に寄り添うことができる。</p>



<p>　たとえば、SKUの扱い方、出荷指示の形式、備考欄の活用など、細かな部分まで調整が可能である。これは単なる利便性の話ではなく、「物流をブランドに合わせる」という思想の実装でもある。ただし、この柔軟性はコストを伴う。実際、現状は投資フェーズであり、採算が合っているわけではない。</p>



<p>　それでもなお続ける理由は、この積み重ねが将来的な競争優位になると考えているからである。標準化ではなく、多様化。効率ではなく適合。この方向性が、これからの物流の一つの形として浮かび上がってくる。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-小さな在庫が市場を変える-トライアルを支える物流の役割"><strong><strong>■</strong>小さな在庫が市場を変える──トライアルを支える物流の役割</strong></h2>



<p>　キミロジの価値は、小規模事業者への対応だけにとどまらない。むしろ本質は、「トライアルを可能にするインフラ」である点にある。</p>



<p>　従来、物流は一定量を前提とした効率性の中で設計されてきた。しかし、売れ方が分散し、「小さく試す」ことが求められる時代においては、その前提自体が揺らぎ始めている。</p>



<p>　メーカー直送ではケース単位となってしまう商品も、小分けで市場に届けることができるようになることで、売り方そのものが変わる。これは単なる物流の改善ではなく、ビジネスモデルの拡張である。つまり、物流が変わることで、フロントエンドの戦略が変わるのである。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-断られてきた商品たちが-ここでは動き出す"><strong>■断られてきた商品たちが、ここでは動き出す</strong></h2>



<p>　では、それは具体的にどのような変化をもたらすのか。</p>



<p>　たとえば韓国コスメの代理店は、多数のブランドを扱う中で、「どれが日本市場で受け入れられるか」を見極める必要がある。しかし従来の物流では、ある程度まとまった数量でなければ取り扱いが難しく、結果としてトライアルのハードルが高かった。</p>



<p>　キミロジを使うことで、1SKU単位で市場に出し、反応を見ながら展開を広げていくことが可能になる。これは単なる物流の効率化ではなく、「試せる環境」を作ることであり、事業の意思決定そのものに影響を与える。</p>



<p>　この構造は、石鹸のような日用品においても同様である。本来はケース単位でしか流通できなかった商品が、小分けで市場に出せるようになることで、消費者のニーズに合わせた販売が可能になる。</p>



<p>　さらに、ふるさと納税の事例も興味深い。従来は3ヶ月程度かかっていた出荷リードタイムが、データ連携と在庫管理の工夫によって大幅に短縮され、実質的には受注後すぐに出荷される体制が実現している。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-試せること-が-新しい市場を生む"><strong>■「試せること」が、新しい市場を生む</strong></h2>



<p>　いずれの事例にも共通しているのは、「小さく試せること」が新たな価値を生んでいるという点である。そしてその裏側には、それを受け止める物流の存在がある。これまで見過ごされてきたニーズをすくい上げることで、新しい市場が立ち上がり始めているのである。</p>



<p>　物流は裏方ではなく、ビジネスの可能性を規定するインフラなのである。</p>



<p>　実際のコスト感も興味深い。取材の中では、出荷作業はピッキング込みで約165円、配送もクリックポストを活用すれば185円程度に収まるケースがあり、トータルでも300円台に収まる水準であることが語られている。商品単価が3,000円前後の商材が多い中で、このバランスが成立することで、小ロットでも十分に成立する構造が見えてくる。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-人が残る領域-ai時代の物流における-手触り-の価値"><strong><strong>■</strong>人が残る領域──AI時代の物流における“手触り”の価値</strong></h2>



<p>　AIやロボティクスによって、物流は確実に自動化へと進んでいる。しかし、その中でもなお残る領域がある。それが「人の感覚」に関わる部分である。</p>



<p>&nbsp;&nbsp;どのように梱包すれば喜ばれるのか、どこまでこだわるべきか、どのバランスが最適か。これらはデータだけでは判断しきれない領域である。キミロジが目指しているのは、AIを否定することではなく、AIでは補えない部分に人のリソースを集中させることである。</p>



<p>&nbsp;&nbsp;つまり、効率化によって生まれた余白を、「体験の質」に振り向けるという発想である。この考え方は、今後のECにおいて重要な指針になる可能性がある。なぜなら、商品が溢れる時代において差別化を生むのは、機能ではなく体験だからである。物流がその一端を担う時代が、すでに始まっている。<strong>そしてその変化は、静かに、しかし確実に広がっていく。</strong></p>



<p>　今日はこの辺で。</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/retail/2026/03/ec-syunwa-logistics-kimiogi/">比較から“共鳴”へ──ECの変化が問い直す物流の役割と「キミロジ」という選択肢</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
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		<title>組織改革と物流戦略で掴んだ成果〜アイリスプラザ au PAY マーケット店が総合賞1位</title>
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		<dc:creator><![CDATA[石郷　学]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 13 Mar 2026 12:46:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[買い談]]></category>
		<category><![CDATA[通販/eコマース]]></category>
		<category><![CDATA[DEEP DIVE: 店の声─舞台裏での奮闘記]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>　戦略転換を推進し、モールの価値を上手に生かすべく、貪欲に施策を重ねながら掴み取った栄光。2026年3月13日、KDDIとau コマース&#38;ライ [&#8230;]</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/retail/2026/03/iris-aupay-bestshopaward-2025-consumables-strategy/">組織改革と物流戦略で掴んだ成果〜アイリスプラザ au PAY マーケット店が総合賞1位</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-background" style="background-color:#dff2fe">　戦略転換を推進し、モールの価値を上手に生かすべく、貪欲に施策を重ねながら掴み取った栄光。2026年3月13日、KDDIとau コマース&amp;ライフが運営するECモール「au PAY マーケット」において、2025年に活躍した店舗を表彰する「ベストショップアワード2025」が開催された。売上やサービス品質、ユーザー投票などを総合的に評価して選出されるこのイベントで、総合賞1位に輝いたのが「アイリスプラザ au PAY マーケット店」である。</p>



<p>　授賞式後には、<strong>アイリスプラザ 取締役社長 岩崎亮太さん</strong>への取材が行われ、同店の戦略転換の背景や、消耗品を軸にした事業改革、物流を活かした独自のスキームなどが語られた。単なる商品ラインナップの拡大ではない。組織の評価制度から物流設計まで含めた“構造の作り直し”によって成果を生んだ点が、今回の受賞の本質と言えるだろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-家電中心の店舗から-消耗品の店-へ舵を切った転換点"><strong>家電中心の店舗から「消耗品の店」へ舵を切った転換点</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" width="900" height="675" src="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/auPay260302.jpg?resize=900%2C675&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-58784" srcset="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/auPay260302.jpg?w=900&amp;ssl=1 900w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/auPay260302.jpg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/auPay260302.jpg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w" sizes="auto, (max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>



<p>　今回の受賞を語る上で欠かせないのが、家電中心のEC店舗から消耗品中心へと舵を切った戦略転換である。</p>



<p>　アイリスグループの取締役会で議論を重ねた結果、「これからは消耗品だ」という判断に至ったことが明かされた。家電のような耐久消費財は単価が高い。その一方で、購入頻度が低く、市場環境によって売上が大きく左右されやすい。そこで同社は、継続的に購入される消耗品カテゴリーへ本格参入する方針を固めた。</p>



<p>　実際、ベビー用おむつなどのカテゴリーにも参入。店舗の性格そのものを変える形で改革を進めたという。この転換は単に商品を追加するだけではない。店舗の戦略そのものを「消耗品を継続的に販売する店」へと再定義するものであり、EC運営の考え方自体を大きく変える決断だった。</p>



<p>　さらに、この変化を実現するためには、社内の評価制度や業績の見方も変える必要があった。消耗品は家電に比べて単価が低く、短期的には売上が縮小して見える。</p>



<p>　しかし同社では、年間単位で見ればリピート購入によって売上が積み上がるというシミュレーションを社内で共有し、戦略の理解を深めていった。つまり今回の成果は、商品戦略だけでなく、組織の認識や評価基準まで含めた改革の結果とも言える。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-au-pay-マーケットを-実験の場-として活用した一年"><strong>au PAY マーケットを“実験の場”として活用した一年</strong></h2>



<p>　もう一つ興味深いのは、アイリスプラザがau PAY マーケットを新しい施策の実験の場として活用してきた点だ。他の巨大モールと比べて「試してみるのにちょうどいいボリューム感」があると語られた。</p>



<p>　巨大化したEC市場では、一度の施策が大きなリスクになることも多い。しかしau PAY マーケットでは、大胆なチャレンジを比較的柔軟に試せる環境があるという。実際、この1年の間にも多くの施策が試された。ライブコマースやサンプル配布といった販売施策もその一つ。正直、成功したものもあれば、投資に見合わない結果に終わったものもあったという。</p>



<p>　しかし重要なのは、その失敗が無駄にならなかったことだ。「それなりの規模で試しながら、失敗も学びに変えることができた」と語る。要するに、それらのPDCAを高速で回す環境があったことが、戦略を磨き上げることにつながった。</p>



<p>　EC運営では、成功事例ばかりが語られがちだが、実際には多くの試行錯誤がある。その意味で、今回の受賞は「成功した施策」だけでなく、失敗も含めた検証の積み重ねの結果とも言えるだろう。&nbsp;</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-単価5分の1の世界で求められる組織改革"><strong>単価5分の1の世界で求められる組織改革</strong></h2>



<p>　消耗品戦略のもう一つの難しさは、繰り返しになるが、単価構造の違いにある。実際、具体的なデータを挙げると、家電と比べると、消耗品の平均単価はおよそ5分の1程度。これは大きい。そのため、短期的な売上だけを見れば、どうしても数字が縮小して見えてしまう。</p>



<p>　この問題を解決するため、アイリスプラザでは店長やスタッフの評価制度そのものを見直した。では、それをどのように見直したのだろう。</p>



<p>　従来のように短期売上で評価してしまうと、消耗品戦略は成立しない。そこで同社では、「消耗品を年間で4回購入してもらえば売上はプラスになる」という考え方を共有したのだ。長期的な視点で成果を評価する仕組みを整え、その理解を徹底的に促した。</p>



<p>　つまり、単に商品ラインナップを変えただけではなく、組織の評価指標まで含めて設計し直したのである。このような取り組みは、EC事業者にとっても重要な示唆を含んでいる。ECではどうしても短期の売上が注目されがちだが、リピート購買を前提にした消耗品ビジネスでは、時間軸そのものを変えたマネジメントが必要になる。</p>



<p>　その勇気こそが、結果につながっている。今回の受賞は、その変化を組織として受け入れ、実行できたことの証とも言える。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-物流を横断することで生まれた新しい利益構造"><strong>物流を横断することで生まれた新しい利益構造</strong></h2>



<p>　今回の取材で特に印象的だったのは、<strong>消耗品戦略の裏側にある物流設計</strong>である。彼らは「店舗」でありながら、同時に<strong>商品を生み出すメーカーとしての顔</strong>も持っている。多くのメーカーは、基本的に商品ごとの利益構造で事業を考える。</p>



<p>　つまり、各商品カテゴリーごとに収益を計算する<strong>縦割りの発想</strong>でビジネスが成り立っている。しかし、アイリスプラザの場合、利益の考え方は少し違う。例えば、飲料は重量が重いため、トラックに積むと<strong>重量制限に先に達してしまい、運賃効率が悪くなる</strong>。</p>



<p>　一方で、おむつのような紙製品は、容量は大きいが<strong>重量は軽い</strong>。この二つの商品を組み合わせて配送することで、<strong>トラックの積載効率を最大化できる</strong>というわけだ。</p>



<p>　要するに、「家電で利益を出し、食品で補う」といった<strong>商品ミックスの発想ではない</strong>。そうではなく、<strong>物流効率そのものを高めることで利益を生む構造</strong>を作っているのである。そして、この仕組みは、メーカーとして自ら物流リソースを持つ<strong>アイリスグループだからこそ実現できる強み</strong>でもある。</p>



<p>　自社物流をベースにしながら、ラストワンマイルは外部キャリアを活用する。そうすることで、配送能力にも余力を持たせているという。こうした物流戦略が、消耗品ビジネスの拡大を支える基盤になっている。</p>



<p>　だから消耗品なのである。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-消耗品と家電のシナジーをどう作るか"><strong>消耗品と家電のシナジーをどう作るか</strong></h2>



<p>　そして最後に興味深かったのが、<strong>消耗品と家電の関係性の捉え方</strong>である。EC業界の一般的な考え方では、消耗品は日常的に必要とされる商品である。そのため、まず消耗品で顧客を獲得し、その後、家電のような高単価商品で利益を取る――。</p>



<p>　こうした戦略はよく語られるところだ。しかし、アイリスプラザの考え方は、<strong>必ずしもその構造に当てはまるわけではない</strong>。これが正直、僕にとっては<strong>大きな驚きをもって受け止めたポイントだった</strong>。同社が重視しているのは、新しいカテゴリーが既存事業とどのようなシナジーを生むかという点だという。</p>



<p>　消耗品を扱うことで工場の稼働率が上がり、メーカーとしての事業にも好循環が生まれる。さらに、上記の通り、物流効率の改善など、事業全体の構造に影響を与える要素もある。つまり、単に売上を積み上げるためのカテゴリー追加ではなく、企業全体のリソースを活かす戦略として消耗品を捉えているのである。</p>



<p>　また、今後の課題としてSNSを通じた顧客接点の強化も挙げられた。ライブコマースなど動画を活用した販売は今後成長すると見ており、段階的に取り組みを進めていく考えだという。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-組織改革と挑戦が生んだ総合賞1位"><strong>組織改革と挑戦が生んだ総合賞1位</strong></h2>



<figure class="wp-block-image size-full"><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" width="900" height="675" src="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/iris260302.jpg?resize=900%2C675&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-58787" srcset="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/iris260302.jpg?w=900&amp;ssl=1 900w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/iris260302.jpg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/03/iris260302.jpg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w" sizes="auto, (max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>



<p>　今回の総合賞1位は、単なる売上の結果というよりも、<strong>組織と戦略を作り直した成果</strong>と言えるだろう。家電中心の店舗から消耗品へと舵を切り、評価制度を見直し、物流設計まで含めて戦略を組み直す。</p>



<p>　しかもそれは、<strong>自社の強みを改めて見直した結果</strong>によるものだった。見直したからこそ、これまで向き合ってこなかった課題に直面することも多かったはずだ。それでも彼らは、そこに果敢に挑んだのである。</p>



<p>　そして、<strong>au PAY マーケットを実験の場として活用しながら、PDCAを回し続けてきた</strong>。</p>



<p>　そうした一つ一つの取り組みの積み重ねが、今回の結果につながったのだろう</p>



<p>　EC市場が成熟する中で、単なる商品戦略だけでは差別化は難しい。だからこそ、組織、物流、販売施策を一体で設計することの重要性が、今回の受賞から見えてくる。アイリスプラザの取り組みは、EC事業者にとっても多くの示唆を与える事例と言えそうだ。</p>



<p>　今日はこの辺で。</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/retail/2026/03/iris-aupay-bestshopaward-2025-consumables-strategy/">組織改革と物流戦略で掴んだ成果〜アイリスプラザ au PAY マーケット店が総合賞1位</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
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		<title>LINEヤフーはどこへ向かうのか──AIとLINEが変える「次の購買体験」</title>
		<link>https://145magazine.jp/retail/2026/03/line-yahoo-ai-commerce-future/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=line-yahoo-ai-commerce-future</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[石郷　学]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 06 Mar 2026 09:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[買い談]]></category>
		<category><![CDATA[通販/eコマース]]></category>
		<category><![CDATA[DEEP DIVE: 賢くなろう─商売の教科書]]></category>
		<category><![CDATA[ECshop/オンラインモール]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>　ECの世界はいま、静かに構造を変え始めている。これまでオンラインショッピングは、「検索して、比較して、購入する」という流れの上に成り立ってきた。ユー [&#8230;]</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/retail/2026/03/line-yahoo-ai-commerce-future/">LINEヤフーはどこへ向かうのか──AIとLINEが変える「次の購買体験」</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-background" style="background-color:#def0fb">　ECの世界はいま、静かに構造を変え始めている。これまでオンラインショッピングは、「検索して、比較して、購入する」という流れの上に成り立ってきた。ユーザーが商品を探し、ECモールが売り場を用意する。その中から選ぶという構造である。しかしAIの登場やSNS・メッセージアプリとの接続によって、購買の入り口そのものが広がり始めている。商品は「探すもの」から「提案されるもの」へと変わりつつあり、コマースは従来の売り場の枠を超えようとしている。</p>



<p>　そんな変化の中で、LINEヤフーはどこへ向かおうとしているのか。ここ数年、フルフィルメントの終了や出店モデルの見直しなど、同社の戦略は外から見れば試行錯誤の連続にも見えた。だからこそ今回、ベストストアアワードの場で語られた2025年の振り返りと今後の展望には、注意深く耳を傾けたいと思った。</p>



<p>　話を聞きながら見えてきたのは、LINEヤフーがECモールそのものを強くするというより、LINEという巨大なコミュニケーション基盤を起点に、AIとデータを使って購買体験そのものを再設計しようとしている姿だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-1-lineヤフーは-ecを強くするのではなく-ecの入り口そのものを変えようとしている">1. LINEヤフーは、ECを強くするのではなく、ECの入り口そのものを変えようとしている</h2>



<p>　今回、杉本さんの話を聞いていて、まず整理できたのは、LINEヤフーが目指しているものは、(言葉を選ばず言えば）従来型の意味で「Yahoo!ショッピングを強いモールにする」ことだけではないということだった。</p>



<p>　ここ数年のLINEヤフーは、外から見れば揺れていた。そう僕は見ている。フルフィルメントの終了もそうだし、無料出店モデルからの転換もそうだ。だから、店舗側からすると「結局どこへ向かうのか」が見えにくかったのも無理はない。だが、今回の話を通じて見えたのは、彼らがECそのものを磨き込むより、ECに人が入ってくる“入口”を作り変えようとしていることだ。</p>



<p>　LINEという、日常の中で最も接触頻度の高いコミュニケーション基盤を起点にする。そして、その中で自然に商品と出会わせ、そこからYahoo!ショッピングへつなぐ。つまり、コマースを「検索の先にある売り場」から「生活の中で立ち上がる体験」へ変えようとしているのである。</p>



<p>　ここを読み違えると、LINEヤフーの最近の動きは場当たり的に見える。しかし、ECで覇権を取るという発想より、グループアセットを使って購買体験を再設計するのだと捉えれば、かなり筋が通って見えてくる。そこに、ようやく彼らの色が見えた気がした。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-2-2025年の成長は-派手さよりも-構造を回した-ことに価値がある">2. 2025年の成長は、派手さよりも「構造を回した」ことに価値がある</h2>



<p>　Yahoo!ショッピングは2025年、注文者数が前年比110％、流通総額が108％と、着実に成長したと説明された。</p>



<p>　実際、マーケティング施策の成果として、新規ユーザー数は前年比118％、ヘビーユーザー数も110％と伸びている。単なる流通額の拡大ではなく、ユーザーの層が厚くなり始めていることが見て取れる。</p>



<p>　杉本さん自身も、市場の自然成長を上回る伸びとして評価していた。&nbsp; ただ、この数字の意味は、単に「堅調でした」で終わらせると浅い。むしろ大事なのは、その成長が何によって支えられたのかだ。話の中で杉本さんは、期間限定ポイントやランク制度など、マーケティングの構造改革が回り始めたことを強調していた。&nbsp;</p>



<p>　Yahoo!ショッピングがやろうとしていたのは、単なる値引き競争ではなく、ユーザーの行動そのものを習慣化させる設計だった。ポイントを付けるのではなく、ポイントを起点に再訪を生み、ランク制度で関係を深める。それは派手な変革ではないが、モール運営としては本質的だ。</p>



<p>　だからこの2025年の数字を、成長率そのものより、「構造がようやく回り出した一年」として読むべきだろう。ECの世界では、見た目のインパクトに目が向きやすいが、本当の強さは、地味でも再現性のある仕組みに宿るからだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-3-aiトラフィックがまだ小さいことよりも-すでに-効き始めている-ことが重要だ">3. AIトラフィックがまだ小さいことよりも、すでに「効き始めている」ことが重要だ</h2>



<p>　また、AIが叫ばれる世の中だが、実際、AI経由のトラフィックが現時点でどれほど実態を持っているのか。杉本さんの答えは慎重だった。現段階でAI経由のトラフィックは「とても多いわけではない」。</p>



<p>　しかし、少ないながらも、そこを経由したものについてはポジティブな数字が出ているという。&nbsp; </p>



<p>　つまり今は「量」の話ではなく、「質」の話をするべき局面だということだ。</p>



<p>　AIを経由したユーザーの方が購買意欲に近い場所にいるなら、今後インターフェースとしてのAIが普及したとき、ECの導線全体が書き換わる可能性がある。検索窓にキーワードを打ち込む時代から、対話によって目的が整理され、商品が提案される時代へ。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-4-aiの本質は-効率化ではなく-ecに-接客-を取り戻すことにある">4. AIの本質は、効率化ではなく、ECに“接客”を取り戻すことにある</h2>



<p>　AIの話になると、多くの場合は省力化や自動化の文脈で語られる。もちろんそれも一面では正しい。ストア運営において、分析や問い合わせ対応、販促提案などをAIが支援する意義は大きいだろう。</p>



<p>　だが、今回の話からより本質的だと思ったのは、AIがECに「接客」を持ち込む可能性である。これまでのECは、便利ではあったが、どこか突き放した体験でもあった。膨大な商品の中から、ユーザーが自力で探し、比べ、判断する。その効率性がECの価値だった。しかしリアル店舗の価値は、本来そこにはない。相手を見て、文脈を読み、何が合うかを一緒に考える。その行為こそが接客であり、購買体験を深める要素だった。</p>



<p>　AIがもし購買履歴や行動履歴を踏まえて、一人ひとりに合わせて提案を行うなら、それは単なるレコメンドではなく、接客に近づいていく。杉本さんが語った「ロイヤルカスタマーのような接客」が全員に対して可能になる、というイメージは、まさにそこだろう。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-出店者に対しても">・出店者に対しても</h2>



<p>　そのための仕組みとして、ストア側には「Yahoo! EC Pilot」と呼ばれるAI支援機能も用意される予定だ。問い合わせ対応や競合商品の分析、販促データの整理など、ストア運営の裏側をAIが支える構想も示されていた。</p>



<p>　AIは無機質な効率化の装置ではなく、失われていた文脈をECに戻す媒介にもなり得る。ここに、検索型コマースから対話型コマースへの転換の本質があると思う。便利さだけなら、これまでもECは十分便利だった。そうではなく、ユーザーが「分かってもらえている」と感じること。その感覚をテクノロジーで再現できるかが、次のECの分かれ目になるのだと思う。</p>



<p>　LINEショッピングタブの話も、単に掲載面が増えるという理解では足りない。</p>



<p>　杉本さんの説明では、Yahoo!ショッピングに出店している商品が、特別な作業なくLINE側にも表示されていく形になるという。そしてその際、ただ全商品を並べるのではなく、ユーザーにマッチするものを選定して出していく、かなり高度なパーソナライゼーションを前提にしている。&nbsp; </p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-5-lineショッピングタブは-売り場の拡張ではなく-生活導線の中への侵入である">5. LINEショッピングタブは、売り場の拡張ではなく、生活導線の中への侵入である</h2>



<p>　ここで重要なのは、LINEはそもそも「買い物しに行く場所」ではないということだ。</p>



<p>　会話をし、連絡を取り、日常のコミュニケーションを支える基盤である。</p>



<p>　実際、その接点の大きさは圧倒的だ。説明では、LINEのアクティブユーザーからの導線は、Yahoo!ショッピング単体と比べて日次訪問者数で約12倍の規模になるという。またショッピングタブの利用ユーザーの約87％は、Yahoo!ショッピングでの購入経験がないユーザーだという。</p>



<p>　つまりこれは、既存ユーザーを回す仕組みというより、新しい顧客と出会う入口として機能する可能性を示している。</p>



<p>　その中にショッピングが入るということは、コマースが売り場の中で待つのではなく、生活導線の中で立ち上がるようになることを意味している。これは大きい。なぜならLINEの中にショッピングが自然に差し込まれるなら、人は「買うために来た」のではないのに、商品と出会ってしまう。</p>



<p>　その偶発性が購買を生むようになる。</p>



<p>　LINEは、日本国内で圧倒的な接触頻度を持つ。だからこそ、ここにコマースが接続される意味は大きい。これはLINEの拡張であると同時に、Yahoo!ショッピングの再定義でもある。モールが独立した売り場である時代から、生活基盤の中に溶け込む時代へ。</p>



<p>　その転換の入口として、ショッピングタブはかなり象徴的な施策だと感じたのである。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-6-外部aiに対してlineヤフーが持つ優位性は-説明しなくていいこと-にある">6. 外部AIに対してLINEヤフーが持つ優位性は、「説明しなくていいこと」にある</h2>



<p>　戦略共有会での後、質疑応答の中で僕が問うたのは、外部AIとYahoo!ショッピング上のAI体験は何が違うのか、というものだった。</p>



<p>　これに対して杉本さんは、将来的には差が縮まるかもしれないとしながらも、現時点では決定的な違いがあると説明した。それは、プラットフォーム側にはすでに購買行動や履歴のデータがあり、ユーザーが「いちいち自分のことを説明しなくても使い始められる」ことだという。&nbsp; </p>



<p>　これは非常に本質的な指摘だと思う。</p>



<p>　外部AIがいくら賢くても、初回の会話ではユーザーの背景を知らない。</p>



<p>　好みも、予算感も、過去の購買も、何を重視するかも、結局は入力してもらわなければならない。しかしYahoo!ショッピングの中なら、それが最初からある程度分かっている。さらにLINEと結びつけば、より日常に近い文脈も含めて理解できる可能性がある。ここで言う優位性は、AIの頭の良さそのものではなく、土台となるデータと接点の深さだ。言い換えれば、ユーザー理解のコストが圧倒的に低いのである。</p>



<p>　だからLINEヤフーの強みを「AIを持っていること」ではなく、「AIが働く前提条件をすでに持っていること」だと考える。</p>



<p>　外部AIとの競争は、モデル性能だけでは決まらない。誰がより自然に、より少ない摩擦で、ユーザーの文脈に入れるか。ここをどう活かすかが、今後の勝負どころになるはずだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-7-フルフィルメントの失敗は-後退ではなく-どこで勝つか-を定め直した出来事だった">7. フルフィルメントの失敗は、後退ではなく、「どこで勝つか」を定め直した出来事だった</h2>



<p>　今回、あえてフルフィルメントの話も杉本さんにぶつけた。</p>



<p>　というのも、昨年のその終了は、店舗側から見ると単なる施策撤退以上の意味を持っていたからだ。以前のYahoo!ショッピングには、楽天を意識しながらECモールとして総合力を高めようとする気配があった。だから物流を整える方向に行くことも、ある意味では自然だった。</p>



<p>　だが、杉本さんは今回、それがうまくいかなかった理由を、戦略そのものの否定というより、座組みでうまく回せなかったことにあると率直に語った。</p>



<p>　さらに、配送に課題がある認識は持ちつつも、今これだと思える解が見つかっていないとも話した。その一方で、差別化や優位性を考える中で、LINEのような他にはないタッチポイントを活かす方向は近年強まっている、と明言した。&nbsp;</p>



<p>　このやりとりを聞いて、むしろ前向きな整理だと思った。何でも楽天やAmazonのように揃える必要はない。物流で勝つには、相当な資本とオペレーションの強さが必要になる。しかしLINEヤフーには、別の強みがある。巨大なコミュニケーション基盤と、そこから得られる生活接点のデータである。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-8-多モール併用時代に店舗が考えるべきことは-どのモールで何を最大化するか-である">8. 多モール併用時代に店舗が考えるべきことは、「どのモールで何を最大化するか」である</h2>



<p>　最後に、耳の痛い話かもしれないが、Temuのような新興勢力の台頭も無視できない。</p>



<p>　質疑応答でも、消費者の節約志向が強まる中で、安さがフィットしているモデルとしてTemuの話題が上った。杉本さんも、可処分所得が増えにくい時代背景の中では、より安くという傾向は止められないだろうと認めていた。そのうえで、自分たちも総合モールとして、そうした戦い方や商材をどう取り入れるかは網羅的に考えていると述べている。</p>



<p>　ただ、ここで大事なのは、Temuに対抗するかどうかそのものではないと思う。もっと本質的なのは、ECモールごとに「何が最大化される場所なのか」を、店舗側が理解することだ。</p>



<p>　Amazonは物流と利便性が強い。楽天は経済圏と販促の厚みがある。</p>



<p>　Temuは価格破壊力ばかりが語られがちだが、実際には、その価格を成立させるビジネスモデルこそが本質だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-9-lineヤフーが描く次のコマース">9. LINEヤフーが描く次のコマース</h2>



<p>　では、LINEヤフーは何か。</p>



<p>　杉本さん曰く、LINEという接点を起点に、データとコミュニケーションによってLTVを高めていく場所だという。LINE公式アカウントがリテンションに最も効果的であり、結果としてLTVを最大化できることが特徴になるはずだと話していた。</p>



<p>　まさにこの部分こそ、未来に示されるLINEヤフーの姿なのだろう。彼らはLINEという巨大な接点やメディアとしての側面を活かしながらデータを蓄積し、ユーザーごとにより快適な購買体験を作り出していく。その積み重ねによって生まれる提案力こそが、他のモールや外部AIからの流入では簡単には再現できない強みになる。</p>



<p>　ECの競争は、単なる売上の競争ではなくなっている。どの接点でユーザーとつながり、どんな体験を積み重ねていくのか。その設計こそが、これからのコマースの価値になる。LINEヤフーは、まさにその接点を取りに行く戦いを始めているのだと思う。</p>



<p>今日はこの辺で。</p>



<p>関連：<a href="https://145magazine.jp/event/mtg-yahoo-shopping-best-store-awards-2025/">「Yahoo!ショッピング大賞」 2025</a></p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/retail/2026/03/line-yahoo-ai-commerce-future/">LINEヤフーはどこへ向かうのか──AIとLINEが変える「次の購買体験」</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
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		<title>ユーグレナ出雲充が語る挑戦の本質──“前提”を超えるDX×GXと500回の失敗</title>
		<link>https://145magazine.jp/goodsnews/2026/03/euglena-izumo-omnichannel-day2026-challenge/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=euglena-izumo-omnichannel-day2026-challenge</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[石郷　学]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 01 Mar 2026 00:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[プロダクトアウト]]></category>
		<category><![CDATA[モノ談]]></category>
		<category><![CDATA[DEEP DIVE: ものづくりのセオリー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>　本稿は、オムニチャネルDay2026に登壇した株式会社ユーグレナ代表取締役・出雲充氏の講演を受けての考察である。ユーグレナ（ミドリムシ）は、植物と動 [&#8230;]</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/goodsnews/2026/03/euglena-izumo-omnichannel-day2026-challenge/">ユーグレナ出雲充が語る挑戦の本質──“前提”を超えるDX×GXと500回の失敗</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-background" style="background-color:#fbefcc"><strong>　</strong>本稿は、オムニチャネルDay2026に登壇した株式会社ユーグレナ代表取締役・出雲充氏の講演を受けての考察である。ユーグレナ（ミドリムシ）は、植物と動物の両方の性質を併せ持つ微細藻類で、59種類もの栄養素を含む特異な存在だ。2005年創業から20年、同社は売上500億円を超え、初配当を実施する転換期を迎えている。だが、この数字だけでは出雲氏の本質は見えない。</p>



<p>　彼の話は、成功談というよりも“失敗の連続”だった。教科書に「大量培養はできない」と書かれたミドリムシに挑み、500回以上の実験を繰り返す。2年間まったく売れないサプリメント。資金の逼迫。それでも撤退しなかった理由は、合理的な計算では説明がつかない。</p>



<p>それは、栄養失調に苦しむ人々を目の当たりにした原体験にあった。</p>



<p>　そして彼が語ったのは、挑戦の本質である。DXがGXを動かす。挑戦は共創によって加速する。そして、イノベーションは「試行回数×科学技術」で決まる。</p>



<p>　予定調和ではない。むしろ“ぶっ飛んでいる”。だがそこに、AI時代にこそ必要なヒントがある。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-1-バングラデシュで人生は変わった"><strong>1．バングラデシュで人生は変わった</strong></h2>



<h3 class="wp-block-heading" id="h-1-1-バングラデシュで突きつけられた現実"><strong>1-1．バングラデシュで突きつけられた現実</strong></h3>



<p>　出雲充氏の挑戦は、研究室から始まったわけではない。原点は、大学1年の夏に訪れたバングラデシュである。当時、世界最貧国と呼ばれていたその国には、人口1億7000万人が暮らしていた。そのうち6000万人が農家で、1日中働いても日収はおよそ100円。だが彼が衝撃を受けたのは、単なる所得の低さではなかった。</p>



<p>　人々は米を食べていた。空腹ではない。むしろ、日本人の約4倍、年間200キロもの米を口にしている。それでも栄養が足りない。カレーの鍋に具がない。肉も魚も卵も牛乳もない。慢性的な栄養不足が、子どもたちの成長を止めていた。</p>



<p>　栄養失調は、あとから取り戻せない。子どもの時期に欠けた栄養は、身体的な発育だけでなく、知的発達や免疫力にも影響する。将来の選択肢そのものを奪ってしまう。目の前の現実は、「かわいそう」という感情ではなく、「このままでいいのか」という問いを突きつけた。</p>



<h3 class="wp-block-heading" id="h-1-2-理屈ではなく-前提から始まった挑戦"><strong>1-2．理屈ではなく、前提から始まった挑戦</strong></h3>



<p>　ここで彼が立てた問いは、ビジネスとして成立するかどうかではなかった。どうすれば、少ないコストで、効率的に栄養を届けられるか。貧しい地域でも持続可能な形で広げられる食材は何か。</p>



<p>　その答えとして浮かび上がったのが、ユーグレナ（ミドリムシ）だった。植物と動物の両方の性質を持ち、59種類もの栄養素を含む微細藻類。理論上は理想的な食材だ。だが教科書にはこう書かれていた。「屋外での大量培養はできない」。</p>



<p>　合理的に考えれば、ここで諦める。研究テーマとして選ばない。投資家も銀行も首を縦に振らない。</p>



<p>　だが彼は飛び込んだ。それは、理屈よりも先に決意があったからだ。栄養を届けるという目的が、前提になった。この時点で、すでに彼の思考は「勝てるかどうか」という土俵に立っていない。社会課題を解くという前提の上で、挑戦を選んでいる。そしてこの選択が、のちに500回を超える失敗を受け入れる覚悟へとつながっていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-2-できない-と書かれた教科書に飛び込む"><strong>2．「できない」と書かれた教科書に飛び込む</strong></h2>



<p>　ユーグレナという素材に辿り着いたとき、出雲氏の前に立ちはだかったのは、希望ではなく“否定”だった。教科書にははっきりと記されていた。屋外での大量培養はできない、と。</p>



<p>　つまり、研究としては成立しても、産業にはならないという宣言である。</p>



<p>　大量培養ができなければ、価格は下がらない。価格が下がらなければ、途上国に届けることはできない。社会課題の解決という目的は、机上の理想で終わる。合理的な判断であれば、ここで撤退する。別の研究テーマを探す。投資家の目線で考えれば、成功確率の低い領域に時間も資金も投じないのが正解だ。</p>



<p>　だが出雲氏は違った。彼が立っていたのは「成功確率が高いかどうか」という土俵ではない。「本当に必要かどうか」という土俵である。</p>



<p>　大量培養はできない、と書かれている。それは“できなかった”という事実であって、“できない”という真理ではないのではないか。もし誰も本気でやり切っていないのなら、その前提自体が更新されていない可能性がある。</p>



<p>　ここで彼は、現象をいじるのではなく、不思議な話、同日、聞いたDG TAKANOの高野さんの話にも通じるように見えた。前提を疑う。技術がないのではなく、方法が見つかっていないだけではないか。研究が足りないのではなく、挑戦の回数が足りないだけではないか。</p>



<p>　その結果が、500回を超える実験である。成功率は1％にも満たなかった。だが試行回数を重ねれば、成功確率は累積していく。2回目は1.99％、3回目は2.97％。理論上、459回挑戦すれば99％に到達する。</p>



<p>　この発想は、単なる楽観ではない。失敗を“コスト”ではなく“確率の蓄積”として捉える思考である。教科書に書かれた「できない」という前提は、試行回数を重ねることでしか覆せない。ここに、出雲氏の挑戦の本質がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-3-500回の失敗は-無駄-ではない"><strong>3．500回の失敗は“無駄”ではない</strong></h2>



<p>　出雲氏は「試行回数×科学技術＝イノベーション」と語った。</p>



<p>　この式は、一見すると単純だ。だがその前提には、常識と真逆の姿勢がある。通常、失敗は避けるものだ。効率を高め、リスクを減らし、成功確率を上げる。AI時代においてはなおさらである。データを分析し、無駄な挑戦を排除し、最短距離で成果に辿り着く。合理的に考えれば、それが最適解だ。</p>



<p>　しかし、出雲氏の歩みは違う。ユーグレナの大量培養は、初期段階ではほとんど成功しなかった。資金はショートし、銀行からの融資も止まり、会社存続の危機にも直面する。それでも撤退しなかった。</p>



<p>　なぜか。</p>



<p>　彼にとって失敗は“無駄”ではなく、成功確率を押し上げるデータだったからだ。1回の成功率が1％でも、2回、3回と重ねれば確率は累積する。100回挑戦すれば63％に届く。459回で99％に達する。数学的に見れば、失敗は確率を高めるための過程である。</p>



<p>　ここで重要なのは、成功を「当てにいく」発想ではないという点だ。挑戦を重ねることでしか見えない景色があると知っているから、止まらない。合理の外側に踏み出す覚悟が、試行回数を支えている。</p>



<p>　そしてこの姿勢は、単なる根性論ではない。科学技術と組み合わせることで、失敗は学習データに変わる。だからこそ「試行回数×科学技術」なのである。</p>



<p>　無駄に見える挑戦を許容する設計。それが、イノベーションを生む土壌になる。合理だけでは、到達できない場所がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-4-gxはdxと結びついたときに力を持つ"><strong>4．GXはDXと結びついたときに力を持つ</strong></h2>



<p>　出雲氏が強調したのは、GX（グリーントランスフォーメーション）は単独では成立しないという点だった。環境に良いことをする、社会に優しいことをする。それ自体は尊い。だが、それだけでは選ばれ続ける企業にはなれない。</p>



<p>　今のミレニアル世代やZ世代は、デジタルネイティブであると同時に、ソーシャルネイティブでもある。彼らにとって、デジタルで可視化されていないものは存在しないのと同じであり、グリーンでないものは選択肢に入らない。</p>



<p>　ここで重要なのは、GXが理念にとどまらないことだ。DXによってデータ化され、数値化され、透明性を持つとき、GXは初めて実体を持つ。環境負荷を減らす取り組みが、具体的な数字で示され、顧客と共有される。その循環があって初めて、持続可能なビジネスになる。</p>



<p>　ユーグレナの歩みも同じ構造だ。バイオ燃料、栄養食品、化粧品。社会課題を軸にしながらも、ECやデータ活用によって顧客基盤を拡大し、売上500億円に到達した。理念だけで走っていない。DXによって事業として成立させている。</p>



<p>　GXは理想、DXは実装。この両輪が噛み合わなければ、持続しない。そして若い世代は、この両方を同時に求めている。だからこそ、挑戦は社会とつながったときに力を持つ。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-5-トランスフォーメーションは-変態-である"><strong>5．トランスフォーメーションは「変態」である</strong></h2>



<p>　出雲氏は、トランスフォーメーションを「変態」と表現した。</p>



<p>　幼虫がさなぎになり、蝶へと姿を変える。生物学でいう変態は、形が少し変わることではない。まったく別の存在へ移行することである。企業のDXやGXも同じだという。既存事業の延長線上で少し改善することは“平時の挑戦”である。しかしトランスフォーメーションは、氷が水に、水が水蒸気に変わるような相転移だ。過去の成功体験が、そのままでは通用しなくなる瞬間である。</p>



<p>　この局面で必要なのは、巨大なアセットや経験値ではない。むしろ、それが足かせになる。過去にうまくいった方法ほど、手放しにくいからだ。</p>



<p>　そこで氏が挙げたのが、「よそ者・若者・変わり者」である。外から来た人間、成功体験に縛られていない世代、常識に違和感を持つ人間。彼らに権限を渡し、何百回もの試行を許容できるかどうかが分水嶺になる。</p>



<p>　トランスフォーメーション期には、3回やってダメなら撤退、という発想では足りない。100回でも足りないかもしれない。459回やって初めて確率が反転する。そこまで挑戦を続けられる設計を、リーダーが用意できるかどうか。</p>



<p>　競争よりも共創。内向きよりも外向き。変態は痛みを伴う。だがそれを経なければ、蝶にはなれない。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-6-ai時代にこそ-人間の-無駄-が価値になる"><strong>6．AI時代にこそ、人間の“無駄”が価値になる</strong></h2>



<p>　出雲氏の話は、終始ぶっ飛んでいた。</p>



<p>　合理だけで測れば、やらない選択ばかりだ。教科書に「できない」と書かれたテーマに飛び込み、500回失敗し、売れないサプリメントを抱え、資金が尽きかけても撤退しない。</p>



<p>　だがそこに通底していたのは、感情的な無謀さではない。前提の外に立つ覚悟だった。AIは合理を導く。最短距離を示す。無駄を削ぎ落とす。</p>



<p>　しかし、その合理の枠内に未来がないとき、どうするのか。</p>



<p>　出雲氏は、理屈よりも先に「やる」と決めた。バングラデシュで見た現実が、判断の出発点になった。そこから先は、試行回数を重ねる。失敗を積み上げる。共創を広げる。AIは答えを出す装置かもしれない。だが、その問いを決めるのは人間である。問いが既存の前提に縛られていれば、AIはその枠内で最適化するだけだ。</p>



<p>　だからこそ、無駄に見える挑戦が必要になる。合理を飛び越える決断が、未来の種になる。AI時代において必要なのは、完璧な戦略ではない。</p>



<p>　未開な領域へ踏み出す勇気と、それを許容する設計だ。ユーグレナの20年は、そのことを証明している。</p>



<p>　今日はこの辺で。</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/goodsnews/2026/03/euglena-izumo-omnichannel-day2026-challenge/">ユーグレナ出雲充が語る挑戦の本質──“前提”を超えるDX×GXと500回の失敗</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
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		<title>経営の設計図を書き換える──キタムラが挑んだ「暗黙知」の再設計</title>
		<link>https://145magazine.jp/retail/2026/03/kitamura-implicit-knowledge-management-ai/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=kitamura-implicit-knowledge-management-ai</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[石郷　学]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Feb 2026 23:45:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[リアル店舗]]></category>
		<category><![CDATA[買い談]]></category>
		<category><![CDATA[DEEP DIVE: 賢くなろう─商売の教科書]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>　AIを入れた、という話ではない。効率が上がった、という話でもない。オムニチャネルDay2026で、株式会社キタムラ代表取締役・柳沢啓氏が語ったのは、 [&#8230;]</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/retail/2026/03/kitamura-implicit-knowledge-management-ai/">経営の設計図を書き換える──キタムラが挑んだ「暗黙知」の再設計</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-background" style="background-color:#e5f5ff">　AIを入れた、という話ではない。効率が上がった、という話でもない。オムニチャネルDay2026で、株式会社キタムラ代表取締役・柳沢啓氏が語ったのは、AIを使うかどうかではなく、<strong>どこでAIを使うことが企業にとって本当の価値になるのか</strong>という問いだったように思う。</p>



<p>　キーワードは「職人の暗黙知」である。ここでいう暗黙知とは、マニュアル化できない経験則や直感の集合体だ。長年の現場経験によって培われ、一瞬の判断のなかに宿る知恵である。</p>



<p>　だが、同社が本当に向き合っていたのは、その価値そのものではなく、暗黙知が特定の人に集中することによって生まれる“属人化”という経営構造の歪みだった。それは確かに強みである。他社には真似できない専門性であり、長年積み上げられた資産でもある。</p>



<p>　しかし同時に、それは成長を制限する“構造的負”にもなり得る。強みが、組織の壁になる。その矛盾にどう向き合うか――そこに、このセッションの核心があった。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-1-現場力-改革力-鳥瞰力-三つの力が交差する場所"><strong>1．「現場力・改革力・鳥瞰力」──三つの力が交差する場所</strong></h2>



<p>　キタムラを表す三つの言葉として示されたのは、現場力、改革力、鳥瞰力である。全国に広がる数百の店舗網は、単なる販売拠点ではない。写真を通じて人の人生に寄り添う接点である。そこには、長年積み上げられた接客の知恵と、地域との関係性がある。</p>



<p>　だが同社は、現場力に安住してはいない。PHOTO MARCHEのような新業態を立ち上げ、「カメラ会社」から「PHOTO市場」へと視座を広げている。市場がフィルムからデジタルへ、さらにスマートデバイスへと移るなかで、縮小ではなく再定義を選んだ。</p>



<p>　ここで重要なのは、自社を「カメラ販売業」と狭く定義するのではなく、「写真」という行為そのものが生み出す市場全体の中で捉え直す視座である。</p>



<p>　自社を「カメラを売る会社」として定義してしまえば、市場の縮小とともに自らも縮むことになる。デジタルカメラが売れない、市場が縮小している──そうした認識の延長線上には、負のスパイラルしかない。</p>



<p>　だがキタムラは、そうは考えなかった。カメラという“モノ”ではなく、「写真を通じた自己表現」という“体験”の側に軸足を移したのである。</p>



<p>　市場がフィルムからデジタルへ、さらにスマートフォンへと移るなかで、ハードの減少を嘆くのではなく、人が“撮る”という行為そのものに向き合い直した。そこに同社の鳥瞰力がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-2-1-の専門性が-事業の未来を握っていた"><strong>2．1％の専門性が、事業の未来を握っていた</strong></h2>



<p>　しかし、その再定義を進めるなかで、避けて通れない壁があった。それが、中古カメラ査定という高度に属人化された業務である。中古カメラ査定を担える人材は、全社のごく一部に限られていた。数千人規模の組織のなかで、実質的に専門的な目利きができるのは数十名に過ぎない。</p>



<p>　この事実は、二つの意味を持つ。</p>



<p>　一つは誇りである。長年の経験に裏打ちされた知見であり、他社には容易に真似できない本物の専門性だ。そこには、職人としての矜持がある。</p>



<p>　しかしもう一つは、経営上の重みである。専門性が特定の人材に集中しているということは、事業の成長もまた、その人材の存在に依存してしまうということでもある。</p>



<p>　強みが、同時に制約になる。この構造をどう捉え直すかが、次の問いとなった。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-3-属人化は誇りか-リスクか"><strong>3．属人化は誇りか、リスクか</strong></h2>



<p>　査定ができる人が限られるということは、買取拡大にも広告展開にも限界が生じるということである。店舗は「怖いからやりたくない」と消極的になり、挑戦は止まる。結果として事業の成長は、1％の伝承に依存する構造となる。</p>



<p>　ここで問われたのは、「職人を守るか否か」ではない。専門性を温存するか、効率化するかという単純な二択でもない。</p>



<p>　本質的な問いはこうである。職人の知を、どうすれば組織の資産へと変換できるのか。誇りを失わせることなく、構造的負を解消する方法はあるのか。</p>



<p>　この問いこそが、AI導入の前に立てられた経営の問いであった。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-4-分解という経営判断-暗黙知を構造に変える"><strong>4．分解という経営判断──暗黙知を構造に変える</strong></h2>



<p>　柳沢氏がまず行ったのは、AI導入の決断ではない。査定という行為そのものを分解することであった。</p>



<p>　カメラの機種特定、状態確認、市場価値の照合。職人の判断は、一瞬のうちに行われる。しかしその裏には、積み重ねられた工程がある。</p>



<p>　三万を超える機種のスペック理解、レンズ内部のカビや曇りの見極め、手触りや質感からくる微妙な違和感の察知。これらを“丸ごと神業”として扱う限り、共有は不可能である。</p>



<p>　だが、それは工程単位で捉え直せばどうか。再現可能な部分と、経験に依存する部分が見えてくる。この分解こそが、経営のOSを書き換える行為であった。職人の価値を否定するのではなく、その知恵を形式知へと翻訳する。</p>



<p>　AIはここで初めて登場する。主役ではない。媒介装置である。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-5-育てるai-対立を共創へ変えた循環構造"><strong>5．育てるAI──対立を共創へ変えた循環構造</strong></h2>



<p>　AI査定は数秒で結果を提示し、精度も高い。しかし、この成果は、単なる技術の勝利ではない。重要なのは、循環構造にある。店舗で商品を撮影し、AIが判定する。その結果を人が確認し、誤りがあれば修正する。そのフィードバックが再び学習データとなり、精度が高まっていく。</p>



<p>　そこで、現場出身の柳沢氏らしいのは、これをスタッフの士気を<strong>上げつつ</strong>やろうとしたことである。元々、生え抜き社員の多い企業である。逆に職人という資産を、店舗のスタッフに還元していくことで、スタッフのやれる幅を広げ、モチベーションを上げたのである。</p>



<p>　これこそがAIで完結しないということである。店の持つ価値をAIで底上げできるかという部分である。だから、だからこそ、不慣れなAIも、スタッフを巻き込みながら、まるで新人を育てるように現場で鍛えられていった。</p>



<p>　当然、AIは完璧な答えを持たない。だから、最初は反発もあった。「こんなものは間違っている」という声も上がったのも事実だ。しかし、それが自分たちのやれることの幅が広がるのだと浸透すると、それを教えて、使いこなすことに価値を見出したのである。</p>



<p>　だが、自分の知識が組織全体に広がる体験を通じて、意味が変わる。AIは専門性を奪う存在ではなく、拡張する存在へと変わった。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-6-葛藤の先にある転換-目的がぶれなかった理由"><strong>6．葛藤の先にある転換──目的がぶれなかった理由</strong></h2>



<p>　この転換点において、人的資本経営は理念ではなく、実践となった。スライドには「葛藤」という言葉があった。課題を解決しようとすれば、必ず摩擦が生じる。職人の誇り、評価への不安、仕事の再定義への戸惑い。だがこのプロジェクトが進んだのは、目的が明確だったからである。AI導入は目的ではない。</p>



<p>　現場が自信を持って査定できる状態をつくること。品質を均衡化し、事業を拡張可能にすること。</p>



<p>　ゴールが共有されていたからこそ、葛藤は破壊ではなく転換へと向かった。結果として、査定は一部の特権ではなくなり、全店で扱える業務へと広がった。</p>



<p>　それは単なる効率化ではない。構造改革である。</p>



<p>　そして、最後に提示されたのは、分担の意思決定であった。査定の不安を取り除くことはAIに任せる。そうすると、自ずと、顧客と向き合い、会話を楽しみ、関係性を築くことがもっとできるようになる。キタムラにおいて、人が担う役目が拡張した瞬間だ。</p>



<p>　どこまでを任せ、どこからを人が担うかを決める覚悟があるかどうかである。暗黙知は消えたのではない。形式知となり、再び現場へ還元された。それが、「現場を生かす経営」の正体である。</p>



<p>　今日はこの辺で。</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/retail/2026/03/kitamura-implicit-knowledge-management-ai/">経営の設計図を書き換える──キタムラが挑んだ「暗黙知」の再設計</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
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		<title>失われた30年の正体は「努力不足」ではない──DG TAKANO高野雅彰が突きつけた“前提”の話</title>
		<link>https://145magazine.jp/goodsnews/2026/02/dg-takano-mae-tei-dx-judgment-2026/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=dg-takano-mae-tei-dx-judgment-2026</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[石郷　学]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Feb 2026 13:09:28 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[プロダクトアウト]]></category>
		<category><![CDATA[モノ談]]></category>
		<category><![CDATA[【Product】雑貨・小物]]></category>
		<category><![CDATA[DEEP DIVE: ものづくりのセオリー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>　本稿は、オムニチャネルDay2026で語られた株式会社DG TAKANO 代表取締役・高野雅彰氏の講演を受けてまとめた考察である。節水ノズル「Bub [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-background" style="background-color:#fdedc4">　本稿は、オムニチャネルDay2026で語られた株式会社DG TAKANO 代表取締役・高野雅彰氏の講演を受けてまとめた考察である。節水ノズル「Bubble90」などの成果で知られる同社だが、当日の話は製品紹介に留まらず、より根源的な問いに踏み込んでいた。すなわち、日本が「失われた30年」を抜け出せない理由は、努力不足でも能力不足でもなく、経営の判断を支える“前提”が更新されていないことにある、という指摘である。</p>



<p><strong>　DG TAKANOは、最大95％の節水率を実現するノズル「Bubble90」で世界的評価を受け、水問題の解決に挑む技術開発企業である。しかし高野氏が語ったのは、製品そのものではなく、その成果を生み出した“前提の設計”であった。</strong></p>



<p>　前提が誤っていれば、努力は報われない。むしろ努力するほど、誤った方向へ速く進む。社員は懸命に走っているのに、なぜ結果が出ないのか――その違和感は、現場ではなく経営の出発点に潜んでいる。高野氏は「現象」「判断基準」「前提」という順番を提示し、勝てる土俵は偶然ではなく設計によって得られると語った。さらにAI時代においては、AIが前提を自動的に正してくれるわけではなく、既存の前提を“強化”し、誤りを拡大する危険すらあるという。講演は、技術の話に見えて、実は意思決定の話であった。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-1-失われた30年を延長しないために"><strong>1．失われた30年を延長しないために</strong></h2>



<p>　高野氏が最初に突きつけたのは、「日本は30年負け続けた」という事実である。ここで重要なのは、負けた理由を努力不足に回収しないことだ。技術がなかったのか。人材が足りなかったのか。そうではない。むしろ日本は、世界トップクラスの技術と勤勉さを長く持ってきた。それでも結果が変わらないのは、努力の量ではなく“向き”が更新されていないからだ、という問題提起である。</p>



<p>　では向きを決めているものは何か。高野氏はそれを「判断基準」と呼び、その判断基準を支える根に「前提」があると言う。何を成功と定義し、何をリスクと定義するのか。その定義が更新されないままなら、意思決定は同じ場所を回り続ける。過去の判断と行動の積み上げが今の立ち位置をつくり、今に満足していないなら、過去の判断基準がどこかで誤っていた可能性が高い。つまり「結果が出ない」のではなく、「結果が出ない前提で走っている」のである。</p>



<p>　ここで怖いのは、経営層が前提の誤りを見誤ると、現場は報われない仕事に全力を注ぐことになる点だ。努力しているのに、なぜ報われないのか。そこで精神論に逃げると、さらに消耗する。必要なのは、努力の追加ではなく、前提の定義である。失われた30年が40年、50年へ伸びる可能性にハッとさせられるのは、同じ前提のままアクセルを踏み続けることが最も危ういからである。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-2-判断基準が古いままでは-努力は報われない"><strong>2．判断基準が古いままでは、努力は報われない</strong></h2>



<p>　高野氏が繰り返したのは、「努力不足ではない」という断言である。日本は努力してきた。技術もある。人材も一定いる。それでも30年負け続けたのは、努力の量ではなく、判断の軸が更新されていないからだ、という見立てだった。</p>



<p>　その軸とは、何を成功と定義し、何をリスクと定義するかである。判断基準が古いままなら、正しい努力も誤った方向へ積み上がる。象徴的なのは、英語しか出ない入試で数学を必死に勉強しているようなものだ、という比喩である。努力しているのに結果が出ない時、多くは現場の工数や施策を疑う。しかし本当に疑うべきは、その努力を正当化している前提のほうだ。</p>



<p>　そして判断基準は、現象を見て決まっているようで、実際は「前提」によって決まる。現象→判断基準→前提。この順番を逆にしない限り、判断の軸は変わらない。多くが現象をいじる一方で、氏は前提を動かすという。前提が変われば、判断基準が変わり、打ち手が変わる。逆に前提が固定されたままでは、施策を重ねるほど同じ壁に早くぶつかる。</p>



<p>　失われた30年が40年へ伸びる危険は、努力が足りないからではなく、判断基準が古いまま加速するからだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-3-勝てる型はシンプルである"><strong>3．勝てる型はシンプルである</strong></h2>



<h3 class="wp-block-heading" id="h-3-1-現象ではなく-前提から動かす"><strong>3-1．現象ではなく、前提から動かす</strong></h3>



<p>　高野氏は「勝てる型はシンプルだ」と言う。</p>



<p>　その型は、①現象、②判断基準、③前提、④土俵替え、⑤実装、という順番で整理されている。</p>



<p>　多くの企業は、現象から入る。売上が落ちた、人材が取れない、水を使いすぎる。そこで対策を考える。だがその多くは、既存の判断基準の中での調整にとどまる。前提はそのままに、やり方だけを変える。</p>



<h3 class="wp-block-heading" id="h-3-2-水の量ではなく-水の-当たり方"><strong>3-2．水の量ではなく、水の“当たり方”</strong></h3>



<p>　たとえば「水を使いすぎる」という現象がある。</p>



<p>　一般的に思い浮かぶのは、節水型の蛇口を開発する、水量を制限する、といった“使い方を抑える”方向の対策だ。そこには暗黙の前提がある。<strong>水量が多いほど洗浄力は高い。水を減らせば洗浄力は落ちる。</strong> だから節水は、どこかで性能を犠牲にするものだという考え方だ。</p>



<p>　高野氏が疑ったのは、まさにこの因果関係である。<strong>洗浄力は本当に水量で決まるのか</strong>。</p>



<p>　水は「量」ではなく「流れ方」や「当たり方」によって効果が決まるのではないか。もしそうなら、水を減らしても洗浄力は落ちないはずだ。</p>



<p>　そこで行われたのは、水を大量に出す構造の改良ではなく、水の出方そのものの設計変更だった。水の流れと衝撃を再設計することで、少ない水でも同等以上の洗浄効果を生み出す。結果として実現したのが、最大95％の節水である。</p>



<p>ここで変わったのは技術ではない。水と洗浄の関係についての“前提”である。</p>



<h3 class="wp-block-heading" id="h-3-3-強みから始めた瞬間-競争土俵に入っている"><strong>3-3．強みから始めた瞬間、競争土俵に入っている</strong></h3>



<p>　ここで重要なのは、技術力ではなく順番である。技術から出発していない。自社の強みから始めていない。現象の背後にある前提を問い直し、その前提が支えている土俵そのものを変える。</p>



<p>　多くの企業は「我が社の強みは何か」と考える。技術力、人材、過去の成功体験。だが高野氏は、それ自体がすでに競争の土俵に入っていると指摘する。強みとは、既存の市場構造の中で定義されるものだ。性能と価格で比較され、他社と同じルールで戦う。その瞬間、戦いは消耗戦になる。</p>



<p>　人材が取れないという現象でも同じだ。国内市場内で優秀な学生を取り合うという前提に立てば、競争は激化するだけである。条件を良くする、待遇を上げる、それも一つの手だが、前提は変わらない。</p>



<p>　だが前提をずらせば景色は変わる。国内で戦うのではなく、世界で戦う。その選択は、インド工科大学（IIT）の採用イベントで、世界有数の企業と並ぶ“Day1”の枠を獲得するという現実に結実した。</p>



<p>　勝てる土俵は、与えられるものではない。設計できる。現象をいじるのではなく、前提を動かす。強みを磨くのではなく、戦う場所を変える。</p>



<p>　その順番が、成果の差になる。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-4-aiは前提を強化する"><strong>4．AIは前提を強化する</strong></h2>



<p>　AIの導入で、業務効率は確かに上がる。資料作成は速くなり、分析は精緻になり、意思決定も早まる。だが高野氏は、その“前進感”こそが危ういと指摘する。</p>



<p>　AIは判断しない。最適化するだけだ。国内市場で勝つという前提を置けば、AIは国内戦略を徹底的に磨く。価格で戦うという前提なら、価格競争をより洗練させる。リスクを取らないという前提なら、安全策を高速で量産する。</p>



<p>　つまりAIは、あなたの判断を拡張する装置であって、修正する装置ではない。前提が正しければ、成功は加速する。でも、<strong>前提が誤っていれば、失敗も加速する</strong>。</p>



<p>　しかも厄介なのは、効率が上がることで「やれている感」が生まれることだ。会議は減り、資料は整い、KPIは改善する。だが戦う土俵が間違っていれば、それは壁に向かってアクセルを踏んでいるにすぎない。</p>



<p>　AIは未来を拡張する。だが何を拡張するかは、前提次第だ。だからこそ問われるのは、ツールの使い方ではなく、出発点の設計である。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-5-失われた30年を繰り返さないために"><strong>5．失われた30年を繰り返さないために</strong></h2>



<p>　講演の冒頭で提示された問いに、あらためて戻る。日本はなぜ30年負け続けたのか。</p>



<p>　努力が足りなかったのか。技術がなかったのか。人材が不足していたのか。そうではない。その断言から、この話は始まった。</p>



<p>　判断基準が更新されないまま、同じ前提の上で走り続けてきた。現象をいじり、施策を重ね、効率を上げても、土俵が変わらなければ景色は変わらない。強みから始めれば、すでに他者の競争領域に入っている。AIを導入しても、前提が古いままなら、その前提を高速で強化するだけだ。</p>



<p>　水を大量に使うのが当たり前という前提を疑い、95％の節水を実現した。国内で人材を取り合うという前提を外し、IITの“Day1”を獲得した。国内市場で消耗戦を続けるという前提をずらし、国家プロジェクトへ参画した。いずれも、努力の量ではなく、出発点の設計が変わった結果である。</p>



<p>　前提が正しければ、実行は意味を持つ。前提が誤っていれば、努力は報われない。だからこそ問われるのは、「どこで戦うか」ではなく、「どの前提で戦うか」だ。</p>



<p>　失われた30年を延長するか、それともここで判断基準を更新するか。選択は、いつも経営の側にある。前提を設計できるという事実こそが、この講演の核心だった。</p>



<p>　今日はこの辺で。</p>
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		<title>Oisixはなぜ拡張するのか──オイシックス・ラ・大地が示す“需給インフラ”DXの本質</title>
		<link>https://145magazine.jp/retail/2026/02/oisix-ra-daichi-dx-infrastructure/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=oisix-ra-daichi-dx-infrastructure</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[石郷　学]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 28 Feb 2026 02:30:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[買い談]]></category>
		<category><![CDATA[通販/eコマース]]></category>
		<category><![CDATA[DEEP DIVE: 賢くなろう─商売の教科書]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>　本稿は、オムニチャネルDay2026におけるオイシックス・ラ・大地株式会社 社長・髙島宏平氏の講演を受けて考えたものである。Oisixは、表向きには [&#8230;]</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/retail/2026/02/oisix-ra-daichi-dx-infrastructure/">Oisixはなぜ拡張するのか──オイシックス・ラ・大地が示す“需給インフラ”DXの本質</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
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										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-background" style="background-color:#eaf5fd">　本稿は、オムニチャネルDay2026におけるオイシックス・ラ・大地株式会社 社長・髙島宏平氏の講演を受けて考えたものである。Oisixは、表向きには小売に近い立ち位置から始まったように見える。オンラインで食材を届ける宅配モデル。働く世代に向けたミールキット。デジタルを活用した食品ECの成功事例として語られることも多い。</p>



<p>　だが、講演の全体像を通して見えてきたのは、単なる小売の延長線上ではない構造である。</p>



<p>　約46万世帯の需要データと、全国約4,000軒の生産者データを同時に扱い、流通段階での廃棄を約0.2％まで抑える。さらに、生産現場では累計約154トンのフードロス削減を実現し、自動収穫技術によって作業時間を約45％削減する事例も生まれている。家庭から畑へ、そして給食の現場へ。事業領域は拡張しているが、そこで通底しているのは、需給の“間”を設計するという姿勢だ。売ることを起点にしながら、支える役割へと変化していく。その骨子が、今回の講演で浮かび上がった。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-1-小売から-間を設計する-企業へ"><strong>1．小売から“間を設計する”企業へ</strong></h2>



<p>　そもそも、Oisixは、オンラインで食材を届ける企業として認知を広げてきた。だが、宅配という表層だけを見ていると、その本質を見誤る。講演で示された構造は、売ることそのものよりも、「間」をどう扱うかに重心が置かれていた。</p>



<p>　生産者と消費者は、本来それぞれ独立して存在する。畑では天候や収穫量の変動が起こり、家庭では季節や価格、表示の仕方によって購買行動が変わる。両者が直接つながらない限り、その間には必ずズレが生じる。そのズレが、価格の乱れや在庫の滞留、そしてフードロスを生む。</p>



<p>　約4,000軒の生産者データと、約46万世帯の購買データを同時に扱うことで、そのズレを毎週組み替える。余剰が生まれそうな作物は、値引きで処理するのではなく、表示の順序や提案の仕方を変えることで自然に消費へ導く。流通段階での廃棄を約0.2％に抑えている背景には、この設計がある。</p>



<p>　ここで扱っているのは、単なる商品ではない。需給の接点そのものだ。小売という形から始まりながら、次第に“間を整える役割”へと重心を移していく。その変化が、同社の拡張を支えている。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-2-アルゴリズムが需給を揃える"><strong>2．アルゴリズムが需給を揃える</strong></h2>



<p>　需給の間を設計するとは、具体的には何を意味するのか。その中心にあるのが、アルゴリズムによる組み替えである。</p>



<p>　表示順の最適化やレコメンドは、ECでは珍しくない。だがOisixの場合、それは単なる販促技術にとどまらない。余剰が生まれそうな作物があれば、顧客ごとに異なる画面上で、自然な形で選ばれる位置に配置する。値引きによって価格を崩すのではなく、表示の設計によって流れを変える。</p>



<p>　約46万世帯それぞれに異なる売り場が存在する構造は、単に「パーソナライズされたEC」という言葉では収まらない。</p>



<p>　需要の動きを細かく捉えれば、どの時期にどの作物が不足しそうかも見えてくる。その情報は、消費の段階で止まらず、生産側へと返される。</p>



<p>　アルゴリズムは売上を最大化するためだけにあるのではない。需給の摩擦を減らし、時間のズレを揃えるためにある。だからこそ、流通段階での廃棄を約0.2％に抑えるという結果につながる。</p>



<p>　技術は目的ではない。需給を整えるという役割が先にあり、そのための手段として積み重ねられてきた。ここに、単なるデジタル活用とは異なる重みがある。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-3-生産の時間を動かすという拡張"><strong>3．生産の時間を動かすという拡張</strong></h2>



<p>　需給を整える仕組みは、売り場の設計にとどまらない。需要の動きが見えるということは、生産の時間にまで影響を及ぼすということである。</p>



<p>　どの時期にどの作物が不足するのか。どの量であれば確実に消費へつながるのか。需要のデータを持つことで、その兆しは早い段階で把握できる。消費の情報が生産側に返ることで、作付けや出荷のタイミングを調整する余地が生まれる。市場に出てから値段で調整するのではなく、市場に出る前に時間を揃える。ここに、役割の拡張がある。</p>



<p>　さらに、生産性そのものを変える技術も導入されている。自動収穫ロボットの活用により、10aあたりの作業時間は約45％削減された。畜産では、モニタリング技術によって子牛の出生頭数が増え、搾乳量が約1.2倍に向上した事例も示された。</p>



<p>　これは単なる効率化ではない。農業の制約は人手であり、収穫期の集中作業が面積の上限を決めていた。時間が半減すれば、面積の可能性は広がる。需給を整える構造が、生産の経済性そのものに影響を与える。</p>



<p>　小売から始まった企業が、生産の時間を動かす位置にまで拡張している。その連続性は、偶然ではない。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-4-インフラとしての自覚"><strong>4．インフラとしての自覚</strong></h2>



<p>　ここまで見てくると、事業の拡張は偶然ではないことがわかる。一見すると、小売業として始まった企業が、生産の時間を動かす位置にまで踏み込んでいる。その延長線上にあるのが、インフラとしての自覚である。</p>



<p>　約46万世帯の需要を抱え、全国約4,000軒の生産者と直接つながる。流通段階の廃棄は約0.2％に抑えられ、生産現場では累計約154トンのロス削減が積み上がる。ここまで来ると、単なる食品宅配ではない。需給を安定させる装置になっている。</p>



<p>　さらに、社食モデルでは都内複数拠点から供給する仕組みを構築し、厨房を持たない企業でも温かい食事を提供できる形を整えている。家庭向けに築いた物流とデータ基盤が、企業の食環境にも広がる。</p>



<p>　需給を扱う企業は、やがて公共性を帯びる。流れを止めない役割を担い始めるからだ。役割が広がるほど、単なる売上の論理だけでは説明がつかなくなる。</p>



<p>　それで、僕は思ったわけだ。M&amp;Aは規模のためではない。需給を安定させる領域を増やすためなのだと。家庭、生産、企業。次に向かう場所がどこであっても、やることは変わらない。間に立ち、整える。</p>



<p>　この構造があるからこそ、給食という止められない世界へ自然につながっていく。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-5-給食という止められない現場"><strong>5．給食という止められない現場</strong></h2>



<p>　家庭向けの宅配や、生産現場への関与といった領域からさらに一歩踏み出すと、給食という世界に行き着く。ここは市場原理だけでは語れない場所だ。病院、学校、高齢者施設。どの現場も、食事の提供を止めることはできない。</p>



<p>　受託拠点は約1,820か所、学校給食は約630か所、学童は約2,050か所に及ぶ。これだけの規模を抱える世界で、いま最も深刻なのは人材不足である。価格は制度で固定され、大幅な値上げは難しい。それでも日々の食事は欠かせない。</p>



<p>　病院給食では、一つのメニューが患者ごとの条件によって数百通りに分かれる。アレルギー、咀嚼力、疾患制限、治療段階。それを365日、1日3食提供する。構造は複雑で、現場の負担は重い。</p>



<p>　ここにデジタルの仕組みが入る。メニュー設計を支援し、発注を整え、作業工程を軽くする。目指しているのは削減ではない。止めないための再設計である。家庭向けで培った需給の組み立てが、公共性の高い給食へと移る。違う領域に見えても、やっていることは同じだ。食材を活かし、流れを整える。</p>



<p>給食に入ったことは拡張ではなく、必然である。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-6-やはり-間を設計している"><strong>6．やはり、間を設計している</strong></h2>



<p>　振り返れば、出発点は小売に近かった。オンラインで食材を届ける企業。それが拡張し、生産へ、社食へ、給食へと広がっていく過程を追うと、事業の多角化に見えるかもしれない。だが実際に行われていることは一貫している。</p>



<p>　約46万世帯の需要を抱え、約4,000軒の生産者と直接つながる。流通段階の廃棄を約0.2％に抑え、生産現場では累計約154トンのロス削減を積み上げる。自動収穫技術によって作業時間は約45％削減され、畜産では生産効率が高まる。家庭でも畑でも、そして給食の現場でも、やっていることは同じだ。食材を活かし、時間のズレを整える。</p>



<p>　給食という止められない世界に踏み込んだのも、その延長線上にある。人材不足で揺らぐ現場に、需給を整える仕組みを持ち込む。それは新しい挑戦というより、役割の自然な拡張だ。</p>



<p>　だからAIが加わっても軸は変わらない。技術は道具であり、骨子は変わらない。売ることから始まり、整えることへと重心を移してきた。その積み重ねが、いまインフラの輪郭を持ち始めている。</p>



<p>　やはり、彼らは小売をしているのではない。間を設計しているのである。</p>



<p>　今日はこの辺で。</p>
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		<title>愛犬VALENのキャラクターブランド化戦略〜65歳・田原俊彦が描く“次の物語”</title>
		<link>https://145magazine.jp/character-market/2026/02/tahara-toshihiko-65-valen-brand-project-2026/?utm_source=rss&#038;utm_medium=rss&#038;utm_campaign=tahara-toshihiko-65-valen-brand-project-2026</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[石郷　学]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 27 Feb 2026 03:31:14 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[キャラ談]]></category>
		<category><![CDATA[ライセンサー｜世界を作る側]]></category>
		<category><![CDATA[ライセンス]]></category>
		<category><![CDATA[DEEP DIVE: 潜入イベントレポ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://145magazine.jp/?p=58672</guid>

					<description><![CDATA[<p>　2月28日、65歳になる現役アイドル田原俊彦さん。今年デビュー47年目を迎える。2026年ツアータイトルは「DANCE with KING of I [&#8230;]</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/character-market/2026/02/tahara-toshihiko-65-valen-brand-project-2026/">愛犬VALENのキャラクターブランド化戦略〜65歳・田原俊彦が描く“次の物語”</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-background" style="background-color:#f7c5d1">　2月28日、65歳になる現役アイドル田原俊彦さん。<strong>今年デビュー</strong>47<strong>年目を迎える</strong>。2026年ツアータイトルは「DANCE with KING of IDOL 2026～パーティはこれからだ！」。このタイトルは単なる景気づけではない。50周年へ向けた通過点であり、「まだ積み重ねる」という宣言だ。</p>



<p>　記者会見では軽妙なトークが続いた。だが内容は具体的だ。7月23日の埼玉・川口から11月14日の熊本まで、全国18公演。北海道から九州まで、2000人規模の会場で回るという。「歌って踊って笑わせて、わちゃわちゃになってほしい」。その言葉通り、彼は“規模”ではなく“熱量”を選んでいる。</p>



<p>　82枚目のシングルは6月17日発売予定。「最高の曲ができた」と語りながら、「歌詞はこれから覚える」と笑う余裕。</p>



<p>　65歳で、まだ制作途中であることを楽しんでいる。完成ではなく、進行形。それが、いまの田原俊彦だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-男性3割という静かな再接続"><strong>男性3割という静かな再接続</strong></h2>



<p>　ここで面白いデータがある。近年、コンサートの男性客比率は約3割なのだとか。</p>



<p>　6対4に近い比率になったこともあるという。かつて握手会に並んだ少女たちの時代から、確実に風景は変わっている。</p>



<p>　元々、18<strong>歳でドラマデビュー</strong>した田原俊彦。この会見内でも、夏休み明け、女子生徒の右手に包帯が巻かれていたという逸話も飛び出すなどしていた。ただ、今は、あの熱狂を知る世代が、再び会場に戻ってきている。しかも、男性が、だ。</p>



<p>　だから、メディアも彼に注目する。『昭和40年男』の特集テーマは「華麗なる60代、俺たちはどうする？」。ここで田原俊彦さんが出てくるわけだ。</p>



<p>　語られたのは過去の武勇伝ではなく、「60代をどう生きるか」。100年人生の残り3分の1をどう使うか。彼はぶれない。</p>



<p>　だからこそ、同世代の男性にとって“指針”になる。懐古ではなく、再接続。昭和のスターが、令和においても“現在進行形”であること。その存在が、数字以上の意味を持っている。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-母子家庭で育った少年が-チーフサンタになるまで"><strong>母子家庭で育った少年が、チーフサンタになるまで</strong></h2>



<p>　今回の会見で印象的だったのは、チーフサンタ活動についての語りだ。田原俊彦は母子家庭で育った。厳しい生活環境の中で過ごした子供時代。その経験が、いまの活動につながっている。</p>



<p>　経済的に困難なひとり親家庭へ、パソコンやクリスマスプレゼントを届ける活動は4年目を迎える。パソコンは今や必需品。企業の協力を得ながら、ファンとともに支援を続ける。</p>



<p>「子供たちも喜んでくれるけど、親御さんがすごく喜んでくれて」</p>



<p>　この一言に、彼の視点がある。スターでありながら、社会の現実を知っている。華やかさの裏に、生活を知る人間がいる。</p>



<p>『昭和40年男』で語られた“60代の生き方”は、単なるポジティブ論ではない。苦労を知った人間が語る、前向きさだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-valenは-愛犬-から-もう一つの顔-へ"><strong>VALENは“愛犬”から“もう一つの顔”へ</strong></h2>



<p>　そして、今回最も未来志向だったのが、愛犬VALENのブランド化だ。</p>



<p>　トシちゃん BE@RBRICK、「VAG (VINYL ARTIST GACHA) SERIES 40.5 VALEN」と、段階的に世界観は広がってきた。その延長線上での本格展開。</p>



<p>　こうして、田原俊彦さんが前でスターとして立ち続ける一方で、その世界を次の形へと拡張していく設計を担っていたのがメディコム・トイの赤司さんである。</p>



<p>　さて、VALENはトイプードルの男の子。4月18日で満6歳。完成デザインを見て「おっ、かわいい！」と笑う田原さん。しかし、その姿はただの愛犬ではない。赤いスーツをまとい、スターの気配を纏う。</p>



<p>「僕のイメージからか、赤のスーツを着せてくれて」と田原さん。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" width="900" height="675" src="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260205.jpg?resize=900%2C675&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-58696" srcset="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260205.jpg?w=900&amp;ssl=1 900w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260205.jpg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260205.jpg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w" sizes="auto, (max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>



<p>　赤は象徴だ。ステージの色。情熱の色。</p>



<p>　そして設定はこうだ。「自分はスターだと勘違いしている犬」。ここが決定的だ。スターの横にいる犬ではない。自分がスターだと思っている犬。</p>



<p>　愛犬でありながら、田原さんらしい性質を身にまとった、もう一つの人格。だからIPになる。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-シバチャンという設計者の存在"><strong>シバチャンという設計者の存在</strong></h2>



<p>　このデザインを手掛けたのはSkater JOHNの生みの親、シバチャン。海外でも評価されてきたクリエイターだ。だが主役はあくまで田原俊彦であり、今日も控えめだ。</p>



<p>　シバチャンは「誰にでも受け入れられること」を軸に設計したと語る。スター性を抽象化し、ユーモアを加え、世界観を整える。</p>



<p>　そして、メディコム・トイ赤司氏が語った通り、これは1年以上かけて準備されたプロジェクトだ。タイミングを見極め、慎重に引き合わせ、時間をかけて形にしたのである。</p>



<p>　だから、VALENは思いつきではない。設計された存在だ。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-原宿から始める覚悟"><strong>原宿から始める覚悟</strong></h2>



<p>　いよいよ始動だ。</p>



<p>　第一弾はDISCUS ATHLETICとのコラボTシャツ。神宮前「CO;LAB. by Discus」で販売。</p>



<figure class="wp-block-image size-full"><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" width="900" height="675" src="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260204.jpg?resize=900%2C675&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-58693" srcset="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260204.jpg?w=900&amp;ssl=1 900w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260204.jpg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260204.jpg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w" sizes="auto, (max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>



<p>　ツアー物販ではなく、原宿。独り立ちしている。素材の話題に至るなど、商品としてのクオリティにこだわる姿勢もちらり。「100回洗濯しても大丈夫」などと言えば、田原さんも「素材もいいね」と満足そうに笑う。</p>



<p>　ここには“残す”意志がある。消費されるグッズではなく、時間を重ねるアイテム。アンティークのように、価値を積み重ねる可能性。</p>



<p>　65歳で、未来に残るものを作る。それは、スターが自分の歴史を次の形に変える作業でもある。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-映画館という第二のステージ"><strong>映画館という第二のステージ</strong></h2>



<p>　田原俊彦さんも愛犬に負けてられない。この日、東京国際フォーラム公演をイオンシネマで応援上映されることが発表された。ペンライトOK。ライブに来られない人にも体験を届ける。映画館を“第二の会場”にする。</p>



<p>音楽も、IPも、空間も。</p>



<p>　思うに、キーワードを挙げるなら、拡張。すべてが拡張していく。彼は縮小していない。広げている。</p>



<h3 class="wp-block-heading" id="h-でも中心にいるのは-田原俊彦"><strong>でも中心にいるのは、田原俊彦</strong></h3>



<figure class="wp-block-image size-full"><img data-recalc-dims="1" loading="lazy" decoding="async" width="900" height="675" src="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260206.jpg?resize=900%2C675&#038;ssl=1" alt="" class="wp-image-58699" srcset="https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260206.jpg?w=900&amp;ssl=1 900w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260206.jpg?resize=300%2C225&amp;ssl=1 300w, https://i0.wp.com/145magazine.jp/wp-content/uploads/2026/02/tahara260206.jpg?resize=768%2C576&amp;ssl=1 768w" sizes="auto, (max-width: 900px) 100vw, 900px" /></figure>



<p>　VALENが広がる。映画館へ広がる。男性層へ広がる。</p>



<p>　だが中心は変わらない。母子家庭で育った少年が、スターになり、65歳になっても笑いながら未来を語る。自分を抽象化し、分身を作り、社会活動を続ける。</p>



<p>　それが田原俊彦という人間だ。ツアータイトルの通り——パーティは、これからだ。</p>



<p>　そしてその言葉を、本気で言えるところに、彼の本当の魅力がある。</p>



<p>今日はこの辺で。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li>VALEN T<strong>シャツ情報</strong></li>



<li>3<strong>月</strong>7<strong>日（土）</strong>12<strong>時より販売開始</strong></li>



<li><strong>店名：</strong>CO;LAB. by Discus</li>



<li><strong>東京都渋谷区神宮前</strong>6<strong>丁目</strong>29<strong>番</strong>6<strong>号</strong>&nbsp;<strong>八光苑ビル</strong>1<strong>階</strong></li>



<li><strong>営業時間：</strong>12:00<strong>〜</strong>20:00<strong>（水曜日定休）</strong></li>



<li>TEL<strong>：</strong>03-4400-9301</li>
</ul>



<p></p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/character-market/2026/02/tahara-toshihiko-65-valen-brand-project-2026/">愛犬VALENのキャラクターブランド化戦略〜65歳・田原俊彦が描く“次の物語”</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<item>
		<title>突破は売り場から生まれる──タカラとトミーを横断して見えたマーケティングの正体</title>
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		<dc:creator><![CDATA[石郷　学]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 27 Feb 2026 01:21:57 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[マーケットイン]]></category>
		<category><![CDATA[モノ談]]></category>
		<category><![CDATA[DEEP DIVE: ものづくりのセオリー]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>　ヒットは、才能の産物だと思われがちだ。けれど、現場に入ると、少し景色が変わる。売れた理由はあとから語られるが、実際に動いているのは、もっと地味で、も [&#8230;]</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/goodsnews/2026/02/marketing-from-the-sales-floor/">突破は売り場から生まれる──タカラとトミーを横断して見えたマーケティングの正体</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="has-background" style="background-color:#fdf4dc">　ヒットは、才能の産物だと思われがちだ。けれど、現場に入ると、少し景色が変わる。売れた理由はあとから語られるが、実際に動いているのは、もっと地味で、もっと具体的なものだ。売り場の空気、値札の重み、箱の写真の見せ方、そして「限定」という言葉の扱い方――。</p>



<p>　タカラとトミー、二つの文化を経験した黒岩和信さん（キャラクターマーケティングオフィス 代表）の話を追っていくと、そこには一貫した視点がある。それは「どう作るか」ではなく、「どう置くか」という発想だ。勇者シリーズの在庫処分で信頼の重みを知り、チョロQで市場を見つけ直し、プラレールで循環を設計し、「いえそば」でその構造を応用する。すべては、売り場から逆算する思考の延長線上にある。</p>



<p>　マーケティングとは、広告の技術ではない。あるものを、意味のある場所に置くことだ。黒岩さんの歩みを辿りながら、その本質に迫ってみたい。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-第1章-信頼を失った日と-市場を見つけた日-売り場を見るという癖"><strong>第1章 </strong><strong>信頼を失った日と、市場を見つけた日</strong>──売り場を見るという癖</h2>



<p>　1993年。黒岩さんの大学時代はバブルの余韻が残っていた。コピーライターやクリエイターがテレビに出て、マーケティングという言葉がどこか格好よく響いていた。メーカーに入り、ロングセラーを担当し、いずれはマーケッターになれたらいい。そんな、少し浮ついた志望動機でタカラ（現タカラトミー）に入った。</p>



<p>　だが現実は、甘くなかった。</p>



<p>　研修で営業部長が無言で配ったのは、社内資料ではなく週刊誌の記事だった。そこには、タカラの「創業以来の大赤字」に関する、決して会社にとって明るいとは言えない内容が書かれていた。コピーされた紙を手にしたとき、空気が凍る。</p>



<p>　入社式の高揚は、そこで一度止まった。会社の内側にいるのに、外側の評価を先に見せられる。その感覚は、強烈だった。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-1-前年実績という安心"><strong><strong>1｜</strong> 前年実績という安心</strong></h2>



<p>　その前年、当時放送されていた「勇者シリーズ」を軸に展開された合体ロボ玩具は、子どもたちの間で爆発的な人気を博していた。数字は美しい。会議室で前年実績は絶対的な力を持つ。</p>



<p>「去年これだけ売れたんだから、今年はもっといける」</p>



<p>　とはいえ、アニメの勢い、競合の動き、子どもの関心の移り変わり。前年と同じ条件はひとつもない。それでも売上目標は前年超え。倉庫の箱は増え続ける。</p>



<p>　そこで、正規ルートで消化できない分を、ディスカウント系の卸へ流す。結果何が起こったか。8,000円の商品が、12月初旬に3,000円前後で市場に出回る。当時はまだ、値引きが常態化していない時代だ。定価販売が前提の世界。町のおもちゃ屋も百貨店も、メーカーを信じて仕入れている。</p>



<p>　その正規の売り場を飛び越えて、安い価格の商品が先に市場に出る。価格が崩れた、という事実だけが広がる。翌年、新卒として挨拶回りに出たとき、その空気の重さで、ようやく事の大きさを実感する。</p>



<p>　「よく来たね」その一言の奥に、冷えた温度がある。怒鳴られはしない。だが、問いは重い。「どういうつもりなんだ」怒っているのは価格ではない。怒っているのは、信頼だ。定価で売る前提で組み立てた売り場が、裏切られたと感じている。ここで初めて理解する。売上は、作れる。だが信頼は、削れる。</p>



<p>　マーケティングとは広告の技術ではなく、売り場との関係をどう保つかという視点なのだと、身体で知る。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-2-売り場に立つということ"><strong><strong>2｜</strong> 売り場に立つということ</strong></h2>



<p>　この経験は、あとから振り返ると“癖”になった。会議室で数字を見る前に、売り場を思い浮かべる。棚に並ぶ姿を想像する。値札の重みを考える。店主の顔を思い出す。数字よりも先に、空気を見る。この癖が、次の出来事に繋がる。</p>



<p>　その後、黒岩さんは、チョロQを担当する。チョロQは売れていた。300円台の定番商品。コロコロと連動し、カスタマイズモデルも出ている。棚に並べれば、自然に動く。だが売り場に立っていると、こう囁く声があった。</p>



<p>「子どもに混じって、大人がいる。」</p>



<p>　親ではない。付き添いでもない。棚の前で、真剣な目をしている。しかも、何度も見かける顔がある。大人が買う市場は、すでに存在しているのではないか。そう考えた黒岩さんは、大人向けのセットを用意し、限定数量でいいので、1万円越えの高価格帯で展開しようと提案する。</p>



<p>　子ども向けが常識だとされた時代、その考えは否定された。しかし、何とか実現に漕ぎ着けると、あっという間にそれが完売した。この経験もまた、全ての答えは売り場にあるという当たり前の現実に気づかさせるものであった。ある意味、マーケティングの原点である。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-3-売れているものほど-再編集する"><strong><strong>3｜</strong> 売れているものほど、再編集する</strong></h2>



<p>　チョロQの部隊に配属された後、1999年という節目の年に、イベントをやろうと考えた。</p>



<p>　ただしそれは、いわゆる「発売20周年」ではない。商品として店頭に並び始めてからではなく、チョロQという発想が生まれてから20年――いわば“生誕20周年”という位置づけだった。</p>



<p>　この企画もまた、実に消費者心理を掻き立てるものだった。話を持ち込んだ先は、日産。銀座の日産ギャラリーに実車化したキューブを置き、歴代モデルを並べる。ビンゴ大会を開き、体験を作る。</p>



<p>　そして、同じく銀座にある博品館トイパークでもイベントを仕掛けた。会場を二つに分け、時間差で開催する。整理券制にすることで、自然と“回遊”が生まれる設計だ。銀座の中央通りで様子を見ていると、整理券を求めて人が集まり始める。子どもたちの列の中に、明らかに親ではない大人の姿がある。しかも一人や二人ではない。</p>



<p>　やがて、遠くから走ってくる人影が見える。ぜえぜえ言いながら整理券を受け取り、参加し、終わるとまた別会場へ走る。同じ顔が何度も往復する。</p>



<p>　子どもを楽しませる企画でありながら、大人のコレクター心理も刺激する。限定モデルを用意し、銀座という場所に実車を置く。その組み合わせは、日産にとってもブランド価値を損なわない“好条件”だった。</p>



<p>　つまりこれは、単なる記念イベントではない。子ども市場と大人市場を同時に動かす、再設計だった。</p>



<p>　こういう視点が、やがてプラレールの箱を見たときに、「綺麗すぎる」と感じる違和感へと繋がっていく。</p>



<h1 class="wp-block-heading" id="h-第2章-完結させない勇気-プラレールが教えてくれた-循環-という発想"><strong>第2章 </strong><strong>完結させない勇気</strong>──プラレールが教えてくれた“循環”という発想</h1>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-1-綺麗すぎる箱に感じた-静かな違和感"><strong>1｜綺麗すぎる箱に感じた、静かな違和感</strong></h2>



<p>　その後、黒岩さんはタカラからトミーへと移籍する。最初に任されたのは「プラレール」だった。担当として最初に目に入ったのは、セット箱の写真だ。そこには、完璧に整えられた世界が広がっていた。</p>



<p>　楕円に組まれたレール。中央を滑らかに走る車両。左右対称に配置された駅と踏切。背景まで整えられた、いわば“理想の完成形”。パッケージ写真としては申し分ない。だが売り場でその箱を手に取った瞬間、別の問いが立ち上がる。</p>



<p>　――これで、終わってしまわないか。プラレールは、そのセットを買って終わる商品ではない。レールを足し、車両を増やし、情景を広げる。拡張していくことで世界が深くなる玩具だ。</p>



<p>　なのに、箱の写真は“完成”を提示している。確かに、完成は、気持ちがいい。だが完成は、止まりでもある。この違和感は、デザインの好みの問題ではない。</p>



<p>　売り場の視点から見たときの、商売としての違和感だった。その延長線上で、プラレールの箱を見る。「このセットを買ったあと、次は何を買う？」その問いに、箱が答えていないように見えた。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-2-文化の衝突は-発想の衝突でもある"><strong>2｜文化の衝突は、発想の衝突でもある</strong></h2>



<p>　その問いについて考える前に、一つ面白い指摘があるので取り上げたい。実は、彼がタカラからトミーへと移って、その両社には決定的に違う文化があることに気付いた。</p>



<p>　トミーには、強い開発文化があった。まず面白いものを作る。試作を見せて、「これいいでしょ？」と問いかける。感覚が先に走る。その力は本物だ。爆発的なヒットを生む土壌でもある。</p>



<p>　一方で、タカラは違う文化を持っていた。「誰に、どう伝わる？」「売り場はどう動く？」「流通は喜ぶか？」商品は、完成品としてではなく、“市場に置かれるもの”として扱われる。この点、まるで文化が異なった。</p>



<p>　黒岩さんは、この両方を経験している。だからこそ、完成されたレイアウトを前にしても、単純に「いい」とは言わない。完成している。でも循環は生まれるか。ここで出した提案は、決して派手ではない。オーバルの最後を分岐レールに変える。</p>



<p>　あえて左右対称を崩す。“少し気持ち悪い”形にする。だが社内の反応は厳しい。</p>



<p>「気持ち悪いレイアウトにしやがって」</p>



<p>　営業にとって、完成形は武器だ。説明がいらない。誰にでも伝わる。ただ黒岩さんには、「元タカラ」というフィルターが重なる。売れるためにどうするか――その視点が、どうしても前に出る。</p>



<p>　文化の違いは、論理だけでなく感情にも触れる。提案は、正論であっても、すぐには通らない。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-3-売り場の一言が-空気をひっくり返す"><strong>3｜売り場の一言が、空気をひっくり返す</strong></h2>



<p>　だから、現場に出て、バイヤーに見せる。そのとき返ってきた言葉は、拍子抜けするほどシンプルだった。</p>



<p>　「これなら、他のパーツも売れるよね」</p>



<p>　それだけだった。そこには、売り場の本音が詰まっている。店は、一度きりの売上より、繰り返し動く商品を求めている。セットが売れて終わるより、追加レールや車両が継続的に動く方がいい。</p>



<p>　完成形より、広がる余白。美しさより、循環。その瞬間、空気が変わる。社内では否定的だったレイアウトは、“売り場にとって意味のある形”に変わる。その後、そうした“少し未完のセット”が継続していく。これはデザインの話ではない。商売の設計の話だ。完結させないことで、次が生まれる。</p>



<p>　未完を残すことで、想像が動く。チョロQで市場を再編集し、プラレールで循環を設計する。商品が“回る構造”を磨く。完結させない勇気は、売り場から逆算した思想だった。</p>



<p>　この話を聞きながら、僕は次第に気づいていた。黒岩さんの強みは、タカラで培われたマーケティング起点の発想にあるのではないか、と。</p>



<h1 class="wp-block-heading" id="h-第3章-熱狂は設計できる-コロコロからいえそばへ-装置という発想"><strong>第3章 </strong><strong>熱狂は設計できる</strong>──コロコロからいえそばへ、装置という発想</h1>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-1-15日という-時間の装置"><strong>1｜15日という「時間の装置」</strong></h2>



<p>　 売る視点は企画にも現れる。何気なく、子どもたちが手にする「コロコロコミック」。それは、玩具会社にとって、ただのマンガ誌ではなかった。毎月15日発売。この日付が、商品開発のリズムを支配していた。7月15日号に最大露出をかける。誌面で写真を出し、ルールを説明し、景品を見せる。そして7月末に商品を出す。夏休みに入った子どもが、その足で店に向かう。</p>



<p>　発売日は単なる物流上の都合ではない。誌面と売り場を同期させるための装置だった。</p>



<p>　さらに12月。クリスマス商戦前の号で再び最大露出をかける。ボーナス期とも重なる。家庭の財布が緩むタイミングと、子どもの熱量が重なる瞬間を狙う。ここで重要なのは、偶然のヒットを待たないことだ。</p>



<p>　売れる可能性のある商品を、売れる瞬間に最大化する。こういう要素を特に大事にしようとするのも、黒岩さんらしい。そのために、時間を設計する。15日という定点があるから、メーカーはそこに向けて動く。</p>



<p>　編集部はそこを中心にページを組む。流通は発売タイミングを合わせる。時間そのものが、装置になっている。こうした発想こそが、黒岩さんの心を躍らせる。店を起点に仕掛けを考え、売れ筋を作っていく。その循環が見えるからだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-2-大会という-体験の装置"><strong>2｜大会という「体験の装置」</strong></h2>



<p>　誌面だけでは熱は持続しない。そこで大会がある。全国のおもちゃ屋で公式大会を開く。ルールを決め、そのルールに有利な機能を持つ新商品を投入する。勝てば、非売品がもらえる。非売品という言葉は、子どもにとって魔法だ。店で買えない。大会に参加しなければ手に入らない。努力と報酬が直結する。</p>



<p>　そこに重なるのが「限定」だ。大会限定。店舗限定。数量限定。</p>



<p>　限定は、熱を一点に集める。コレクター心理を刺激する。走るおじさんたちが現れたのも、限定モデルがあったからだ。</p>



<p>　顧客起点で物事を考える黒岩さんは、同時にこうも語る。「限定」という言葉は強い。だが、強いからこそ危うい、と。売り場から逆算する思考を持っているからこそ、顧客対応にも細心の注意を払う。</p>



<p>　ある日、お客様相談室に一本の電話が入った。「限定品だと思って買ったのに、別の店にもあった」</p>



<p>　売る側の“限定”と、買う側の“限定”は、意味が違う。店舗限定なのか、期間限定なのか、数量限定なのか。曖昧にすれば、信頼が削れる。</p>



<p>　ここで黒岩さんは学ぶ。熱狂を作るには、言葉も設計しなければならない。限定は煽り文句ではない。約束だ。ある種、これらは最初の勇者シリーズで失った信頼にも直結する話である。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-３-いえそばは-玩具の応用-だった"><strong>３｜いえそばは“玩具の応用”だった</strong></h2>



<p>　そして、「いえそば」での経験でも、彼らしい才覚が生かされる。団塊世代向けに開発された、家庭で手打ちそばを楽しむためのキットだ。実は、その発売時期は、団塊世代が定年を迎えるタイミングだった。アンケートを取ると、やりたい趣味の上位は「陶芸」と「手打ちそば」。</p>



<p>　前年に出した電動ろくろは、そこそこ手応えがあった。ならば次は、そばだ。理屈は通っている。</p>



<p>　問題は、どうやって興味を引くかだった。しかも使える予算は限られている。普通なら、そこで立ち止まる。広告費が足りない。露出が足りない。だから売れない――そう考えるのが自然だ。</p>



<p>　だが、結果は違った。「いえそば」は、確かにヒットした。そこに僕は、黒岩さんの“売り場から逆算する思考”を見た。</p>



<p>　お金をかける代わりに、置き方を設計する。装置を組む。素材の意味を変える。諦めるか、知恵を使うか。その分岐が、結果を分けたのだ。</p>



<p>　会社帰りに黒岩さんは、スーパーのつゆ売り場を眺めていた。ヤマキの商品のおつゆ「更科堀井」の名前が目に入る。麻布十番の老舗。そばの三大系譜のひとつ、更科の本家。これだ、と思った。</p>



<p>　翌日、だし・調味料メーカーヤマキに電話をかける。「今度こういう商品を出すのですが、何かご一緒できませんか」。まずは、会うことに意味がある。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-4-玩具ではない素材で-同じことをやる"><strong>4｜玩具ではない素材で、同じことをやる</strong></h2>



<p>　ヤマキから紹介してもらい、開店前の更科堀井を訪ねる。創業230年の老舗で手強い相手。最終的に出した提案は、店を借りてマスコミ発表会を開かせてほしい、というものだった。</p>



<p>　記者が自分でそばを打ち、職人が茹で、朱色のせいろで出す。つまり、本格志向のその場所で、記者が自ら作り、食べ、そして、その更科のつゆを添えて、出すことで、話題性を作り出したわけだ。</p>



<p>　最後は、その場で食べるわけで、自分で作った以上、まずいとは書けない空間を作る。これはごまかしではない。本物と並べて、耐えられるかどうかの勝負であり、それは当時に、玩具会社の商品で大丈夫か？という声に対してのメッセージでもある。</p>



<p>　ある意味で、それはコロコロコミックを使ってチョロQの熱狂を設計したときと同じ構造だった。広告費に頼るのではなく、記者を巻き込み、メディアの力を装置として使う。ここにも、売り場から逆算するマーケティングの視点がはっきりと現れている。</p>



<p>　いうまでもなく、多くのメディアで“面白がって”取り上げられたこともあり、ブレイクしたのである。お金をかけることが大事なのではなく、商品がどうすれば売れるかから逆算して、設計したことが大事なのである。</p>



<h2 class="wp-block-heading" id="h-５-装置を持つ人間"><strong>５｜装置を持つ人間</strong></h2>



<p>　黒岩さんの強みは、商品を作ることではない。素材を見抜き、時間を設計し、体験を組み、言葉を定義し、流通を巻き込む。熱狂は自然発生しない。装置で作れる。だが信頼を削れば、続かないから、売り場を見る。全ては同じ思想の応用だった。</p>



<p>　これらの話は、まだSNSが当たり前ではなかった時代の出来事だ。けれど、本質は少しも変わっていないように思う。使う手段は変わっても、答えは変わらない。商品が売れるかどうかのヒントは、常に売り場にある。</p>



<p>　商品の特性を理解し、時代を読み、意味のある場所に置く。そして、その意味がきちんと伝わるように設計する。その構造こそが、マーケティングなのだ。</p>



<p>　逆に僕は、これらの話を聞くほどに、いまの時代だからこそ学びがあると感じた。自分が向き合っている仕事に、構造の抜けや甘さはないか――そう問い直さずにはいられなかった。</p>



<p>　今日はこの辺で。</p>
<p>投稿 <a href="https://145magazine.jp/goodsnews/2026/02/marketing-from-the-sales-floor/">突破は売り場から生まれる──タカラとトミーを横断して見えたマーケティングの正体</a> は <a href="https://145magazine.jp">145MAGAZINE</a> に最初に表示されました。</p>
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